茸人と孤児院
「いっくよ~ぷしゅ~!!」
孤児院の中庭で、頭の上から勢いよく何かの粉末を吹き出すニコットに、周囲にいた子ども達は嬉しそうに周囲を回って、触ったり手をわたわた動かしたりして楽しんでいた。
「……一応聞いとくが、あれ、安全なんだろうね」
俺の横でじっと見ていたスカー院長が若干不安そうにそう聞いてくるが、俺も困ったように答えるしかなかった。
「聞いた限りは問題ないらしい。アンネの毒性チェックでも何にも出なかったし、そもそも進化する前も後も本体の毒性はないみたいだからな。
ただ、逆にリラックス効果があって、ニコットを受け入れやすくなるって効果はあるらしいが」
それを聞いて、スカー院長はとりあえずため息をついてツカツカとニコットに歩み寄り、そして頭を叩いた。
「痛っ!」
涙目のニコットにスカー院長は厳しい口調で言い放った。
「周りをよく見な、あんたの出した粉がこんなに舞ってるじゃないか。きちんと片付けてくれるんだろうね」
「あ、え、ご、ごめんなさい」
「はぁ、遊ぶんなら別の遊びをしな。ここの子らは色々な遊びを知ってるからね、教えてもらいな」
そう言って、スカー院長はそのまま部屋の中へと入って行った。ちょっと落ち込み気味のニコットに周りにいた子ども達が声をかけて励まし、そして一緒に掃除の時間となった。
掃除後は鬼ごっこを中心に色々と遊びをしていたようだが、ニコットは割と高性能だった。
例えば、鬼ごっこで転移魔法を使い、一瞬で相手を捕まえたり。
例えば、転移魔法を禁止されたら、自分の体から進化前の茸人くらいの分身を生み出して人海戦術を使ったり。
例えば、地面に根のようなものを張って、地中経由で分身を逃げている子ども達の真後ろに生み出したり。
割かし反則と言えるような圧勝をした結果、全面的に分身の使用も禁止されたりしたが、それでもニコットは楽しそうに子ども達と関わっていた。
その様子を見ながら何となく平和だと思いふと外を見上げると……黒服の男が孤児院近くのひときわ高い木から双眼鏡みたいなものでこちらを覗き込んでいた。よく見ると、なんだか見覚えがある。そして目線は間違いなくニコットたちを写している。
とりあえず俺はそいつの腹目がけて死なない程度に石を投げる。当たらなくても威嚇になるだろう。あ、当たった。
黒服の男はそのままバランスを崩して落ちて行った。
「いたたたた、この石は一体……?」
「誰かと思えば、シュンじゃないか」
落ちた場所に行くと、そこにいたのはオタク忍者のシュンだった。
「あやっ!これはグォーク殿!ひどいではないですか!」
「うちの身内を隠れて見ている奴に手加減する気はない」
「あ、あ~、いや、なんのことやら……」
あからさまに目をそらしたシュンをジト目で見る俺だったが、シュンは何か思い出したのは急に俺の方に目線を向けて来た。
「って、そうではござらんかった!グォーク殿、今日はこの後ご用事はござるか?」
「いや、今日はニコットを孤児院の子ども達と合わせるために来たから、この後は特にないが」
「なら、ギルドの方に来てほしいでござる。賢者殿からの言伝で”例の手がかりの準備が整った”とのことで、ファンレイ殿が詳しいことを話したいそうでござる」
その言葉に、俺はハッと顔をシュンに向けた。図書館でも十分な情報を得られなかったため、賢者様からの情報は現在最優先事項である。まぁ、今現在は図書館で進められた本を調べた程度なのでどこかにオーク関係の本が眠っている可能性はあるが、賢者様の情報が最有力候補なのは間違いない。
とりあえず全員で話を聞こうとして周囲を見渡し……まだコニットが元気に遊んでいたのでスカー院長とコニットに一声かけ、俺、アンネ、リナ、ボス、蘇芳の五人でギルドへと向かったのだった。
