オークと護衛依頼
「ウリエラ!そいつの弱点は頭の角じゃ!、本来ならば、攻撃していく中で、相手が攻撃されるのを嫌がる場所を探るのも戦いの要素の一つじゃが、お主はまだそれ以前の問題じゃ!とにかくそいつ程度は一撃で倒せるようになることじゃ!」
「はい、師匠!」
俺はそんな声を聞きながら、右側の肩に乗っているアンネに話かけた。
「弱点ねぇ、そう言えば意識したこと無かったかもな。マザーの時は鱗剥がして無理やり弱点造ったが」
「オークは基本一撃だしね。そう言えば、ボスなんかはどうしてたの?私達が来る前も結構戦ってたんでしょ?それとも全部一撃だったの?」
「そうですな、我は、基本的に体力に任せて総当たりで弱点を探って判明した段階でそこを重点的に攻める、という感じでしたな。イヴィルゴートやワイバーンと初めて出会った時は死にかけましたぞ」
そう言ってハッハと笑うボスに、笑い話じゃないと思いながら聞いていると、どうやらやっとホーンラビットを倒したらしいウリエラが、戦利品のホーンラビットを抱えて、休憩の為に依頼主であるレビンの馬車に乗り込んでいった。
ここはヘイロー平原。かなり平和な平原である。出てくるのは魔物としては、透き通った体が特徴的で最弱の魔物とされるスライムや、緑の体をした亜人で、同族であるはずのリナに蛮族扱いされているゴブリン、それに黒き茂みの森にもいたホーンラビットや、その進化先のビックラビットなどだ。
「平和だねぇ」
依頼主であるレビンが、馬車の上でのんびりとそんなことを呟いた。荷台には、たくさんの荷物が乗っており、先ほど休憩を始めたウリエラ、それを迎え入れたサスティナ、そして、いつの間にかサスティナの方に乗っている茸人が一緒に遊びだしていた。
ウリエラはほぼ戦力外のため、サスティナが馬車に乗りつつ指導をすることで、経験値や実戦経験を積み重ねている最中だ。なお、サスティナは臨戦態勢になった時点で大惨事が容易に予想できるため、本当にヤバい相手が出た時しか表に出さないと皆で話し合っていた。
サスティナは少し不満そうだったが、強者はおいそれと動くものではないとかアンネがフカした結果、あっさりと馬車の住人になることに賛同した。
なお、今まで彼女の依頼で犠牲になった獲物は、殆どが炭になったことを追記しておく。
「……本当に、平和なんだけどねぇ」
レビンは、もう一度そう言うと、ため息をついて俺たちの方を覗き込んだ。
……ウリエラがホーンラビットを仕留めたその瞬間さえ、目線を逸らさず、俺の手を離さず掴んでいる蘇芳と歩く俺たちをぼーっと視界に収めるために……。
因みに、馬車の反対側には、俺たちとは違って腕こそ組んでいないものの、お互いを見つめ合ったり、親し気に寄り添ったりしているボスとリナの姿があった。
……実のところ、今までの依頼でも似たような状況だったりする。しかも受けた依頼が軒並みスライム級……俺たちにとっては簡単すぎる(それ相応に達成報酬が安い)依頼だったため、それが加速した。
その結果のなめプのような状況なのだが、現在までそれで苦労したことは無いし、事前調査の内容的に、今回の旅程でその手の危険な魔物にあう可能性は殆どないだろうと判断した結果なので、問題ないと言えば問題なかった。
そして、しばらく進むと、森の入口が姿を現した。黒き茂みの森と比べると木々の感覚は広く、うっそうとした森というよりは、森林浴とかで取り上げられそうな森だ。
とはいえ、ここからは先ほどまでの平原と比べれば危険度が段違いに跳ねあがるので、意識を引き締めないといけない。と、意識を引き締めなおしたところで、レビンがこちらに声をかけて来た。
「今日はここまでにしよう」
出鼻をくじかれた気分だが、まぁ危険度の高い森で野営をするよりかは、良いという判断なのだろう。文句を言う必要はないし、そもそも文句があっても旅程に関しては依頼主の領分なので、こちらがどうこう言う事ではない。無理な旅程なら話は変わるが、今回はまだまだいけるところを依頼主が止める形なので、やっぱり問題はない。
