オークと新大陸
「うぅ……主君、そろそろ、そろそろつきますか?うぷっ」
「安心しろ、陸地が見えて来たぞ」
俺がそう言うとリナは安堵したように気を抜き……盛大に胃液を海へぶちまけた。
「……やっぱり、船室で寝ていた方がいいんじゃないか?」
「おぇ……しかし、……いえ、そうします」
俺への護衛をしようと食い下がっていたリナだったが、そもそも現状で危機に対応しようとするのは難しく、何だったら今休んでくれないと、大陸の方についても使い物にならないのであと少しの間くらい休んでほしい。
一方、元気を取り戻していたのはアンネだ。魔力欠乏の症状だが、一度欠乏を経験した後だからか、復活が早かったのだ。船旅は一週間ほど続いたが、3日目あたりには復活して元気に船内を動き回っていた。
なお、船旅の最中に問題はほとんど起こらなかった。正確に言えば何度か海洋性の魔物が襲い掛かってきたらしいが、乗客である俺たちが感知する前に即座に仕留められ、何だったら晩御飯の材料になったそうだ。
そもそも、大陸をつなぐためのこの船は巨大な客船であり、よっぽど愚かな魔物でない限り襲い掛かってくることすらないそうだが。
そんなこんなで、一時間後、俺たちは新しい大陸の港へとたどり着いた……のだが。
「ふーむ、オークが三匹に、飼い主が妖精と亜人、ねぇ」
港で俺たちを待っていたのは、俺たちを見下した視線で見る頭に二つのヤギの角をはやした獣人だった。
「だーかーら!私たちは飼い主じゃなくて!」
「あぁ、そういうのいいから……まぁ、でもねぇ、こっちとしても危険な生物を無断で持ち込まれるのはねぇ、ギルドで活動しているという事ですが、魔人のギルドではいささか信用がねぇ……」
その言葉にアンネの眉が二段ほど吊り上がるが、俺はそれを手で押さえて割り込んだ。
「手間を取らせて済まないな、だが、俺たちはこの大陸に用があるんだ。通してはくれないか?」
俺がしゃべっているのを聞いて(というか、はじめは俺が声をかけたはずなのだが)ヤギ獣人の男は眉を少し上げて俺を見つめた。
「ふーむ、多少は話す芸は仕込まれているようですな。まぁ、言葉を話すだけなら鳥にだってできますからねぇ。もっとこう、我らと円滑に関われるという誠意を示していただかないと……」
そういって、彼は下の方で手を何やら動かしていた。……あぁ、つまりそういうことか。
俺は荷物の中で財布代わりにしている袋を探り、何枚かの硬貨を手に取ると彼の目の前にそのうち一枚を置いた。
「あなたの言われる誠意が何かは分からないが、これはお近づきの印に。それと、我々も船から降りてすぐの身、見識あるあなたにいろいろお聞きしたいこともあるのだが……」
そういってもう一枚の硬貨を置くと、彼はやっとにこやかな笑みで俺たちに目を向けた。
「おや、これは失敬、どうやら私はあなたのことを勘違いしていたようだ。ようこそ、港湾都市リーヴィアへ。おい、そこの、彼らを案内してあげなさい」
「は、はい!」
近くで荷物の整理をしていた恐らく犬獣人とみられる獣人を呼び寄せ、ヤギ獣人の男は俺たちにもう一度にこりと笑った。
「それでは、我らが大帝国、存分にご堪能下さい」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「納得いかないんだけど!」
港湾都市リーヴィアの中心部へ向かう道を進みつつ、アンネが憤懣やるかたなしといった感じで俺の方でじたばたしている。
ボスとリナも、静かについて来ているものの、表情はアンネと同じく不満そうなものだ。
「そんなに賄賂が納得いかなかったか?」
「そうよ!そもそも、私たちは賢者の紹介でこっちに来たのよ!それなのにあの態度って……」
そういうアンネをいったん放置して、俺は案内役となっている犬獣人の少年に声をかけた。
「少年、ああいうことは一般的なのか?」
「えっ!?あ、ああ、はい。ウラパ監査長様は、ああいったことをよくされます。……それに、あなたたちは賤民族なので、あそこで賄賂を渡さなければ執拗に引き留められていたかと」
