オークと強化魔法
「……さて、それじゃぁ、本題にいこうか」
そう言って、賢者様は言葉をつづけた。
「私に向けて魔法を撃ちなさい」
俺はその言葉に、疑問に思うことなく魔法を使う準備をする。魔法を使ったことは無い。だが一方で、俺が纏う魔素は俺の一部のような感覚もあった。手足を動かすのが自然なように、まるで昔からそうであったかのように俺は魔素を操り、賢者様に向けた。
不安はなかった。感覚的なことではあるが、俺が使えるようになった魔法は攻撃用のものでないと直感していたからだ。
以前なら見えなかったであろう魔素の光が俺から賢者様に纏わりつき、そして一瞬にして消えた。正確に言えば、賢者様の纏う魔素に飲まれて溶けてしまった。
ただ、次の瞬間賢者様は目を見開いて俺を見つめて来た。
「これはこれは……いやはや、良いものを見せてもらったよ」
そして、俺に向かって賢者様は先ほどの魔法の効果を言葉にした。
「端的に言えば、君の力は相手の知能を上げる補助魔法だ」
その言葉に、俺は喜びの声を上げた。これでオークの知能を上げることができる。それは俺の目標に直接解決策となる魔法だからだ。
「すごいことだよ。何しろ、知能を上げる魔法は今まで存在していなかったのだからね」
「……あぁ、そう言えば、竜帝様がそんなことを言ってましたね。確か思考時間を延ばす物はある……とかなんとか」
それを聞いて、俺は賢者様に顔を向ける。
「そうだな、レイモンドのいった通り、似たような魔法は確かにある。例えばあいつが例に出した思考加速や時間遅延で思考時間を実質的に伸ばすことでより良い考えを導き出せるようにする魔法、或いは脳で消費される栄養素を瞬時に補うことによって、脳のパフォーマンスを最大化させる魔法……あるいは、前世の考え方で言えば、魔素や精霊を集めることによって魔法威力を上昇させる魔法。そう言ったものはある。
だがそれは、決して元々の思考力を上げる魔法ではない。そうだな、君とオークの魂に似た関係にはなるのだろうね。君という思考をする存在がしたいことをオークの魂であった部分が読み取り、適切な動きに誘導する。ざっくばらんに言えばそう言ったものだろう」
「……ん、なら、オークの強化にも役立つ……あぁ、いや、でもダメか」
話を聞いて感動していたが、よく考えればあまり意味ないことに思い至ってしまった。
「ん?あぁ、なるほど、確かアンネ君の研究に書いてあったね。オークには魔法が効かない。だったか。だけど、それほど気にする必要はないと思うよ」
「どういうことだ?」
「オークの性質を知っている者が、オークにかかる魔法を望んだ。なら、オークにもかかる魔法を習得できる。
そういうことさ」
いや、それは流石に論理が飛躍しすぎていると思うのだが……。
「そもそも、オークだって全ての物を押しのけるわけじゃないだろう?確か、オークの上位種にはオークを操る方法があったはずだ。それと同じものだと考えればいい」
なるほど……確かにオークキングは他のオークの知能を上げていた。それと同じ現象をもたらすと考えれば、納得はできなくはない……のか?
「いや、だがにわかには信じがたいな」
「まぁ、最悪できなくても構わないだろう?君の仲間にはオーク以外の仲間もいるし、ダメで元々と考えてオーク達で試してみればいい」
何となくけむに巻かれた気はするが、言っていることは尤もなので俺は賢者様に頭を下げた。
「まぁ、何はともあれ感謝しよう。ありがとう」
「ただ、それだけでオークの知能を永続的に上げるのは難しいだろう。君が常に魔法を使っていくのは現実味が薄いし、今の君では複数を対象にするのも厳しいだろう。そこは気を付けるべきだね。
……と、さて、そろそろ戻ろうか」
そう言うと、再び俺は肩を掴まれ、瞬時に景色が変わる体験をするのだった。
知能を上げる魔法に類似した現象
1 時間伸張魔法
時間を長くするのは結構なエネルギーを使う為に編み出された魔法。基本的には思考のみが体感的に長くなり、その分思考時間が伸びる。逆に言えば考えようとしない限りは全く意味のない魔法でもある。ぶっちゃけ感覚としては故意に達人の思考速度や走馬燈を再現する魔法。
2 脳活性化魔法
より大量の栄養素や興奮物質を脳に送り込むことで脳を活性化させる魔法。脳をフル稼働させるという意味で尤も知能を上げる、というのに適した魔法ともいえるが、考え方や記憶力は変わらない。
3 記憶力増強魔法
記憶式と外付け式があり、記憶式は記憶したい場面で使うことで脳に強烈にそのイメージを植え付ける魔法。ただし、無理やり記憶を植え付けるため頭がパーになる危険性がある。もっぱら罪人などにトラウマを植え付けるために使われていた過去がある。外付け式は、記憶したい情報を逐一魔法で記録しておき、取り出したいときに思考キーワードで検索できる魔法。簡単に言えば記入する必要も見返すために開く必要もない手帳のような魔法。
4 威力増強魔法
術者の魔力収束能力を上昇させたり、一度に放出できる魔力を一時的に多くしたり、或いは魔力の変換に精霊の力を借り魔法の威力を極限まで高める魔法。正確に言えば知能を上げる魔法ではないが、時折現れる転生者たちは知能を上げる魔法と勘違いしていることが多い。
5 進化
当然ながら進化も知能が上がる魔法現象である。基本的には魔素から得られる情報を取り込んだり、進化したことによる思考機能を持つ器官の変容によって知能が上昇する可能性がある。
6 上位種の出現による知能向上
詳細は様々で多くは明らかになっていないが、魔法的な力で知能にプラスの補正がかかる場合がある。ただ、上位種の指示と本能的な反射の組み合わせによって知能が上がっているように見えるだけという可能性もあるため、信頼しきることができない。オークの場合は実際に魔法的な影響力がある。
7 グォークの知能向上魔法
オークを何とかしたいという気持ちから発展した。何かを思考しようとすると、魔法の補助がかかり、どうすればよいか、という問いを持ちやすくなり、論理的な思考を誘導する効果もある。
魔法有効時は魔法自体が思考演算を一部代替わりするため、実際に計算能力、状況把握能力、判断能力などが向上するが、それらを行う起点は全て魔法の効果下にある相手に依存する。
また、魔法の効果失効後も思考の記憶は残るため、僅かであるが知能の向上が見込める。
ただし、効果範囲や効果時間は現状それほど長くはなく、オークをずっとこの魔法で知能を上げ続けて進化させるのはかなり非現実的である。
一部例外はあるものの魔王定理や天定定理での魔法現象はオークにも効く。いつぞや活動報告に挙げたネタでも乗せたけど、魔素をいろいろしたのが物質だったりするので魔素を完全シャットアウトすると進化関連どころか物理的なあれこれも成り立たなくなったりする。




