オークと剣闘王
「ふん!」
戦う事暫く、状況は一方的だ。俺が逃げ、ガイアスが剣を振りかぶる。俺は避けいなし、時に防いでいるが、それでも少しづつその身は削られてきていた。
勿論オークの体力は目を見張るものがある。それ故にまだまだ問題なく動けるが……何しろ相手はアンデッド。この世界のアンデッドに当てはまるかどうかは不明だが、一般的に底なしの体力……というかそもそも体力という概念すらないと描写されるそれは、少なくとも目の前の巨人アンデッド、ガイアスには当てはまっているようだった。
「逃げているだけでは、勝つことはできんぞ!」
はるか上空から聞こえてくるそんな声に、俺は答えることなくその場から退避する。
俺は内心でため息を吐く。現在のオーク三人のパーティは火力的には申し分ないが、その代わりに汎用性が低い。いま、ドラゴン相手に二人が奮闘しているが、逆に言えば振り分けをするくらいしか現状で指示できる手立てが無かったということだ。
作戦は、無いことは無い。だがそのためには、今現在を生き残らなければ。
俺は青い燐光を放ちながら、ガイアスの攻撃を避けていくのだった。
「はっ!」
一瞬の交差、避け続けて一瞬見えた隙に急接近し、足を目がけて切り付け、そしてそのまま通り過ぎる。返って来たのは肉を断ち切る鈍い感覚。なまくらの包丁で鶏肉を叩くようなその感触に俺は顔をしかめる。切断できていない。そう確信しそのまま体を地面に転がした。
直後、俺がいた場所に大きな足が落ちて来る。間一髪で避けた俺にグラグラと哄笑が降り注ぐ。
「悪いが、その程度の力で俺の体は音を上げんぞ!」
「さっきから無駄口が多いな、先輩!」
腐汁を先ほどの足の傷から滴らせながらも、まったく気にした様子もないガイアスに若干やけになって叫ぶと、彼はふっと笑って斧を振りかぶる。
「なら、無駄口を叩けないくらい追い詰めて見せろ!」
そう言って振り下ろした斧を、俺は再び間一髪で回避する。
ただ、先ほどの回避と今の回避はすこし状況が違った。まず、使われた武器がその肉体でなく斧だったこと、そして、二人の距離が短かったため、ガイアスの攻撃が直下に振り下ろす形になったことだ。
そんな状態で俺が斧を避けたものだから、ガイアスはしたたかに地面に斧を叩きつけた。
鈍い音と共に斧が地面を抉り、石片が飛び散る中、俺はその斧に飛び乗り、斧を引き抜こうとした彼の顔に剣を振るった。
「おっ」
驚きの表情を浮かべるガイアスは、しかし咄嗟に手を斧から離し、俺をしたから放り上げた。
空中に放り出された俺はくるりと体を捻って足からしゃがむように着地する。
「さっきの判断は見事だったぜ」
そう言うガイアスの顔には、浅いながらも先ほどまでは無かった傷が刻まれていた。だが、浅い。見事と言いながらも、ガイアスの表情はありありと余裕の笑みが浮かんでいる。
だが、一つ隠し玉を準備できた。俺はそう思いながら、拳を握り込み、立ち上がるのだった。
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SIDE ボス
目の前には巨大な竜がその巨大な口を威嚇の為に広げている。だが、それが何の意味があろうか。竜帝殿の威圧を受けた我らにとって、その程度の威嚇は全くの無意味である。
そう思う我は、しかしちらりと主殿の方を確認する。三対二で始まったこの戦いであるが、現在は主殿とガイアス殿、そして我と蘇芳が竜の相手と、いう戦いになっている。
つまるところ、現在主殿はガイアス殿とただ一人で相対していることになる。これは主殿を守る騎士として、いささか情けないのではなかろうか。
そんな考えを我は少し頭を振って追い出した。次の対戦相手が分かった時に主殿からいくつか作戦を伝えられている。それを達成するために、この状況は前提となるものであった。それ故に、ひとまず我はこの竜を弱らせ、足止めしなければならぬ。それが主殿に託された指名なのだから。
竜はその見た目ほどには脅威度は低い。賢いのは賢いのだろうが、その大きさも相まって急所を狙って攻撃するような所作は見受けられない。金龍の指輪で鉄壁の防御を手に入れた我にとっては、その噛みつきも突進も、身構えてさえいれば大した痛痒もなく受け入れられる物であった。
今もまた、我に突進してきた竜の頭を、大楯でカチ上げ、押し込んだうえで剣を振るう。だが、それで削れるのは鱗の表面のみ。どうやらこの竜は飛翔や息吹を使えぬ代わりに非常に頑強なようだ。
それもまた、我の焦燥を加速させる原因の一つであろう。作戦上足止めとなってはいるが、極端な話をすれば我と蘇芳殿が竜を屠ることさえできれば、作戦もそこそこに総力戦に移れば高い確率で勝てるのだ。故に、今回の作戦は、我と蘇芳殿では竜を倒せぬという我にすれば歯がゆい作戦でもあったのだ。
再び噛み付きを行ってきた竜の攻撃を半歩後ろに避け、大楯で頭を殴りつけた上で更に目を狙って切り付けるが、今度は頭を振るって我の攻撃を避けてくる。
あぁ、我はこれほどに役立たずであっただろうか。このような考えは騎士としてあるまじきと思うが、もしここに精霊王殿の剣があれば、このような竜に遅れはとらぬのに……。
そう考えた我は、ふと頭の中に一つの閃きが浮かんできた。もしや我は魔法が使えるのでは?と。
確かにオークはほぼ魔法を使えぬ種族である。それは殆どの者が認識する事実である。だが、その一方、アンネ殿によれば我の種族、オークナイトは魔法を使うこともできる進化だとも言っておった。ならば、我に魔法を使えぬという道理はないのではないか?
加えて言うのなら、我は精霊王殿の剣により、我が体内の魔力を剣を通して氷に変える感覚を何となくではあるが感じている。もしこの感覚を再現できれば、我も魔法が使えるのでは?
そう思った我は目の前の竜を見据えた。成功すれば、この試合に勝つことが容易になるであろう。そして失敗しても、この竜の思い通りにはさせぬし、もし何かあっても蘇芳殿がカバーしてくれるであろう。
我は意識を集中させ、慣れ親しんだ精霊王の剣を思い浮かべる。力を刀身に集め、その力を静まり返った水面のように静かな力へと変換する。
ふと気が付くと、目の前に再び竜の咢。しかし、今度は避けない。そうしなくても良いと確信があった。
一閃。
直後に剣線がパリパリと冷気を纏い、竜の口内を氷で埋め尽くした。
「$S&A'WIJU1"$!???」
声にならない悲鳴を上げた竜に向けて、我は再び剣を振りかざす。その一閃は更に竜に向かって氷を形作るが、暴れた竜には当たることは無かった。ただ、その氷柱を踏みしめ竜に飛びかかった姿を確認し、我は竜と、その背に乗った蘇芳殿を追いかけ後をついていくのであった。