賤民族について聞くと、この国では獣人と人間以外の種族を指す言葉だそうで、その肉体的精強さによって扱いが変わるのだとか。
基本的には強いものほど我を通しやすいが、知性がないと見なされればフルボッコにされるのである程度の理性を見せるのも必要なようだ。
「ただ……」
「ただ?」
犬獣人の少年は俺たちを見て真剣なまなざしで言葉を続ける。
「これ以降は簡単に賄賂を渡すのは控えてもらった方が良いと思います」
「……理由を聞こう」
俺がそういうと、少年は一つのバッチを取り出した。
「これは、ウラパ監査長持ちの旅行者であることを示すバッチです。ウラパ監査長は……その、あの言動と見た目ですから勘違いされがちですが、義を通すお方ですので、ウラパ監査長が歓迎したあなた方が何らかのトラブルに巻き込まれた際は、かのお方の届きうる範囲すべてを使ってでも解決を目指すでしょう。逆に言えば、他の方に賄賂を渡すのは、ウラパ管理長の力を信じていないということになりますから……」
「つまり、私たちは知らず知らずのうちにあの下品な顔のヤギの庇護下に入ったってことかしら?」
「……その発言はどうかと思いますが、まぁ、そういうことです」
アンネの言葉に渋々と頷いた犬獣人の少年は、ふと付け加えるように言葉を続けた。
「あぁ、ただ、多少の料金の割増しくらいはあるかもしれません。特にあなた方は半数以上が魔物ですし……危険手当ということで2~3割増しの料金を取られる可能性は否定できませんね。そういった場合は払ってしまっても構わないと思います。この国では客によって商品の値段が違うのはよくあることですから」
そんな感じでこの国のことをいろいろと聞きながら、俺たちは今日の宿へと向かったのだった。
大帝国
獣人が基本の国です。国体として弱肉強食がデフォルトみたいな国で、強い奴ほどえらい理論がまかり通っています。
以前の解説で奴隷制が実質無意味なものになってるっていう説明をしましたが、実はあれは賢者の塔の影響力があるところの話で、大帝国では普通に奴隷が売買されています。
また、この国では賢者の塔の影響力は皆無で、冒険者ギルドでの地位もあまり意味がありません
人種区分
獣人系統
神獣人 いわゆる貴族や皇帝に連なる種族。大型の肉食獣系獣人が基本的に含まれるが、例外的に草食獣系獣人が入ることもある。小型獣人はお呼びでない。
高位獣人 いわゆる文官や武官を務める獣人。大型の草食獣獣人の多くがここに含まれ、稀に小型の獣人も含まれる。強さ的には神獣人が強いため、逆に武官系の獣人は数が少ない。
一般獣人 いわゆる一般人。中~小型の獣人の多くが所属する。大帝国の中では富裕層として扱われることが多い。
奴隷獣人 種族全体が奴隷なわけではないが、蔑称としてそういわれる事がある。戦闘能力の極めて低い、発言力の弱い獣人たちが含まれる。正式には一般獣人として扱われる建前だが、ひどい差別が存在し、違法奴隷売買においてもお咎めなしという扱いを受ける。
その他種族
A区分 力と知性を兼ね備えた種族、具体的に言えば巨人や人造人間等が含まれる。高位獣人に準じる扱いを受ける。
B区分 一般獣人程度の力を持ち、広く知性種族と認められた種族。エルフ、ドワーフなど。生活するのに支障はないが、一般獣人よりも下の身分として扱われる。
C区分 一般獣人以下の力しか持たず、知性種族として認められた種族。フェアリー、ゴブリンの亜種等。ほぼほぼ奴隷獣人と同等の扱いとして扱われる(来訪者の場合はちょっと配慮されるくらい)
X区分 そもそも知性種族として認められていない。どさくさに紛れて暗殺してもいいくらいの認識。撃退していくとその強さに応じて世間的な扱いが決まる。
追記
大帝国だけではないけれど、獣人種は同種でも結構差が大きい。けものフレンズキャラくらいの獣人度合いの人たちが5割くらい、骨格は人間だけど顔や毛皮なんかは完全に獣の人たちが3割くらい、骨格すら人間のものではなく、二足歩行できる獣が2割、喋る獣が1%以下みたいな感じの分布。
ウラパ監査長や案内役の少年はけもフレくらいの獣人度です。




