マイコニドと罪
不可解そうにする俺たちに、テュフラは一つの質問をした。
「例えば、馬鹿の暴漢と、賢い戦士、街中で剣を振り回してたら、どっちが危ない?」
「なんだその質問……まぁ、実力的な危険度は戦士の方が危ないんだろうが、何するか分からないという意味では暴漢だな」
俺の答えを聞いて、テュフラは大きく頷いた。
「つまりそう言う事」
「どういうことだよ!」
俺の突っ込みに、ファンレイが苦笑して言葉をつづけた。
「つまるところ、二コットくんは物を知らないうちに罪を犯してしまうかもしれないということだよ」
「いや、彼女はそんなことをするような性格じゃ……」
そう弁護しようとするものの、アンネやスカー院長は納得したような顔をしていた。そして、その様子に気付き何となく追い詰められた気分になった俺に、ファンレイが言葉を続ける。
「例えば、ニコットくんが友達に会いたくなって孤児院に突然転移する。もしくは友達をいきなり転移で連れ去ってしまう」
「……いや、それは」
「例えば、ニコットくんがちょっとお腹がすいて屋台の物を転移でちょろまかしてしまう」
「……まっ」
「例えば、ニコットくんがお菓子なんかの報酬につられて、店や金庫の中身を勝手に持ち去ってしまう」
「……」
「勿論君たちが監督していればそんなことは殆ど起こらないと信じてはいるけれど、絶対起こらないとは言えないだろう?しかも使うのは空間を操る魔法だ。君たちに完全に制御ができるかい?無数の分体もいるのに?」
その言葉に、俺は何も言えずに黙り込む。
「まぁ、要するにニコットくんは持っている力の割に判断能力や意識が低すぎるんだ。残念だけど現状では君たちと一緒に暮らすことにも制限をかけなければならないほどにね」
その言葉に、俺たちは反論しようとするが、事実は事実なので何も言い返せない。いや、一人だけ反論をする人物がいた。
「そんなの嫌です!私、皆とお友達になりたくて進化したんです!」
そう、当の本人であるニコットだった。彼女からすれば寝耳に水だろうし、この反応も当然だろう。
「いや、しかし」
「いやなものは嫌です!」
子どもらしい反抗にどうしようか手をこまねいているファンレイに、おもむろにスカー院長が話しかけた。
「ファンレイさん、そっちの話は少し置いといて、気になる事があるんだがいいかい」
ファンレイとニコットはお互い顔を見合わせて、しかし双方の知り合いということもありどちらも口を閉じる。
「ありがとよ。今回、あたしは痛感したんだよ。孤児院の子ども達の命は、自由は子ども達の物、だから、元従魔なんて過去を持ってその自由を陰らせたくないからって、無理を言って冒険者の遺児を従魔としてでも無理やり人権印章を持たせるわけでもなく育てたいと我儘を言ってきたがね。この歳になってそれは無謀だった。ペンデリを攫われ、現役冒険者にも迷惑をかける始末だ」
そう言って自嘲するスカー院長に、賢者の弟子二人は何とも言えない顔をする。
「いや、それは、我々ギルドでも良い考えだと判断されたから、特例が認められたのだ、今ではそれが孤児院のスタンダードにさえなっている。卑下することでは」
「スカー、頑張った」
そう言う二人に、スカー院長は一転いやらしい顔を向けた。
「だから、いっそのこともっとギルドに頼らせてはくれんかね?」
「は?」
茫然とする二人に、スカー院長はまくしたてる。
「あたしの力だけじゃ、権利が宙ぶらりん状態の子ども達を守ることができない。だけどギルドもあたしの方法には賛同なんだ。ただとは言わないけれど、人を送ってくれてもいいんじゃないかい?」
そんな一言で、賢者の弟子二人にはスカー院長が何を意図しているのかを大凡察したらしい、困惑顔から呆れた顔に変化していく。
「はー、なるほど、いや、だが」
そう言ってちらりとニコットを見るファンレイの様子に、俺は何かが頭の中を掠め、質問を投げかけた。
「ファンレイさん、このままだと、ニコットはどうなるんですか?」
「どうなるって、人権印章を手に入れるために動いてもらうことになるさ。その内容については知っているだろう?何らかの問題のある子は、あのドラゴンちゃんと同じ扱いさ。まあ、あの時は特例措置をとったけれど」
つまり、一か月ギルド職員として住み込みで働くということだ。
「で、仮にスカー院長の案が採用された場合はどうなるんだ?」
「ギルドに依頼を張ってもいいけれど、誘拐が実際に起こった以上、かなり信用度が高い冒険者じゃないといけない。それなら、完全にギルドが管理している職員を派遣する方がよっぽど楽」
つまり、そう言うことだ。何が何だかわからずぽけーっとしているニコットに、俺が噛み砕いて説明する。
「つまり、スカー院長の孤児院にニコットがギルドの職員として言って仕事できないかってことだ」
それを聞いて、ニコットの眼がキラキラと輝き出す。
「それ!それが良い!」
「いやいやいや、待ってくれ、流石にそんなこと、ここで決められない!まぁ、できるように掛け合うが、少なくとも規則の勉強やらなんやらで毎日派遣は無理だぞ!」
「……まぁ、転移であちこち逃げられるよりは、まし」
ということで、ニコットに関しては一か月間ギルドに住み込みで働くことが決まったのだった。最終的には週二ペースで孤児院派遣の仕事が入るようになったようだ。
帰り際、俺たちは孤児院にスカー院長を送りつつ話をしていた。
「ありがとうよ」
「いやいや、こちらもスカー院長の追尾が無かったらニコットを見つけられたか分かりませんから」
そう言って笑う俺に、スカー院長も笑いかける。
「本当は、あんたたちに護衛を頼もうかとも思ったんだけどね。ああするのがあのこのためさね」
「いや、でも、私達二週間後にはこの街にいないしね」
アンネの言葉に少し驚いているスカー院長に、俺は賢者様の好意でオークの進化に関する情報を求めて西大陸の大帝国に向かうという話をした。
「そうかい……」
スカー院長は少し考えるそぶりをして、そして俺たちにこう語りかけた。
「あんたたち、廃都っていう名前は知ってるかい?」
ファンレイ「スカーさんの所に人送ると、他の孤児院も人送ってほしいって言ってくるよなぁ」
テュフラ「職員の仕事、結構カツカツ……」
その後、色々な協議の結果、番犬的な従魔の貸し出しサービスが始まった。(危険度や重要度が高い場所のみギルド職員が直接出向く)




