オークと罠2
本日2話目です
今日の食卓に並んだホーンラビットの丸焼きを前に、俺とアンネは暗い顔で俯いていた。
「罠作戦、失敗だったわね」
「アァ」
そう、多く作った罠だったが、そのことごとくが、失敗……いや、罠としては起動したものの、目的の成果を示さなかったのだ。
まず、毒池。これは、最も成功したと言っていい。と、言うか、成功しすぎた。
小さめの池と言うのは、大きな池に比べれば水を飲みに来る生物が少ないと思っていたのだが、全くそんなことは無かった。
俺たちの想定では、水を飲みに来た1~2頭の生物がしびれている程度で痺れた生物の姿はあまり目立たない、といった光景を想像していたのだが、どうやら、大きな池でオークやウルフと言った強い魔物に出会うのを避けて小さな池に水を飲みに来る生物は想像以上に多かったらしい。
まあ要するに、小さな池の周りでは腹を出して痙攣している生物がところどころに転がっていたのだ。
1~2匹ならごまかしも効くかもしれないが、この数は池にヤバい物が混ざっていると言っているようなものだ。今後他の生物がここを毒池と学習すれば罠として使えるかもしれないが、その前に人間がその光景を発見するような気もする。
と、いうわけで、毒池は人間用の罠としては使えない。
では、ワイヤートラップとスネアトラップはどうか。
うん。踏み抜かれたよ。踏み抜いたのは殆どオークだったが。
考えれば分かることだが、オークの集落に近いということはオークが大量に移動するという事であり、オークの知能を考えれば、痛い目を見ても同じことを繰り返す。
さらに付け加えれば、オークにとっては痛みでも何でもないので、なおさら危機感が無いのだ。
「一応、スネアトラップやワイヤートラップに得物が掛かっていることもあったけど……」
「苦労ニハ、見合ワナイナ」
そう言って、俺たちは焼けた兎肉を咀嚼する。これはトラップにかかっていたホーンラビットだが、口にすれば美味いのは間違いない。アンネによれば素材はそこそこの値段で売れるらしく、もしも交易できるのならば今の状況でも罠を張る価値はあるだろう。
まあ、実際は交易の目途など立っていないため、そこそこ美味い肉が食べられる程度のメリットしかない。そして、流石にそれだけの為に罠を張るのは割に合わなかった。
「これからどうしようかしらね。正直、私の言ってたオークの繁殖力を増進させる、っていうのも、どうすればいいのか分からなくなったし」
オークは基本的に性欲を我慢することがない。それは即ち、繁殖力を増すためにはオークの方に働きかけるのではなく、繁殖相手を用意する必要がある。そして、無制限に繁殖相手を集めたとしても最終的に”婚姻状態”が存在するため、いくら繁殖力を上げようとしても限界があるのだ。
「……ソウダナ。モウ少シ、コノ森ヲ探索シテミルカ」
探索をしていけば、もしかしたらオーク達にも有用なものがあるかもしれないし、もしかしたら、人間がより入り込みにくい場所が見つかるかもしれない。
そう言うわけで、俺たちは次の日から森を散策することにしたのだった。
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一日目。
「まずはこっちね」
俺たちは人間の戦士達、つまり冒険者たちがいた東側を探索することにした。
東側は冒険者達がいたことから分かるように、森の端に近いようだ。即ち人間の村や町に近いということだ。
「とはいえ、こっちについては私、というか私たちの国でも普通に把握してるのよね。出てくるのは基本的にホーンラビットや、ハイドスネーク、それに、偶にウルフってところよ」
少し探索したものの、俺が人間に見つかった場合確実に敵対されるため、植生が拠点周辺と殆ど違いがないと分かった時点で速やかに撤退したのだった。
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2日目
「次は南カ」
俺がそう言うと、アンネは昨日に比べて興奮気味に飛び回っている。
「この森の南って、結構謎なところがあるのよ。っていうのも、この森ってかなり広いんだけど、大体陸地に面してるの。だけど、南側だけは海に直接面してるから、海から入るしかないんだけど、海から入るくらいなら陸地から入ったほうが安全だし、もっと言えば海に出るならそのまま海を越えて森の無いところまで抜けるほうが安全で森に入らないことが多いから……」
