オークと逆護衛依頼
「今回は、ほんとにギリギリだったな」
周りを見れば、殆ど沼の中と見分けがつかなくなった地面の上に、見た目こそあまり変化が無いが進化したのであろうリナと、最後の攻撃に全身全霊をかけた結果動けなくなったボスがおり、更に後ろには警戒しているウリエラと、その後ろで根をうねうねと(おそらく)縮小しているジュモンジがいる。
戦闘前に戦力外だったアンネとサスティナのこともあり、戦えるのはもう俺とウリエラそれに蘇芳しか残っておらず、今回のような激しい戦いに耐えられるとなると、ウリエラは戦力外になるから、実質俺しか残っていないことになる。
もし仮にリナが今回進化しなければ、本当に全滅(とはいえその場合はジュモンジ老が何とかしてくれた公算が大きいが)しかねない激闘だった。
とりあえず、俺は物思いにふける前にボスとリナを回収し馬車へと乗せ、その足でジュモンジ老との会話へと臨んだ。エルフたちと談笑しているジュモンジ老だったが、俺に気付くと、にこやかに笑いかけて来る。
「おぉ、グォークよ、よくやったのう。お主の仲間たちもあっぱれじゃったぞ」
「ありがとう。だけど、言いたいのはそういう事じゃなくて」
そこまで言うと、ジュモンジ老は鷹揚に頷いた。
「分かっておる。ここから先は、戦闘は儂らが受け持とう。なぁに、今回は依頼難易度以上の魔物も出現した旅路であった。戦闘面については誰にも文句は言わせんよ。戦力が低下したのに旅を続行したことを攻める者もおるやも知れぬが、そちらも儂とお主の話し合いの結果、非難などさせんさ」
と、突如馬車から大きな風切り音が聞こえ、赤いその姿が目に写った。
「話は途中から聞いておったぞ!ジュモンジの奴が出張る必要などない!わらわが前に出るのじゃ!」
そして、恐らく肩に乗っていたのだろう。小さな妖精が、言葉を繋ぐ。
「私も、目覚めたから安心して休んで、グォーク」
そう言われた途端、自覚していなかった疲れが全身を襲い。俺は瞬く間に意識を失ったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……はっ!?」
目が覚めると、そこは森の匂いと鳥の鳴き声の響く、長閑な街道を走る馬車の中だった。
「俺は……」
「あ、グォーク、起きた?」
横を見ると、アンネがにこにこと笑っていた。そして、その顔を見た途端、気絶する直前のポイズンレイクサーペントとの戦闘のことを思い出し俺は思わず顔を顰めた。
「あ、あの後……って、大丈夫だったのか!?護衛はアンネと、あのサスティナだけなんだろ!?」
「……聞こえておるぞ」
外から不満げな声が聞こえてきてビクリとなる俺に苦笑しながらアンネは手を顔の前で振った。
「まぁ、そう言いたくなる気持ちもわかるけど、安心なさいな。サスティナは能力と見た目は一級品よ?常に竜の姿を見せておけば、向こうの方から勝手に逃げてくし、それでも逃げないやつはワンパンで沈めてくれたわ。それに、狭くて馬車じゃ通れない場所があったから、あんたたちが入ってる馬車を、空輸までしてくれたのよ」
「お、おぅ。それは、失礼なことを言って済まなかったな」
そう言うと、馬車の外でふんすと呆れるように鼻息がなった。どうやら許してくれたようだ。
「それに、あの時から、魔物も殆どでなくなったしね」
そこまで言うと、アンネは立てるかどうかを聞いてきた。確認をすると、身体に少しだるさは感じるものの、寝すぎた時に感じるものと大した違いはないくらいの些細なものだった。
ふと身を起こして周囲を確認すると、身を寄せ合うようにボスとリナが眠っていた。
「ボスとリナに関しては、慣れない土地で魔力を限界まで使い切っちゃったから、もうしばらく目覚めそうにないわ。多分到着する頃にはつくと思うけどね」
その言葉にボスとリナに心の中で感謝を伝え、立ち上がる。そして、馬車の幌を広げて、外の景色を眺めた。
「うわぁ……」
次の瞬間、俺は言葉を失った。それは、旅の途中で見慣れてしまった、大樹が動いているという、よく考えれば珍奇な現象を目撃した……からではなく、
もうなんか安心しすぎてサスティナの背中の上でおへそとかよだれとかを出すに任せたまま眠りこけているウリエラの姿を見てしまった……からでもない。
当然、俺が目覚めたことに気付いて少し遠くの方からダッシュしてくる蘇芳を見たからでもない。
そんなものが眼に入らないくらい、そこは絶景だった。木々は緑に色づき、鳥や獣が行きかっていた。小さな木の実を持ったリスのような生き物が駆け周り、虫たちも元気に飛び交っていて、そんな自然の中を、見事に整備された石畳の道が続いていた。
そんな、仮に写真にとって「素晴らしい田舎道」とでも題すればそこそこいい評価を得られるのではないかと思える景色だったが、進行方向を向いた俺は、更に凄まじい光景を目にした。
それは、自然と一体化した町と言えるだろう。その大きさは、恐らくは神聖王国の王都であるリス・デュアリスと比べてもそん色がないほどだ。
そんな巨大な街にも関わらず、その地に存在する尤も目立つ物は、この距離からでも容易に確認できた。
つまるところ、それは巨大な樹木だった。ジュモンジ老と似たような見た目だが、その枝ぶりや大きさは老の比ではない。
「おぉ、グォーク殿、丁度良い時に目覚めたのう」
起きた俺に気付いたジュモンジ老は、とても自慢げに、あの町について声を張った。
「それでは、一足早くこの言葉を贈るとしよう。ようこそ、儂らが故郷、こここそが、偉大なる儂らが母、世界樹のお膝元にある、ユグドラヘイムである!」
そうして、俺たちはユグドラヘイムに到着したのだった。
因みにグォークがぶっ倒れたのは単純に過労だったりする。
護衛組で唯一最初から最後まで歩き切ったのが蘇芳だけという何とも言えない結果になってしまった……。




