オークと巨人の咆哮
俺とガイアスが見つめ合う中、ガイアスは俺に斬られた方の足を回しながら俺に声をかける。
「さっきのは中々だった……だが、どうやら俺も今日は調子がいいみてぇだな。さっきみたいな攻撃はもう喰らわん」
「そりゃ残念だ」
俺が双方を竦めると、背後でドラゴンの巨大な咆哮が響き渡った。見れば氷の塊に顔を冒されたドラゴンが無茶苦茶に顔を振り回していた。
「あれは……ボスか?」
予想外の光景に一瞬反応が遅れるが、さも知っていたように振る舞い、同じく驚いているガイアスの足に剣を振るう。再びぐちゃりと感触が腕に伝わり、そして今度こそ、目的を達した感触を得た。
ガイアスが攻撃されたことに気付き、俺の方に向おうとして……バランスを崩しかけ、慌てて動きを止めた。
「何をした……というまでもねぇな。ったく厄介なことを」
俺がしたのは簡単なことだ。ガイアスの足の腱を切ったのである。アンデッドは死んでいるはずなのに動き回る存在だ。だが、だからと言って物理法則を無視する存在では……。いや、骨王とか筋肉もないのに動いていたから無視する存在は平気で無視してくるが、それはともかく、誰もかれもが物理法則を無視して非常識な動きをしてくるわけではない。特に生ける屍として、筋肉や骨をそのまま使っているゾンビならなおさらだ。
勿論、死体が動いている時点で何らかの魔法的な力が働いているのだろうし、完全に動きを止めることは無いかもしれないが、今のガイアスの姿を見れば少なくとも歩き回ったり踏ん張ったりと言ったことはできなくなっただろう。
「ま、それならそれだ」
そう言って、ガイアスは口笛を吹いた。
「俺は今は剣闘王と呼ばれているが、昔は大地をかけていた。ヘテロはその時からの愛竜なのさ。つまり」
そう言う俺たちに巨大な影が迫った。俺は振り向くことなく転がり、すぐさま構えをとった。
「ヘテロに騎乗すればこの足でも問題ねぇよな!」
そう言って迫って来たドラゴンに視線を向けるガイアス、そして次の瞬間、彼が纏っていた青いオーラが消え、それと同時にドラゴンにしがみついていた蘇芳がドラゴンの頭を越えて飛び上がった。
「んなっ!」
驚いて一瞬固まるガイアス、だが、俺がワザとかけていた知能向上魔法が無くなったことでいきなり下がった情報の処理速度もあり動きが明らかに鈍い。
そして、更に追い打ちとして俺はガイアスの眼に向けて石を投擲する。
「う、うおおおおおおおおおおおお!!!!」
一瞬の逡巡。だが、流石は剣闘王と呼ばれている男というべきだろうか。斧を下から撫で上げる様に打ち上げ、俺の石つぶてを打ち払い、蘇芳を跳ね上げた。
「蘇芳!」
思わず蘇芳を目で追うが、くるりと体を捻っているのを見つけ、俺は剣をガイアスに向ける。
見れば、ガイアスは地面に転がり、ボスが氷でドラゴンをけん制していた。
どうやら攻撃を避け切ったのは良いものの、呼び寄せたドラゴンを受け止めたり乗り込んだりする余裕がなく、押される形で倒れ込んだようだ。
俺は立ち上がる前にガイアスの斧を手から弾き飛ばし、そのまま顔の前に剣を突きつけた。
「……」
「……」
沈黙する俺たち、そして、そのわずかな時間で蘇芳が俺の向かいで剣をガイアスに向けた。
「……ここまで追いつめられちゃぁ、負けを認めねえわけにはいかねぇな」
にやりと笑ったガイアスは、大音声で闘技場全体に声を響かせた。
「ああ、降参だ!ヘテロも降伏しろ!」
次の瞬間、爆発するような歓声が響き、俺たちに降り注いだ。
そして、次の瞬間、蘇芳がどうっと倒れ込んだ。
「おい、蘇芳!大丈夫か!」
見れば、蘇芳の腰から肩にかけて大きな切り傷が出来ていた。
「あー、思わずやっちまったからな。救護班!急げ!」
よっこらしょと立ち上がったガイアスが言うまでもなく、蘇芳を担架に乗せて運び出すやたら動きの良いゾンビたちに連れられて、蘇芳はあっという間に見えなくなった。
俺もそれについて行こうとして止められる。
「まて、ここの救護班は優秀だ。ゾンビや死霊だらけの町ではあるが、そこは心配するな。それよりも今はお客さん達のアピールが先だ。……って、ちょっと待て、俺は大丈夫」
「そう言って、足が動かなくなったらどうするのですか!ほら、さっさと行きますよ」
俺と話していたガイアスは再び現れた先ほどより体格も人数も多いスタッフの手によってあっという間に治療の為に連れ去られていった。
俺たちはその後、蘇芳を心配しつつも簡単に観客サービスをし、そそくさと医務室へと向かうのだった。