オークと竜帝 後編
『オ"ノレ"、オ"ノレ"オ"ノレ"ェ!』
「……いや、なにあれ。サスティナってのは分かるけどさ」
ジュモンジの拘束魔法を受けて、硬直した竜帝様が暴れ出し、ウリエラがブレスでやられた直後、サスティナが大きく咆哮を放ったかと思うと、黒いオーラ的なものを纏いながら竜帝様に突っ込んでいったのだ。正直予想外である。
「なんというか、完全に暴走してるわよね。っていうか、信じられないけど、あれ、ジージ押されてるわよ」
そう、大勢には殆ど影響はないのだろうが、苛烈に攻めるサスティナによって、竜帝様はどうにも手を出しあぐねている。正確には手は出しているのだが、非常に多い手数と、暴走してる見た目の割には冷静に相手の弱いところをちょこまかと動き回る戦闘スタイルに翻弄され、反撃が追い付いていないのだ。
『ヌゥ……猪口才な!』
流石に同じ竜族なら多少のダメージもあるらしく、竜帝様も油断なくサスティナをいなしている。
もうすでに、ジュモンジの拘束は破られ、殆ど機能していない。作戦としては失敗だが、こうなれば行けるところまで行くしかないだろう。
「さて、それなら俺たちも行くか、アンネ」
「そうね!もうヤケよ!思いっきりぶっ放すわ!”眠りの雲”!!」
アンネを中心に雲があふれだす。その雲はアンネのあほみたいな魔力を食い尽くす勢いで増殖していき、なんと巨大な竜帝様をすっぽりと覆ってしまえるほどの大きさの雲の塊を形成した。
もっとも、このメンバーの中で眠りの雲によって眠りこける者はリナくらいしかいない。そのリナも、現在は効果を受けないように雲の範囲外まで下がっている。それ故に、本来の意味を持たないその魔法は、しかし今回に関しては高い効果を発揮する。
「鋼鉄の蔓縛!!」
『グヌッ!またしてもか!この雲……上手く探知が出来ん!』
そう、魔法を感知できる生物は、視界だけでなく魔力によっても世界を認識する。そこに魔力を含んだ雲を発生させれば、相手はその二つの感覚をいきなり失うことになるのだ。そして、攻撃を与えることだけを考えるなら、俺たちはそれほど気を使う必要が無い。何しろ竜帝様の体は大きく、目を瞑っていても当たる程だからだ。
しかし、それだけで収まる様なら竜の帝など名乗るはずはない。
『なれば、焼き払うのみよ!』
そう言うと、竜帝様の方から轟くような風音と、ちかちかと光る光が差した。
「ブレスが来るわよ!防御を!」
アンネがそう言うと、俺たちは光のある個所からなるべく遠ざかろうと移動を開始する。
そして、カッと光が差した瞬間、一瞬で雲が吹き飛び、霧散する。
轟音と閃光を耐え、再び目を開けた俺たちの目の前に写っていたのは、胸元に風穴を開け、茫然と墜落するサスティナの姿だった。
直後、ジュモンジが伸ばした枝に抱き留められ、その場で光の粒子になるサスティナ。それは俺やアンネ、更には竜帝ですらも見つめていたが、そのタイミングで動いた存在がいた。
ブレスの放出によって開いた竜帝の口に、一体のオークが飛び込んだのだ。
思わず口の中に入り込んだ異物(といっても大きさからすれば一般的に人の口に羽虫が入った程度の違和感だろうが)を吐き出そうとするが、先ほどブレスを吐いたばかりだ。咄嗟に息を吸うことも吐くことも出来ず、一瞬の隙が生まれた。
そして、俺やボス、リナが見つめる中竜帝様が怯んだ一瞬で、膨大な数の氷が竜帝様の口腔から顔を出す。それは、まぎれもなく精霊王の氷剣の力だ。
まず、相手が竜帝様だった場合、通常の手では勝ち目が全くない。何故なら耐久と耐性が非常に高いからだ。そもそも攻撃で打撃を与えられなければ何時間相手の攻撃を耐えて引き延ばしたとしても敗北は確定だ。
竜種には一般的に弱点が無いと言われる。だが、一方で体内を鍛えられる存在というのもほぼいない。肉体構造が生命体というよりは自然現象といってもいい精霊でさえ、体内に異物があることで存在をかき乱されるのだから。
それゆえに、俺たちは戦闘開始当初から竜帝様の体内から攻撃するのを狙っていた。
ただ、だからと言って灼熱を吐き出すドラゴンの体内にたった一人で相対するのは、流石に分が悪い。だからこそ……。
「グォーク、準備、デキタ」
目の前の空間がゆがみ、蘇芳が現れた。その手には普段俺が腰に掛けている、茸人の入っている道具袋が握られている。
