オークと商店
西大陸に来て二日目の朝、宿の前で少年と合流し、俺たちは露店の立ち並ぶ繁華街へと向かうことにした。
早朝ということもあるのか、客足は少なく、そしてそれ以上に俺たちを見て姿を隠したり、大きく後ずさる人々の姿が良く目立った。
露店は非常に簡素で、粗末な布を張り、その下に茣蓙を敷いてその上に商品を置くスタイルだ。一部店舗を持っているモノや、積み荷を持ってきたまま、動物に引かせた台車のようなものの上に乗せたままのものもちらほらは見える。そういったものはたいてい食料品だろう。
俺は、その中でも元居た中央大陸で見た木の実を見つけ、そこの店へと向かってみた。
「ごめんください」
「ア?ヌシタコナナー、カーッ、ガーッ」
「は?」
全く理解できなかったことで、変な声を出してしまったが即座に少年がフォローをしたことで、事なきを得た。どうやら、俺たちの身元が不明すぎて、早く帰ってほしいといっていたらしい。
「……というか、そうか、この国言語違うのか」
今までいろいろなところを旅していたが、人から魔物まですべからく俺たちが習得した言語を話していた……いや、はじめに会ったオークと、リナの故郷であるゴブリン集落は別言語だったが、大抵の場所で言語が通じたため、別言語があるとは思っていもいなかった。
「アンネ?」
俺たちが呆然としていると、アンネがおもむろに前に出て、紙にさらさらと何かを掻き始めた。
すると、それを見た店員が、差し出された筆記具(おそらく万年筆みたいなもの)で何かを書き記し、それをアンネがさらに書き加えるという形で、やり取りが進んでいった。
そして、最終的に二つの果実と地図を手にして俺たちは店を後にすることになった。一応少年が最終確認をしたりしたが、何事もなく取引が終了した形だ。
「アンネ、この国の言葉、知ってたのか?」
「ああ、あれ?いちおう私、帝国語も知ってるのよ。本を読むときに必要だったからね。逆に話す機会はなかったから発音とか聞き取りは微妙なんだけど」
なるほど。そう言って胸を張るアンネに、しかし案内役の少年が突っ込みを入れた。
「まぁ、相場の2倍で売り付けられましたけどね」
「噓でしょ!?」
いや、あの感じはガチだろう。ただ、最小額面の小銅貨一枚での支払いだったのでどうすればいいかという話はあるが。
「とりあえず、手持ちを換金しましょう。この国で賢者硬貨での交換はあまり盛んではないので」
そうか、この国、言語だけでなく貨幣まで違うのか。
当たり前といえば当たり前のことなのだが、ファンタジー世界あるあるの世界中で使える硬貨と言語が当てにならず、逆に感動してしまった。
「それと、本来はアンネさんを矢面に立たせるのもやめた方がいいですね。今回は僕がいたので店主も相場2倍にするくらいで収まりましたけど、妖精ってこの国では奴隷身分のことが多いので」
「……確か、この国は力こそ全て、みたいな国だったな……。なら、俺かボスが対応するべきなんだろうが……」
「我に交渉は無理ですぞ。言葉が通じるならともかく、身振りだけとなると余計に」
お互い顔を向けて、ため息をついた。そのままいい案も思いつかないまま、俺たちは両替を済ませ(ここでも少しぼったくられたようだが、まぁ、手間賃とでも思っておこう)、そのまま探索者組合、この国における冒険者ギルド的な建物へと向かったのだった。
組合は塔のギルドと違い、奇をてらったような見た目はしていなかった。一番近い所では学校に近いだろうか。横幅が広く、一階部分がガラス……のような透明なものを多量にはめ込んだような形になっている。そして、2階部分は窓が少なく、代わりに小さい穴がいくつか開いていた。3階は2階屋上の中央に突き出している形だ。なお、時計はなかった。
「あれが組合です。簡易の砦になるようにも設計されており、一階部分は入口こそ破壊しやすそうに見えますがクラーケンの頭骨を使ってるので結構固いですよ。それに、そこを突破されても、組合内はきっちり戦闘に耐えられる仕様になってるので、ドンパチしても大丈夫なんです」
