妖精と父親
「……なんだか、すっごくずるしてる気がするわね、これ」
私はリナと共にヘル様の後ろから賢者の塔を歩いていた。
ギルドで転移門を借りた後、私達は賢者の塔を歩いて登ることになった。と言うのも、賢者の塔で最も簡単な移動手段である鬼道転移符なのだが、これは最高階層を自動更新するタイプで、中途半端な調整ができないものだからだ。要するに、転移するのは常に最高階層になる。
塔の住人であるならばある程度融通が利くのだが、私は既に出奔した身。既に住人判定ではなかった。仮に住人判定が残っていたとしても、一度も塔を登っていないリナが居ればどちらにしても塔を登らずに妖精村に行くことはできなかっただろう。
そんな中久しぶりに帰ったということで、ちょっとウキウキながら歩いているヘル様を先頭にした行軍が始まった。はっきり言ってしまえば、やることが無かった。そりゃ、この塔の中でも上から数えて12番以内……というか、上位勢同士は直接対決をすることが無いので憶測でしかないものの下馬評では五本の指に入ると目されている彼女に、下層の魔物は相手にならないどころの話ではなかった。もはや雑草というか認識すらされないそよ風と同じだ。
「あ、そうだ」
私はふと思い立ち、リナに一つ魔物を狩って来てもらった。
「ん?それは……えっと、何だったかな?」
不可解そうにするヘル様、私もたまにあるが、どうやらヘル様もあまり興味が無い物は覚えようとしないようだ。
「バロメッツですよヘル様。カニの味がするんです」
「……その手の魔物は廃都にいなかったような気がするね。中々いいチョイスだ」
ヘル様はそう言うが、私は苦笑で返す。
「まぁ、確かにそれも一つの案ですけど、廃都って言ったらかなり昔からある場所ですからね。バロメッツを持ち込んだ人がいないってことは無いと思いますし、何か問題があって広まってないって可能性もあり得ると思うんですよね」
そもそも、バロメッツは山羊の姿をしているが、実際は植物系の魔物である。日照や水の確保など、廃都での育成は課題が多いような気がする。無論、調査してみるつもりではあるけれど、一番の目的は、家へのお土産だった。父はこの肉が結構好きなのだ。
結局ヘル様の勧めもあって、生きているうちでもまだ小さく山羊が実っていないくらいのバロメッツを一つ採取し、先を進んだのだった。
と、そんなこんなで少し寄り道しつつ、それでも賢者の塔に入ってから半日と少しで妖精村へとたどり着いてしまった。なお、コピードールは変身した途端に何故か蒸発して消えてしまった。ちょっと研究したくなる事象だった。
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「おぉ!アンネ!良く帰ってきたの!……ところで、グォーク殿は?」
妖精村に帰ってきた途端、父さんに声をかけられた……一応ここ、妖精村の村長なんだけど、ちゃんと仕事してるのかしら……まぁ、父さんも常に仕事仕切りってわけでもないとは思うけど……。
「ドナタですか?セルバン殿」
「おぉ、すみませんなイズナ殿、いえ、娘が帰ったのが見えたので、少し我を忘れてしまいましてな」
「オォ!セルバン殿の御才女殿か!」
と思ったら、後ろから大凡人と同じ程度の体格で白い衣服に身を纏った初老の男性がゆっくりと近づいて来ていた。状況から考えるに、どうやら村を案内をしていたようだ。……いや、案内役を置いていくのはそれはそれで村長としてどうなのかしら。
「お初にお目にカカル。ソレガシはイズナと申す者。竜骸国にて道士の真似事をしている者である。オォ、スマヌな、竜骸国ヨリ罷り越しテ、まだ日が浅い故聞き苦しい所は勘弁下され」
「これはどうも、私は妖精村村長、セルバンの娘、アンネと申します。若輩の身ではございますが、どうかお見知りおきを。それと、イズナ様のお言葉はとても達者だと思います」
私がそう言うと、イズナ様はカッカと笑って顔を寄せて来た。顔を寄せて見て分かったが、どうやらやや鼻が常人より長く、顔もやや赤みがさしている。
「もしや、イズナ様は天狗種でございますか?」
「流石、セルバン殿の御才女!ソノ通り、この身は天狗である!」
そう言ってもう一度カッカと笑うと、直後にイズナ様はプイと空を見つめてそのまま空に飛翔した。
「デハ暫し、空を舞って来ヨウ!良き頃に帰るとスル」
そう言って姿を消したイズナ様だったが、いくらかの戦闘で培った私の感知能力が、なんとなくまだイズナ様がいることを感じ取っていた。横で立っているリナがまだ警戒を解いていないことや、結構後ろの方でついて来ているヘル様が、何やら意味深に一方向を見つめてにやけているのを見てもそれは明らかだ。
「……っと、そんな時ではなかったな。アンネ。一体何をしに来たのだね?あの、オークの阿呆も連れずに」
それを聞いて、私は父さんが、何か不機嫌になっているのに気づいた。……何で?グォークに会いたかったのかしら?
