オークと解読
「……」
パラパラと本をめくる音だけが響く室内、俺だけが図書館で貰った本を読み進めていた。
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図書館に向かった日、一旦宿に帰ってから、一番影響力のありそうなファンレイの所に相談に行くことにした。
ファンレイはアンネ達と同じく二日酔いでダウンしていたが、その代わりにテュフラが相手をしてくれた。それによると。
「体から炎が噴き出している種族や体から粘液が出ている種族は特別にコーティングした書物でないと対応できない。そうでなくても獣人種はよほど器用でないと長い爪で本を傷つけてしまう事が多いし、力の強い種族は勢い余って本を破ってしまう事がある」
とのことで図書館の制限は不当ではないと伝えられてしまった。ただ、そこでテュフラはおそらくヒントであろう言葉をくれた。それによると。
「要するに、本を守ることが図書館に入る者を制限する理由。逆に言えば、本を安全に扱えるなら図書館に入ることに問題ない……それと、手間と資金はかかるけど、図書館の裏の映写屋に行けば本は読める」
とのことだ。因みに映写屋というのは、読みたい本のジャンルを伝えるとそれに該当する本を選んで来て、魔法でスクリーンのようにして見せてくれるというサービスらしい。本来なら大型の巨人のようにそもそも本の大きさが合わない種族用のサービスではあるが、物理的に本が耐えきれない身体特徴を持つ種族にも人気のサービスであるらしい。使用料は魔石と本を用意する見習い司書の拘束費をあわせて1時間1ジェルだ。
一応かなり融通は利くらしいが、流石に全ての本を見ながら選ぶことはできないし、現状資金に困っていないものの、有料というのも気になるところだ。わざわざテュフラが助言してくれたのだから、貰った本を上手く扱えることを示せば入場を許可されるのではないかと判断した。
で、俺は読み終わるまで宿にいることにしたのだが、他のメンバーはそれぞれで散らばることになった。
まず、ボスだが、彼はリナと共にミジナの森へと向かっている。
なんでもレビンの護衛依頼がまた出ているのと、護衛依頼ついでにかの森のマンティコアにミジナの森のオークの話を聞くつもりらしい。確かにあの森にいるオークは俺たちの集落にいたオークに比べると賢そうだったから、成果はあるかもしれない。依頼内容的にはオーク級の依頼であるため、一応ギルドを通してマンティコアに話を通せるか確認してからという条件で個別の行動を許可した。
そして、意外だったのが蘇芳だった。なんと蘇芳は、先日の宴会で殴り合って意気投合した冒険者に臨時パーティの誘いを受けていたのだ。何でもさっぱりした対応に好感を持ったとか言う話らしい。
正直怪しいっちゃ怪しいのだが、人権印章を持つ種族を意図的に攻撃するのはそれこそギルド上層部を敵に回す行為だ。流石にそこまで危ない橋は渡らないと判断。前回の宴会での印象も悪くない人物だったため、(こちらが粗相をしないよう)アンネにお目付け役を頼むことになった。
そんなこんなで俺は前世ぶりに一人で読書をすることになった。
「……」
パラパラと俺が本を読む音だけが響く。内容は図書館の由来を示した物のようだ。初代館長のエリオット・アーサードルクという人物と、彼が図書館を造ろうとしたきっかけ、そこに生まれる苦難などが描かれた伝記形式の作品で、かたっ苦しい文面と、長ったらしい説明が俺の瞼を重くするのを感じた。
ガタン!
突然なった音に思わず反応すると、そこにはスープを引っかけた幼女の姿があった。
「なっ……って、それよりも!」
俺は慌てて適当な布きれを引っ張り出し、幼女の肌にかかっているスープを拭い、一つ考えて別の布地に水をぶっかけて先ほどスープのかかっていた場所にあてがった。
そして、同時並行で服の部分も確認するが、幸いなのか不幸なのか、スープの大部分は顔や手にかかっており、服に関してはそこまで気にするほどの量はかかっていなかった。
俺は落ち着かない幼女を部屋に入れ(誘拐と間違われないよう)扉を開けたまま話を聞いた。
「えっ、と、ね。オークのおじさんが今日は外に出てきてない、から、どうしたのかな、って、思って」
途中で気付いたのだが、この幼女はこの宿屋の一人娘であった。そして彼女はいつもなら5人で連れだって出かけていく宿泊客が、今日は一人残ったままお昼を迎えてしまったことが気になっていたらしい。
それに、いくらオークが怖いと言っても、俺たちはマンティコラ級冒険者。昇級する前から迷惑料として少し多めに宿泊料を払っていたこともあり、見た目は怖いし客商売的には厄介な相手ではあるが、個人としては悪い奴ではないという認識はあったらしい。
で、そんな俺が昼になってもまだ宿にいるので、昼食の足しにとスープを温めて持ってきた幼女だったのだが……。
「その、扉を開けて、おじさんを見たら……怖くって」
「……俺、そんなに怖いかなぁ?」
面と向かって怖いと言われると、少し傷つくものがあるが、それは兎も角俺は幼女に声をかけた。
「えーと、宿屋の娘」
「……フィノ」
「そ、そうか、それじゃあフィノ。先ずはお礼を言わせてくれ。食事を持ってきてくれてありがとう」
それを聞いて、幼女……フィノはフルフルと首を振った。
「でも、結局スープは駄目にしちゃったし」
「そんなことは無い。食事を持ってきてくれようとした気持ちだけでも、避けられてきた俺にはうれしいことさ。ただ、フィノ。君は二つほど勘違いしている」
それを聞いて、フィノが頭に?マークを浮かべる。
「勘違い?」
「一つ目、俺たちは別にフィノに悪いことはしない。だから怖くない。まぁ、気持ち的には割り切れないだろうけど。そして、二つ目。俺はおじさんじゃない」
そう言い切ると、フィノの顔が更に困惑に歪んだ。
「え?だって、おじさんはおじさんでしょ?」
「俺、多分2歳かそこらだぞ」
愕然とした顔を浮かべる幼女だったがこれは事実だ。オークの寿命がいくらかなんてのは知らないが、俺が生まれてからまだ2年程度しかたっていない。結構濃い生活をしてきたがおじさん呼ばわりは流石に早いだろう。驚愕する幼女に、更に俺は畳みかける。
「なぁ、フィノ、いつもどんな遊びをしてるんだ?」
「え、それは、裏庭でお花詰んだり、ボール遊びをしたり……」
「なら、俺も一緒にしてみてもいいか?」
そう言うと、フィノの眼がキラキラと輝き出した。どうやら俺が2歳児だと分かったショックで怖いだのなんだのがどこかへ飛んでいったらしい。
「分かったわ!おねーちゃんが教えてあげる!」
そうしてその日は瞼を重くする本は一旦置いておいてフィノと遊ぶことにしたのだった。
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宿に逗留している女冒険者に通報され、衛兵を呼ばれた……解せぬ。
グォーク君、だいぶ気が抜けています。




