オークと誘拐犯
俺達はニコット救出に向けて移動を開始した。
今回一番警戒するべきなのは誘拐されたニコットとペンデリの身の安全を害されることだ。リナの見立てで大したことが無いのならば、恐らくは大丈夫だろう。
と、いうか、街中で孤児院を襲撃(しかも即座にばれる)ような悪党だ。全く戦闘能力が無いわけではないのだろうが、戦闘を得手とするなら、もっとまともな稼ぎ方をするだろう。
俺の意見を聞くと、ボスに背負われているスカー院長も、俺の肩にいるアンネも確かにと頷いた。
「油断は禁物だけど、確かにそれなら今まで無事でいるのも説明できるわね」
「そうだね、ただ……そんなに高値で売れるわけでもないのにねぇ」
聞いたところによると、希少な種族ならともかく、コボルドやマイコニドにそれほど高値はつかないらしい。
なお、売るという表現を使っているが、法的には従魔の金銭を介した譲渡という形になるらしい。この国では奴隷制度での規制が厳しいそうだが、そんな中でも法の抜け道とされる一つが、今回のニコット達のように人権印章を持たない知性を持った魔物を捕らえ、従魔として売り飛ばすという方法なのだそうだ。
と、そんな話を聞いていると、目的の倉庫が見えて来た。
「アンネ」
俺がそう言うと、アンネが頷いて魔法を唱え始める。
「……”眠りの霧”」
広範囲に拡散した魔法の霧は倉庫一帯を包み込み、そしてバタバタと誰かが倒れる音が続く。
「室内はともかく、屋外の相手は殆ど眠ったはずよ」
俺たちは頷いて、ボスと蘇芳が俺たちから離れていく。スカー院長との話し合いで、そもそも誘拐が立証された時点で相手方は犯罪組織なのだから、いくら元魔物だからと言って犯罪者の捕縛くらいしても問題にはならないだろうと判断されたからだ。
また、相手の実力もこのメンバーだと過剰戦力なため、万一倉庫の外から援軍を呼ばれないようにする方が大事だろうという目論見もあった。
縄を持って地面に転がっている人々を縛っていくボスと蘇芳を見ながら、俺たちは中へと入り込んでいく。すると、すぐに地面に誰かが降り立つ足音が聞こえた。
「リナか」
「こっち」
言葉少なに俺たちに答えたリナは、そのまま先導しながら俺たちを一つの部屋に誘導していく。道中で遭遇した相手は、有無を言わさずアンネの魔法で眠らせていく。
そして、薄暗い建物内を歩くこと5分。階段を下った先に、その部屋はあった。
「これは……ひどい」
そこには20~30人くらいの子どもが複数の檻の中に入れられていた。服を着ている者は比較的怪我も少ないが、裸の者もおり、そう言った者はあちこちが傷ついていたり、生気のない目をしてうつろに虚空を眺めていたりする。
「これは……まさか、野生の魔物の子らも攫ってきたのかい?思ったより大規模だね、これは」
「おやおや、困りますねぇ、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」
そんな声に振り返ると、俺たちが入ってきた入り口の上、吹き抜けになった二階部分から、スーツのような服を着こみ、カイゼル髭を蓄えた細身の男がこちらを見下ろしていた。
「お前が誘拐犯か?」
俺の言葉に、男は心外そうに顔を顰め、言葉を続ける。
「誘拐?いやはや全く心外ですなぁ?私は、ただ?街を歩いている野生の魔物を安全の観点から捕獲し、調教の後に望むお客様に提供しているだけだというのに」
「ふざけるんじゃないよ!うちの子を誘拐しよって!」
「おやぁ?貴方は確か……あぁ、孤児院で院長をしている、元冒険者の……。なるほどなるほど。耄碌とはつらい物ですなぁ」
そう言って男はいやらしい笑みを浮かべた。
「良いですかご老人、魔物とは元来危険な物、それを鎖もつけず檻にも入れずにおくのが間違いなのですよ。こう言った風にね!」
そして、その言葉と同時に男の背後から狼人間のような見た目の少年が姿を現した。服装は孤児院で見た通りであったが、首に首輪が捲かれその先は男が手に持っている。
「……くっ!?」
「スカー先生!」
「おや?おやおやおや?そうですかそうですか、新しい商品のしつけをしていたところなのですが……どうです?これこそが魔物があるべき姿というものです」