いろいろと考えたものの、結局落ち着いて休息できるのはうれしいものだ。
たとえその休息中に食べた夕食で、一番働いていないサスティナが一番食べ、一番盛り上がっていたのが納得いかなかったとしてもだ。
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「いい月だな」
改めて眺めると、空の星々は元の世界とは違う。星の位置も、その光の強さも。そして、最も顕著なのは、淡い光を放つ月だった。
それは異質な存在感をを放っていると同時に、何故か、はるか遠くに置いてきた前世を感じさせる安心感も感じる、そんな不思議な感覚だった。
「まさか、オークが月を愛でるなんてね」
後ろを見ると、依頼主であるレビンの姿があった。
「レビンさん……寝なくていいんですか?明日から、森に入りますよ」
「なに、うちは零細だからね、夜更かしはお手の物さ」
そうして、レビンは憂鬱そうに月を見上げた。見れば、その顔は寂しそうに細められている。
「そうだね、一つ、話を聞いてくれるかい?」
俺が黙っていると、彼女はそのまま話し出した。
「私達がこれから行くレニ村は、観光地であると同時に、被差別村なんだ」
「被差別村?」
俺の問いに、レビンは微笑みながら俺を見る。
「聞いたことないかい?獣人は差別されてるって」
そう言えば、直接は言われていないが、塔で出会ったワーキャットのエマイが猫獣人に間違われてかなり怒っていた。それも、そう言う事なのかもしれない。
俺が黙っていると、レビンはそれを知らないと判断したのだろう。言葉をつづけた。
「獣人はね、魔王大戦以前はいない種族だったのさ。1000年に渡り、咎あって殺され、魂を捕われた者達が賢者によってその肉体を獣の姿に転生させられた者たち。まぁ、それだけなら魔王の被害者というだけなんだが、そこから先が悪かった。獣人たちは自分たちが被害者であることをいいことに、賢者に色々と便宜を図ることを要求したりしたんだよ」
「その結果、やりすぎて迫害対象、か」
「本当にすごかったらしいよ。暴食にふけり、色欲にまみれ、怠惰を極める。そして、その全てを賢者に強請ることで得る。そんなことをしていたから獣人たちが迫害されるのも仕方ないとは、思うんだよ。思うんだけど……何もあんなに小さな子も、なんて」
止まった言葉に、振り返ると、レビンは月を見たまま、更に目を細めていた。
「レニ村はね、今でこそレニ草の栽培で観光地として栄えているけど、昔は本当に何もない田舎だったの。この国では、賢者の目があるからあからさまな差別はない。だけど、人々は賢者の意志だからと言って、賢者の言うことに全て従うわけじゃない。むしろ、賢者の信者だからこそ、賢者を蔑ろにする者達を許しがたい気持ちがある。
だから、人々はなんとなく、気持ち、彼らを不平等に扱ったのさ。
例えば、病人が出た時になるべく他の治療者を優先したり。
例えば、物品を求める獣人族の村に、行商人として訪れない。
例えば、村や家のしきたりとして獣人族と婚姻を結ばない。
そんな5000年の積み重ねが、レニ村の人たちをミジナの森のさらに先に追いやった」
そこで、ハッとしたのか、俺の方を覗き込んで苦笑しながら手を振った。
「と、まぁ、レニ村の人たちは、緩やかに衰退していくのを約束されているようなもんでさ、私は誰も行商に行こうとしないその村を新境地だ!って開拓しようとしてさ、その健気さに負けたっていうか……さ。
……あ~やめやめ、柄にもないことを口走っちゃったよ。忘れてくれ」
そう言うと、彼女はテントの中に引っ込んでいった。
そして、一人残された俺は、もう一度テントと反対側に向き直り、夜警を続ける。先ほどのことを反芻しながら。
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