オークと吸血紳士
「ほう、愚かなる豚風情が、私の前に立ちはだかるとは……愚かな……いや。愚かなる豚が愚かなのは自明であったな」
そんな風に笑うギンバリエに、しかし俺たちは警戒しながらそちらに武器を向け続ける。
「……ふむ、豚畜生であっても最低限の知能はあるようだ……厄介な」
そう言うと、ギンバリエはレイピアを取り出した。
「まぁよい。この酔夢のレイピアにて、潰えるがよい」
次の瞬間、目の前に飛び出してきたギンバリエに、俺は慌てて剣を振り上げる。ガキンという音がして、レイピアが俺の顔に赤い線を作る。
「我が剣を避けるとは、豚にしてはよくやるではないか」
そう言って更に剣を振りかぶるギンバリエに蘇芳が木剣を振り下ろす。
「ダーリンから!離れろっ!」
鬼気迫るその雰囲気に驚いたのか、必要以上にギンバリエが浮かび上がる。
「主殿、おくれ申した!」
そう言って、ボスがその手に氷を持ち投擲する。
これで立ち位置は振出しに戻る。
「ふぅむ」
そう顎をさするギンバリエが再び俺たちに向かって剣を構えたところで、一つ大きな声が響いた。
「グォーク!ボス!受け取れ!」
そう言って振り向いたところに、赤と青の閃光が飛び込んできた。それと同時に、巨大な竜がギンバリエに突撃する。
「ガイアス!それにヘテロか!」
そして、投げられて目の前に落ちたそれをさっと拾う。手に馴染むそれは、鞘に包まれた精霊剣だった。
精霊剣は俺が鞘から抜き放つと同時に、喜ぶようにめらめらと刀身に火を宿した。ちらりと見ればボスの方もビキビキと空気を凍らせていた。精霊剣があれば取れる手も増える。これはありがたい。
ギンバリエの方を見れば、ヘテロがギンバリエに食らいつき、ギンバリエがそれを余裕でいなしていた。
「ボス!俺たちも行くぞ!」
「承知!」
俺たちは左右に分かれ、ギンバリエを狙う。振りかぶったボスの剣から、先ほどとは比べ物にならない、長大で分厚い氷が剣線と共に形成される。
「な、何ですか!これは!」
動揺するギンバリエは、その一瞬でヘテロに氷壁に追い詰められた。その隙を逃さず、俺もヘテロの背を駆けて剣を振りかぶった。
「おおおおおおおおっ!?」
「ちっ!」
次の瞬間、膨大な数の黒い何かがギンバリエから溢れ出した。
「なっ!?」
「ふぅ、まさか豚畜生がこのように私の手を煩わせるとは……まぁ、手土産が増えたと思いましょう」
そう言うと、黒いなにかは更に数を増やしていく。
「なんだこいつらは!狼と、蝙蝠と……あとは、ええい!めんどくさい!」
俺は炎で、ボスは氷で周囲の影を遠ざける。蘇芳はやや苦しそうだが俺たちが至近距離だったのに対して、やや離れたところだったためまだ余裕はありそうだ。
「……蘇芳!……は既に撤退を開始してるな。よし」
蘇芳も戦闘のセンスは高い。ここにいても有効打を与えられないと考えたのか、じりじりと後退を始めていた。とはいえ、こちらもじり貧だ。何度も何度も剣を振るが、それでも全く減った気がしない。
いや、ちがう!
「こいつら、実態が無いのか?」
気付いたのはボスの方を見た時だ。ボスの攻撃は氷の攻撃の為、立ち位置を変えつつ敵を凍りつかせて倒しているが、気が付けば氷に捕われているはずの敵の姿が無かった。大きいものでは建築物クラスの大きさをした氷もある中で一匹も巻き込まれていないというのは考えにくい。
「黒い、動物たち……影か!」
「ほほう、敏い豚もいたものだ」
「!?」
俺が呟いた時、影の動物たちの中から紳士の顔が飛び出した。咄嗟に剣を振るうが、流石にそんな破れかぶれな攻撃は難なく避けられてしまう。
「危ない危ない。直撃を受けてしまえば私でも危なそうですからねぇ、一体豚風情がどこで手に入れたのか」
余裕の表情を見せるギンバリエの顔に、俺は無言で剣を振り……ガクリと足場が崩れ落ちた。
「っ!ヘテロ!」
あまりに動かないので気にしていなかったが、ガイアスの愛竜であるヘテロの様子がおかしい。見れば、眼が閉じられ、数多の影たちに体を蝕まれていた。その巨体と頑強さによってしばらくは大丈夫そうだが、攻撃の衝撃で片足を屈したらしい。
「ふん、ようやく眠ったか」
そんな声と共に、ギンバリエの剣が俺に迫り……そして、直後に大量の白い粉が舞い散った。そして、次の瞬間。
「大丈夫?お兄ちゃん」
一瞬にして、全く別の場所で座り込んでいたのだった。近くにはボスと、眠り込んだヘテロもいる。
「どういうことだ?ニコット?」
「無事で何よりね、グォーク」
そこにいたのは研究職として奮闘しているはずのアンネだった。