俺たちが武器を取り出そうとし、更にアンネがフライング気味に眠りの霧を発生させた直後、アンネの放った霧の中で、男の声が響いた。
「いけませんなぁ、勝手に煙を出されては、まぁ、私は魔法に対して抵抗のある宝石を複数持っておりますから問題ありませんが、うっかり手が滑って商品が傷ついてもいけませんからなぁ」
そう言った瞬間、わざとらしく男はその手に銀のナイフを取り出した。
つまり、ここで何かしようとすれば、ペンデリに害を成すという事。そう判断し、俺たちは密かに目を合わせ合い、俺は道具袋の中に入っている適当な物を手に持った。横目で見れば、リナも手に苦無のような小さな刃物を忍ばせている。
もし、ペンデリが害されそうになるなら、俺たちが罪に問われることになってもあの男を殺す。
緊張感の高まる中、四方の扉が開き、そこから黒いスーツの男たちが現れた。男たちは、カイゼル髭の男の指示を受け、少しづつ俺たちに近づいていく。
そして、いよいよ俺たちもあの男を殺そうか、と指を動かしたその時。
「ふぁ~あ、あれ?ここどこ?」
近くの牢屋から、なんだか聞き覚えのある少女の声が聞こえたのだった。
この世界での奴隷制について
この世界にも一応奴隷制が存在します。が、色々あって殆どの奴隷が廃止されています。
借金奴隷(契約奴隷) 昔は借金の抵当として自分あるいは身内を入れた場合にその借金を返済するまでその身体を自由にするという契約だった。現在は身内はもちろんの事自分自身であっても借金の抵当とすることがギルドの規則で禁止されたため、殆どの商人がそれに倣い、現在直接借金に縛られる借金奴隷は存在しない。ただし、借金により首が回らなくなる者はいつの時代も一定数存在するため、そう言った人間のための実入りのいい住み込み仕事が紹介されている。
まぁ、オブラートに包まず言えば、借金する人物と主人になる人物が別だから自分で誰の所有物になるか決められる奴隷。ある程度の制限はあるが、通常の雇用形態では認められない範囲の命令も可能とされており、魔術により強制的に命令を聞かせることも可能になっている。
また、実入りのいい住み込みの仕事ではあるが、あくまでも奴隷となる様な人物がつける職業の中では実入りが良いということであり、少し名の知れ始めた冒険者程度の収入と同程度かやや少ないくらいの上、得られた報酬はほぼ全て借金返済に充てられることになるため、生活はかなり厳しいことに変わりはない。
犯罪奴隷 犯罪を犯した相手を奴隷として働かされる制度……だったのだが、奴隷成立時にはあったものの、犯罪者が犯罪奴隷を購入してしまい実質的に罰になっていない。常時行動を制限する魔法をかけたため作業の効率が著しく下がる上に、魔力が切れることで自由になってしまう事が頻発する。会話術や人心掌握術に優れた悪人が奴隷の主人やその使用人をそそのかし、良いように操ったり主人を殺して自由を得るような事件が発生する。
という問題があふれ出たためすぐに廃止状態になった。現在の技術であればそれらの問題を解決できるような契約魔法もあるが、その時の流れから罰則としての奴隷化は現在でもなされていない。
戦争奴隷 戦争での孤児、敵国の兵士等が捕虜や虜囚となり売り飛ばされた奴隷。一時期はいたものの、最近は大帝国とリス・デュアリスのにらみ合いくらいしか国同士の対立がなく、近隣国家に戦争を吹っ掛けるなら魔境から魔王が出てこないか警戒する方が重要度が高いため、そもそも戦争が起こらず自然戦争奴隷も発生していない。
従魔契約 従魔として魔物を操る契約。奴隷契約というよりはペット契約に近く、本作でのグォークやボスとアンネ、リナとの従魔契約のように魔法で縛られなくても結ぶことが可能だが、魔物は人権を持たないので、非人道的な魔術でも無理やり飲み込ませれば実質的な奴隷契約として運用できる。
特に言葉を使うことができない魔物に関しては安全の為に行動制限を含む魔法をかけ続けることが推奨され、従魔術師用の道具も市販されている状態のため恐らく今後もそう言った裏道は残る可能性が高い。
 