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ギルドで奥に通され、大柄のオークでも余裕を持って入れる応接室の一つに案内された。簡素な調度品と僅かな観葉植物、そして中央の机に山と積まれた書類に悪戦苦闘しているのは、一人のビキニアーマーの女性だ。彼女は部屋に入って来た俺たちに気付くと、手を止めて俺たちに声をかけて来た。
「おや、ずいぶんと早く来てくれたね。助かるよ」
そう言うと、椅子から離れ俺たちの前に歩み出る。そして、紙束を一つこちらに放って来た。
「話は聞いてると思うが、それが賢者様の手がかりへ至るためのものだ」
俺たちがそれを見ると、どうやらそれは船の搭乗券のようだった。
「先ごろ、賢者様自ら交渉して君たちが搭乗できるように依頼したらしい。行先は西大陸の大帝国。君たちにはそこから更に南下して大農場の魔王と会って欲しいとのことだ」
俺たちが、大農場の魔王、という所にクエスチョンマークを飛ばしていると、アンネがさりげなくファンレイに確認を取る。
「12魔境の一つ、”大農場”の魔王、魔物使いの魔王に会えということね」
「そうだ、かの魔王は魔物を扱うことに関しては右に出る者はいない。きっと良い話が聞けるだろう。……ただ、大農場まで行けばあまり気にならないと思うが、大帝国はリス・デュアリス、ひいては賢者の塔との関係がそれほど良くない。トラブルに巻き込まれる可能性もあるから、行くかどうかは君たちが決めてくれ……とのことだ」
そう言ったファンレイに俺たちは少しだけ顔を合わせ、そして同時に頷いた。
「行きますよ。賢者様の行為を無下にするわけにもいきませんし」
「それに、大帝国の方はこっちと魔物も違うって聞くしね。個人的にも楽しみよ」
その言葉にボスとリナ、蘇芳も大きく頷いた。それを見届けたファンレイも大きく頷く。
「よろしい。賢者様と船の方にもそう伝えておこう。船の出港は2週間後だそれまでに何か準備があればしておくと良い」
その言葉を聞き、俺たちがギルドを出て。
「大変大変!!」
そして、孤児院のダチョウ鳥人少女(以前衛兵詰所に駆け込んだ少女)のプリシラの声を聞いた。
「おや、君は……」
「あ!グォークさん!たたた、大変なんです!ペンデリ君と、ニコットちゃんが、ニコットちゃんが!!」
何事かと思ったものの、俺は彼女に深呼吸をさせ、ゆっくりと話すように伝えた。そして、
「ペンデリ君と、ニコットちゃんが、攫われました!!」
そんな衝撃的な話を聞かされたのだった。
☆大農場
魔王スイフォンが束ねる12魔境の一つ。最大面積が黒き茂みの森、最大戦力が賢者の塔だとすれば、大農場は最大支配数と言える。魔王スイフォンは魔物使いの二つ名の通り、魔物を操ることに長けた魔王で、大農場に存在するほぼすべての魔物に無条件でいうことを聞かせることができる(本来の魔王であれば、黒き茂みの森のオークキングのように野生個体が屈服させる前に魔王の居に沿う行動をすることは無い)。
また、彼の使う”十万鬼夜行”はその名にそぐわず100万単位の魔物が一気になだれ込む魔王の中でも規格外の規模と動員人数を誇る必殺技となっている。習得初期はその名の通り10万程度だったらしい。
一方で、魔物自体の強さにはそこまでこだわりはないため、最上位の眷属はともかくとして、下位の眷属に関してはそこまでの実力はなく、魔王スイフォンVS他魔王なら中々上位に食い込むが、大農場の全ての戦力VS他の魔境の全戦力、だと(勿論架空のものだが)それほど勝ち目はないとされている。




