オークと竜帝
「ふむ……大儀であった、イリア」
「ふぁぁ~レイモンドさまに名前を呼んでいただけるなんて」
そう言ってトリップしているイリアから目を離し、竜帝様は俺たちに目を向けた。
「さて、そこのオークと……リストといったな。アンネをここまで連れてきてくれて感謝する。そうだな、何か礼を与えたい何を望む?」
その言葉に、アンネが前に出て竜帝様に声をかけた。
「竜のじーじ……いえ、竜帝様。その前に私の言葉を聞いてください」
ただならぬ様子に、竜帝様もじっとアンネを見据えた。
「私は、ここに返ってくるために竜帝様の元に来たわけじゃありません。竜帝様に、認めてもらう為に来たんです!どうか、私が塔の外で、オークの研究をするのを認めてください!」
言い切ったアンネに、俺も言葉を連ねる。
「アンネの気持ちは本当だ。認めてくれるなら、俺も全力でアンネを守ろうと思う。どうか、アンネの思いを酌んで欲しい!」
「構わんよ」
「どうか、おねが……え?」
竜帝様の言葉にアンネが茫然としたように彼を見上げる。
「そもそも、セルバンの奴に許可はとったのだろう?確かに儂はアンネの保護者の一人じゃが、実の父親が認めたものを否定するようなことはせぬよ」
そう言って、アンネを見る竜帝様が、人間やオークと大きく違う顔でありながらも、明らかに相好を崩したと分かるほどの笑みを浮かべた。
「しかし、何も言わず飛び出したアンネが、こうして儂の元にまで来て、したいことの為に頭を下げるとはのう。長生きはするものじゃなぁ」
そう言ってしみじみ言う竜帝様は、そう言った直後に踵を返す。
「アンネの新たな門出じゃ、何か良いものを見繕いたいところではあるが……儂が何かを渡せば、逆に身動きが取りづらくなろう。権威や権力に振り回されてな。それに、役に立つものならセルバンのところでも何かしら貰っておるじゃろうしな……じゃから、儂からは言葉だけを送ろう。アンネよ。おぬしはもう立派な大人じゃ。力が弱くても、できることが少なくとも。自分の道を選んだ時点で、お主は自らの足で立つ大人となった。お主の道の先には苦難が待っておるじゃろう。しかし、きっとお主なら大丈夫じゃ、常に最善を模索し。常に知識を集めよ。それが、儂ら賢者の塔の……賢者の生き方なのじゃから」
そう言うと、先ほどまで消えていた転移陣が再び浮き上がり、竜帝様の体が光り始め……。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
慌てて俺が声を出したのだった。それを聞いて、竜帝様は魔法を止め、転移陣も消える。そして、俺を睨みつけると同時に、脳内に直接声が響いてきた。
”せっかくアンネちゃんにカッコいいセリフを残して退場するという名場面を演出したのに蔑ろにしよって!お主の用事は儂の雄姿をアンネちゃんに見せつけるよりも大事なことなんじゃろうな!”