「話ハ後ダ」
アンネは不満そうにしていたものの、現状探索にそれほど有用な情報でもないため一旦探索に集中してもらう。
探索した結果、初見の素材として、毒貝や種々の魚、レリンの実という食べられる木の実、それに、数種のスライムを発見した。
ただ、同時に海に面した崖も発見したことで、この地でオークが生活した場合は、落下死するオークが増加するのが容易に想像できてしまった。
いくらか新素材は入手したため、今後時間ができたら罠や武器制作に多少試行錯誤してもいいだろう。
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3日目
「北と西は山に遮られているんだけど、北は、特に霊峰と言われるほど高い山々が連なっている場所よ。ただ魔境ではないから、森の外にはそこまで強い魔物もいないんだけどね」
アンネの説明を聞きながら、俺たちは北の探索に出ていた。
北は森、と言っても、半ば山のようになっており、他の場所と比べると急斜面や崖が多い印象だ。
俺は稀にここまで狩りに来ることもあるが、その険しさから、そこまで頻繁に来ることはない。
ここでよく見られる魔物は、前のボス。俺が最初に見たボスオークをあっけなく殺した、山羊型の魔物、イヴィルゴートや空とぶ眼球、フライングアイなどだ。
また、ここには森にあったものとはまた一味違った石、鉱石も存在し、なかなかに収穫の多い場所だった。
ただ、ここも南側と同じで、移住するとなると事故が多発する上に、ボスオークを殺す力のあるイヴィルゴートが比較的遭遇率が低いとはいえ棲息しているという環境は、オークにとってはかなり過酷だろう。
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4日目
「最後は、西カ」
最後に残った西方面は、俺がよく狩りに行く方向でもある。湖や池が豊富に存在し、深い森が延々と続いている。
なお、実のところ東西南北を全て調べたものの、アンネによれば、俺たちが見ることができた森の周囲というのは、この森の中では極々小さな場所であるらしい。
と、言うのも、この黒き茂みの森は世界有数の大きさを誇る魔境であり、通過するだけでもひと月かかる長大な魔境であるからだ。
要は、俺たちが探索したのは最寄りの人間の村から徒歩3日程度の場所の東西南北であり、本来ならば西側に残り27日かけて移動するほどの領域が広がっているらしい。
それ即ち、西に進むということは、森の深部に進んでいくということだ。
「ン?」
西へと進んでいる俺たちの前に、見慣れない生物が現れた。それは巨大なアリのような生き物。恐らくは魔物だろう。
「あら、ワーカーアントね。ってことは、アント系の魔物の巣があるってことかしら」
アンネによれば、アント系は高度な社会を持ち、多くのワーカーアントが、他の上位のアリ系の魔物を支える構造になっているらしい。要は大きくなった蟻という事だろう。
せっかくなので戦ってみた……のだが、頭を狙って振り下ろした拳は、やすやすと防御を貫通して、アントを屠ってしまった。
「……コレハ、参考にナラナイな」
「まあ、一匹だったしね、ただ、これくらいなら他のオークでも対処できるんじゃない?」
確かにアンネの言う通りで、ここら辺ならばオークも生活できるだろう。そして、少なくともいまの集落よりは、人間に出会いにくいに違いない。
とりあえず、西に移住できる可能性があることを確認し、今回の探索を終了したのだった。
なお、黒き茂みの森に関しては、魔境の範囲が有名な森なので、肉体性能でオークに匹敵する生物は殆どいません。その分集団戦法で攻めまくるアントとかが猛威を振るいます。そのため、敵の完全排除ができない中堅冒険者でも森を移動するだけの依頼なら受けることが可能で、難易度的にも中堅者用の魔境という位置づけになっています。
ただし、あくまでも許可が出るのは通過するだけの依頼であり、仮に魔境の主を倒そうとした場合はその難易度が爆上がりします。
まあ、RPG的に言えば
黒き茂みの森 → 始まりの町と次の町を挟む大きなダンジョン。
森の主 → ゲームクリア後に登場するエンドコンテンツのボス
みたいなもんです。
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