「えーと、取りあえず私の用は部屋にある研究資料を持ち出そうと思ったんだけど……えっと、何かグォーク達に伝えることがあるかしら?」
「阿呆のオーク等今は関係ないであろう!」
……本当に何かしら、この反応。別にグォークと父さんは特に関係が悪いことは無いはずだけど。私がうむむ、と考えていると、ニヤニヤ笑っていたヘル様が、おもむろに父さんに声をかけた。
「済まないね、いま、グォーク君から娘さんを借り受けてるんだ」
「……あ、あなた様は、ヘル様!?ちょ、ちょっと待って下され!フィーリエ!フィーリエ!急いで歓待の準備を……」
にわかに慌てふためき出した父さんに、私は置いてかれたのだった。
コピードールが瞬間消滅したのはヘル様が抱えてる個人的な特性のせい。ヘル様自身は不死身だけど、代償に常に肉体が急速に腐敗の方向に進んでる。要は魔力と肉体による強大な回復力>洒落にならない腐敗特性がひどいバランスで共存している。現在はクッソ蒼ざめた整った新鮮な死体的(呼吸しても肺が機能せず酸素を運んでいないので肌が青い)状態だが調子が出なかったり、多大なダメージを受けた場合通常放置された腐乱死体よりもヤバい見た目に変貌する。回復に専念すると若干回復性能の方が高いので徐々に肉体を再構成することはできる。
それと、村長が不機嫌なのはグォークがアンネと離れていたから。当たり前だけど、賢者の塔10階層までの道のりは普通に冒険のため、説得時の「出来る限り娘さんを守ります」宣言と矛盾してる。
まぁ、そもそもグォーク自身は研究職で志願を漠然とした雰囲気でしか察してなかったため、割り当てられた部屋に行くまで実は廃都内で籠ってるんじゃないかと思ってた。
天狗種 天狗種は竜骸国の中でも賢者の息がかかった種族。諸事情により賢者は竜骸国を監視してたけど、その構成人数の大多数を占める竜人族がクッソ真面目な武人肌だったためだんだん監視もなおざりに、監視役だったはずの天狗種はわざわざ隠れながら監視するのが馬鹿らしくなって人里に降り、性格的にあったのか竜人族の者達と酒盛りとかしてクッソ馴染んでほぼ帰化した。とかいう裏設定があるけど、多分本作では使われない。
多分竜人族も出ないからここに置いとくと。
竜人族 実は獣人族の竜版。性格は頑固で正義感が強い傾向にある。見た目としては厳ついリザードマンみたいなものが多いが、男女問わず尻尾と角、それと僅かな鱗が付いた人程度に竜要素が薄い存在もいる。魔術的にも物理的にも精強である他、性格や文化気風もあり一般人でもそれなりに戦える傾向にある。割と外交は苦手で、それを本人たちも自覚しているため一時期は鎖国という形で国を閉ざしていた時期があった。
天狗族 豪放磊落だが隠密すれば非常に潜伏能力に長け、魔術を中心に様々な戦闘スタイルを嗜む。見た目は普通の人に近しいものが多いが、よく見ると人種よりも鼻が長く、背中に猛禽類の羽を携えている。また、賢いものが多く厳格な縦社会を築いている。