……めっちゃ脅しかけて来た。素直に怖いが、俺は建前上賢者に会いに来たのだ。勿論アンネがここに里帰りするからというのが大きいが、それをふいにするつもりはない。
「竜帝様、俺たちが賢者様に会うことはできますか?」
それを聞くと、竜帝様は視線を一瞬アンネに向け、そして、もう一度俺を見据えた。
「……お主の目……。なるほど、ただの物見遊山ではなさそうだの。……はっきり言ってしまえば、お主らが塔を登って行けば、賢者様に出会う資格を得ることはできる。じゃが……それは、2400階層の賢者の塔を攻略する必要があるという事じゃ。最低10年、長くて一生涯かけても良いというならば賢者様に会うことができるかもしれないのう」
それは流石に時間がかかりすぎるし、一生かけても可能性で終わる可能性があるならためらわれるところだ。
「え?竜のじーじ、駄目なの?だって私の時は結構あっさり連れて行ってくれたじゃない」
先ほどまでの真剣な声色から一転、まるで祖父に甘える孫のような気軽さで聞いたアンネに竜帝様は唸りながら答えた。
「それは、アンネがこの塔の住人じゃったからじゃよ。賢者様はこの塔の管理人。人間の世界で言えば、儂らが住人で賢者様が大家のようなものじゃ。塔の住人ならば、賢者様に会って話をする権利を持っていると言える。例え多忙であるために話せる時間を見繕うのが難儀するとしてもの。じゃが、完全な部外者であるオーク達と会談の席を設けるというのは……」
そう言うと、竜帝様はムンと腕を組んで、ぽつりとつぶやいた。
「そうさな……賢者様に最も簡単に出会うのならば、オークよ、冒険者になってみる気はないか?」
「冒険者……ですか?」
竜帝様が頷くと、何かを思い出したリストが横合いから言葉を発した。
「そう言えば、昇進試験で良い成績を収めると賢者様からお言葉がもらえるという話を聞いたことが……す、すみません失礼しました」
竜帝様に軽くにらまれ、声を先細りさせていくリストを見ながら、彼はため息を吐いた。
「まぁ、そこの男の言った通りじゃ。お主たちの実力ならば、昇進試験で賢者様に会えるような結果を出すことも不可能ではないじゃろう。それに、賢者の塔の住人になるよりは、冒険者として賢者様に出会えるような立場になる方が簡単であろうしな」
そう言って、竜帝様はムンと鼻を鳴らした。そして、思いついたかのように、竜帝様は大声を出した。
「よし!そこのオークよ。先ほど儂はアンネに塔を出ることを認めたが、一つ条件を付けることにしよう。お主が冒険者となり、一年以内に最低でもシーサーペント級まで等級をあげること。そうすれば、ギルド内での転移門も使えるようになるし、社会的にも異種族だからと侮られることは無くなるじゃろうからな……尤も、成れずともどうということは無いがの」
俺たちはそれを条件という体をとった竜帝様の助言と受け取り、軽く頭を下げてからその場を辞去したのだった。
☆レイモンド・ブラッドロード 種族 カオスドラゴンレプリカ=エンシェントカイザー フェンリル級
称号 竜帝 最古にして最強の竜
この世界において現在所在が確認できる竜族の中でも最古の竜。賢者の従魔の中でも最初期に仲間になった存在とも言われており、強さだけでなく、塔内の発言力でも有数の物を誇る(面倒見がいいため、力で勝る上位の従魔たちが好き勝手する中手を焼いているともいう)
また、竜というくくりで言えば、力の竜帝、群れの竜王、危険度の竜神と言われ、3龍皇の一体に数えられている。
性格は基本的に穏やかで中庸を行き、人間同士、魔物同士、或いは同意のある人間と魔物の争いについては、双方からの求めが無ければ基本的に干渉しない。ただし、眼をかけた存在が不当に虐げられたり殺されたりした場合はどこにいても飛び出してくるとされ、その点では無駄にフットワークが軽い。
先の魔王大戦の際は中立派を保ち、塔の守衛に専念していた。勇者との邂逅では助言をしたともされ、その際は勇者の望みの成就を予言したともささやかれている。
太古から生存する竜種であり、人間と古くから関わりのある存在であるため、基本的に人類と敵対することは無いと思われるが、もし敵対した場合は、痛みの無い死を願うしかないだろう。
竜のじーじは力的には龍の中で最強ですが、何分塔住みなこともあり、実践の場数という面や従魔という立場から指示を出せる部下の数などは控えめで(仮に十分なステータスがあれば)相手どるのは難しくありません。
一方竜王は独自のコミュニティの長なので、動員人数も実戦経験もこの中では断トツで多く、恐らくことを構えると一番厄介です。
竜神は上記2体より1~2段格が落ちますが、人間への攻撃性が非常に高く、賢者との契約によって行動を縛られているものの、毎年100人単位で被害を出しています。
微妙におさまりが悪い気もしますが、これにて2章終了です。




