オークと世界樹巡り
「さて、これで一つ目の”洗礼土”は大丈夫です」
そう言って、リシ―はおもむろに地面から土を掘り俺たちが広げた袋に詰めた。
「……何というか、特別感もくそもないですね」
ここは特に特徴も何もない場所で、何となればユグドラヘイムの都のすぐそばの場所である。
「”洗礼土”は世界樹の影響が強く出た土。世界樹に近ければ近いほど影響が強く、そして世界樹の影響があればある程凶悪で悪意を持つ魔物は逃げ出しますから、何かが起こらないのが当然です」
そう言って、興味が無いと目を向けるリシ―になるほどと頷きつつ、俺たちは次の採集場所について問いかけた。
「次は、”世界樹の樹液”だったか?そっちも簡単に手に入るのか?」
「次は……少し手間はかかります。まぁ、誤差ですね」
そう言って向かったのは、ユグドラヘイムをぐるっと回って都の正門と逆の岩壁に当たる部分だった。
そこは壁と見まがうほどの巨大な樹木に、大量の無視が集まっていた。そして、その大きさは……。小さいものは手のひらより少し小さいくらい、大きいものは俺と同等くらいだろう。
「ここが、”世界樹の樹液”の取れる場所です。見ての通り、魔物化した虫が大量に樹液を求めてやってきます。聖木様によれば、”蟲の体液は不純物だから混ざらないように”とのことでした」
なるほど。確かに、これは……。
「言っとくけど、私は行かないわよ」
ちらりとアンネを見たらくぎを刺されてしまった。まぁ、女の子にあれは厳しい……。
「あの蜘蛛、なんか私を見てる気がするのよね。こんなに虫の魔物がいるの珍しいし、サンプルも欲しいんだけど、命には替えられないわ」
「あ、うん」
気のせいだった。とはいえ、実際問題として俺が採取に行った方が良いのは明らかなので、腹を決めて虫たちの中に突入することに決める。採取するのは小さなバケツに1杯ほど。世界樹の樹液はそこそこの量が出ているそうで、噴出しているところをこそげばそれくらいは入手できるとのことなので、臆することなく樹液を目指して歩みを進めた。
……
…………
………………
「うん、こりゃ無理だ」
俺はあっさり正攻法を諦めた。というのも、小さいのやら大きいのやらが折り重なっているせいで採取しようと払いのけた途端に別の個体が開いたところに飛びついてくるし、エサ場を邪魔する俺を敵とみなして襲い掛かってくるからだ。大きい個体は動いていないため虫たちの脅威度は低いが、その低い脅威度でも何十という数が一斉に飛んでくると肉体的なダメージはなくても行動が制限され、その間に樹液には虫たちが群がってしまう。
「アンネ、重力頼めるか?」
「了解、ほいっ”重力十倍”っと」
割と気軽な感じで使い慣れた重力魔法を放ったアンネだったが、その顔は微妙なものになる。
「耐えてるわね。小さいのだけじゃなくて大きいのも」
アンネの予想だと、そもそもの自重の軽い小さい虫は影響が少ないと考えていたようだが、大きな個体も重力に耐えていたため、予想を超えて厄介なことを再確認する形になった。巨大なカブトムシやクワガタ虫のような魔物を見ると、いかにも強靭そうな足を世界樹の幹に食い込ませて耐えているようだ。
「ただ、どうするべきか……虫が苦手とするのは火、とかもそうだろうけど」
「何か、言いましたか?まさか、その背中の剣で……」
「リシ―さん、世界樹に火をかけようとは思ってないからそう睨まないでくれ」
絶対零度の視線で俺を見るリシ―さんに弁明しながら、しかし俺はそこで少し閃いたものがあった。
「燻す、とかどうだ?」
「あの量を完全にいなくなるまで燻す?」
リシ―さんに全否定された。
「いや、例えば一瞬だけ出して、その間に……流石に無理……いや、これならいけるか?」
頭の中で作戦を纏め、俺はアンネに作戦を提案した。アンネはとてもとても渋い顔をしたものの、肝心の茸人が乗り気だったため、少しだけ作戦を修正し、本番に移した。
「さて、それじゃ、アンネ、頼むぞ」
俺の合図で、嫌そうな顔をしたアンネが、魔法を連続で唱え始める。
「その日を我に分け与えたまえ"発光"!」
その言葉と共に、強力な光が瞬きその強烈な閃光に反応し、虫たちがその動きを止めた。
ただ、それによって得られる時間はわずかだ。強烈な光に警戒した虫たちも、追撃が無いことが分かれば再び食事を開始する。
それに、強烈な光により虫たちの多くは硬直しており、樹液の場所からは動いていない。
だが、間髪入れずに発動したアンネの魔法で、その状況は変化する。
「植物の王よ、その力を我に貸し与えたまえっ……あぁ!やってやるわよ!"魅了の香り"!」
樹液から一瞬それた虫たちの意識、それが、一気にアンネの魅了魔法が入り込む。
「……ひぃぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃ!?いやぁ!」
もはや無数と思えるほどの虫の群れが一斉に飛びかかってきたことで、さしものアンネも嫌悪感に耐えられなかったらしい。悲鳴を上げて逃げ出そうとした。
そして、次の瞬間、茸人の生み出した転移門に、その悲鳴が吸い込まれる。
それを後ろに聞きながら、俺は急いで世界樹の幹に向かい、何とか空いた樹液の見える空間にバケツを突っ込み、引っこ抜いた。
中を見ると、上手いこと樹液を回収できた。少し虫が混じっているが……まぁ、続きは離脱してからにしよう。とりあえずこれ以上集られないように蓋を閉める。
そして、一息ついた。一か所虫が集っている場所があるが、そこにアンネと茸人の姿はなく、一安心……。
直後、俺の目前を黒いものが通った。
「まぁ、これくらいはしかたないか」
そこにいたのは、黒い二匹の蟲。大きなカブトムシとクワガタのような魔物だった。どうやらエサ場を荒らされて怒っているらしい。
リシ―さんの眼もあるため、二匹の虫たちをどうにか殺さないように無力化したいと考えつつ、俺は二匹の攻撃に備えるのだった。
虫系の魔物は社会性を持つ者を除けば、基本的に虫から進化してきた個体が多い。というのも、どこまで行っても幼虫や卵は弱い存在であり、ゴブリンを始めとした殆どの魔物は魔力を持つ食事を好むため、普通の虫よりも魔物化した虫が狙われやすい&多機能化、巨大化したせいで虫の利点である阿保みたいな出生数による数打ちゃ当たる作戦ができなくなり、結果殆ど幼虫から成長できなくなってしまう。
例外は母親が自分を食わせる系の蜘蛛魔物とそもそもの餌が少ない分天敵も少なく、初期は腐肉などを食べて育つサンドワーム系の魔物、それと上記のように社会性を持つ蜂、アリ系の魔物くらい。他は自力で魔物になったものが殆ど。まぁ、それでもいるところには普通にいる。