「よし、大詰めだ」
そう言って、俺は蘇芳が出て来たその空間のゆがみに、俺の持つ道具袋に火種を放り込んで押し込んだ。
「茸人、良いぞ!」
時空のゆがみが閉じた途端、竜帝様の喉のあたりからボフンッっという音が鳴り、その首を明らかに苦しそうにうなだれさせる。
先ほど投げ込んだのは、大量の魔石と黒い粉、それにキールの実だ。魔石は燃料の一面があるそうで、火薬さえあればかなりのエネルギーが一気に放出されるそうなのだ。そして、黒い粉、これは要するに黒色火薬である。
多少なりとも驚いたが、まぁ魔王大戦時代から数えたとしても5000年の月日を数える世界なのだからないということは無いのだろう。
恐らく俺の前世に比べて非常に硬く素早い存在が多すぎるために爆薬の有用性が低いのだろう。実際に試したことは無いが事前の下調べの感じだと、今回使用した火薬でも手のひらに乗るくらいの量であればオークの耐久でも致命傷にはならないと思う。
ともあれ、起爆用の火薬、それにより膨大な炸裂エネルギーを生み出す魔石、それと、とりあえずダメ押しのキールの実。この3つにより、竜帝様は大ダメージを食らったわけだ。
だが、そこで終わらない、というか終わらせない。これほどの好機を逃す手はないのだから。俺はボスに目線を向け、手に持った龍殺しの剣を放り投げて走り出す。ボスも、蘇芳に預けておいた精霊王の剣を受け取り、駆けだした。
大ダメージをいなし、何とか顔を上げた竜帝様の喉元に滑り込み、一閃。逆鱗に、精霊王の剣から放たれる炎が渦巻き、ただでさえ喉にダメージを受けていた竜帝様を悶絶させる。
間髪入れずにボスが剣を振りぬき、竜帝様の喉元を凍てつかせる。そう、以前マザーサラマンドラに狙った温度差で鱗を割る攻撃だ。
『マダジャ!』
もう一度攻撃を加えようとして響いた声に上を向くと、流石竜帝というべきか、苦悶に満ちた表情ながら、その口は大きく開き、今にも何かが飛び出してきそうだった。
仮にブレスでなく、咆哮や吹き飛ばしであるとしても、現在の好機を逃せば次はない、そう俺が危機感を募らせていると、アンネの声が聞こえた。
「目くらましの砂!!」
アンネがそう唱えると、竜帝様の顔いっぱいに大量の砂が降り注いだ。
「本当は目つぶしに使う魔法だけど、そんなに大口空けてれば、喉にも引っかかったんじゃない?」
その言葉通り、竜帝様は無茶苦茶に首を振り回し、何度もせき込むようにブレスを放っていた。
結果として、俺の追撃もかなり困難になったわけだが、それも問題にはならなかった。何しろこういう軽業じみたことが得意な仲間がいるからだ。
「暗殺者の刃」
リナがするすると首を駆けのぼり、俺たちが攻撃した逆鱗を穿つ。戦闘開始時に打ったその技は、しかし俺たちが執拗に攻撃し、そして竜帝様自身が弱っているためか、当初の結果とは大きく違い、大きなひびがいくつも入るという快挙を成し遂げた。
そして、次の瞬間。
「アァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
空のはるか上空から声が聞こえる。流石に竜帝様も痛みをこらえて上を見ると、そこには茸人の袋を持ち、龍殺しの剣を付けた蘇芳の姿があった。俺は慌ててジュモンジに声をかける。
「ジュモンジ!右向きだ」
「無茶を言うでない!」
そう言いつつ、ジュモンジが操る蔓が軋み、山のような竜帝様の体が回り始める。とはいえ今は竜帝様もあっけにとられて抵抗が薄いから良いが、さっさと動かさなければならない。俺はアンネと他の皆に声をかけた。
「アンネ!重力だ!!他は回せ!」
「重力軽減!」
アンネが重力を軽くし、俺たちは竜帝の体の側面から、最高火力をぶっ放した。氷と炎と、それと剣のひらめく光を残して、竜帝様はゆっくりひっくり返る。
本来ならば絶望的な時間だ。だが、それでも俺たちは間に合った。何故なら、蘇芳は普通に落ちていると見せかけて、転移門の間をずっと落ち続けていたからだ。そして、仕込みが終わった瞬間、転移門の一つが消え、そしてその下にもう一つ転移門が現れる。それを蘇芳が潜った瞬間、大型の自動車が衝突したよりも凄まじい激突音が竜帝の喉元から響き渡り、その衝撃で、今度こそ竜帝は沈黙したのだった。