そう言って組合内に入ると、中はがやがやと人の集まる場所だった。ギルドとの比較で言えば、受付が一つしかなく、他は酒場のような場所がかなり大きいことが印象的だ。
当然と言うかなんというか、絵による案内もなかった。
そんな風に見ながら、俺たちが組合を進んでいると、一人の少女が俺たちに向かって駆け出してしてきた。
「ナテオークコニ、キセウィバーシタール‼」
そして、剣を振りかぶり、俺に剣を振り下ろす……が、次の瞬間、俺とボス、それに蘇芳が武器を掲げているのに気づいたのかそのまま宙返りをして着地した。
「何をする!」
激昂するボスの言葉に、その少女は一瞬驚いた顔をした後、口を開いた。
「オークを、組合に、入れるわけにはいかない‼」
いや、おまえ喋れたんかい。
言語
実は源流は一緒。以前も書いたけど、獣人の起源は魔王大戦時に犠牲になった者たちを、賢者が新しい体を用意したのが始まり。一概に同じ言語を話していたわけではないが、その時代に存在した主要国家はリス・デュアリスからの独立国か、衛星国が多い上、初代魔王のターゲットの多くがそれらの支配者層だったため、もともとの言語はとても近いものがあった。
ただ、それ自体千年単位で昔の話であること、そして、半ば敵国扱いだったため、少しづつではあるが言語の改造をしていった結果、割と別物の言語になった。一応詳しく調べると文法の基礎とかは同じ。
大農場の魔王は魔王大戦どころか龍災経験者なので、言語はリス・デュアリスの物に近い。
アンネの言語習得については、日本人が英語覚えてても聞き取りはできないのと同じ。
貨幣
一般商店で高額面のドル紙幣手渡されるみたいな状況。一応リス・デュアリスのジェル硬貨は国際決済に使えるし、大帝国でも少しは流通しているけど、そもそもジェル硬貨は1ジェルでもそこそこの価値があるのでやっぱり喜べない。両替の手間や相場の調整なんかのこともあるから正直割に合わない。
仮に対応してもそんな客滅多に来ないし。
なお、言語面においても貨幣面においても、浸透率が低い国は本当にほんの一部だったりする。
例えばユグドラヘイムなんかは独自貨幣と独自言語もあるけど、人類共通語と賢者硬貨も普通に使える。
また、おおよその場所において進化の際に習得できる言語がリス・デュアリスで使われている訛りの薄い人類共通語なので、正直獣人語とか、龍骸国の竜人語とかはかなり珍しい部類。
塔のギルドと探索者組合の違い
そもそものでき方や役割が違うというところは置いておいて。
○塔のギルド側
・賢者によって結成された互助組織。ありとあらゆることの仲介を行い、信頼が高い。また、戦闘系だけではなく、商業、農業塔にもすそ野が広い。
・ギルド規則があり、それを守ることを求められる。他ギルドよりは社会貢献に近い規則が多く、頭のおかしい小国なんかだと、ギルド規則をそのまま法律にしてしまう国もあった(賢者にしこたま怒られた)
・世界人口の60%、ギルドのある場所に限れば80%以上のギルド所属者がいる。
・ギルドマスターやグランドマスターはギルドの構成員である冒険者にある程度の権限を持つが、別にギルド自体の生産性が上がっても上役の報酬に殆ど差がないため特定の冒険者への贔屓とかはあんまりなく、そもそもそれらの力で冒険者を動かすことは殆どない。
・ギルドの受付は対応する冒険者の実力に合わせて相応の実力を求められる。(引退冒険者への職業斡旋を兼ねている)
○探索者組合
・2代目獣王が支持して生み出された互助組織。要は国営。本来の目的はダンジョン等の攻略なのだが、同じ荒事ということで、普通の場所での依頼も受けるようになった形。
・組合規則はあるが、あくまでも組合規則であるため、外部へは特に強制力は働かない。
・大帝国国民の役3割が探索者に登録している。
・組合は探索者に大きな強制力を持ち、強制出動なども過去幾度も行われている。
・ギルドの受付嬢は見目麗しい女性職員が配置され、各支部でアイドル的な人気を誇っている。