妖精と決意
「な、なんですと?」
茫然とするセルバンに向かって、俺はもう一度はっきりと声をかける。
「俺たちは、屋敷でなく宿屋に泊まることにする。俺は確かにアンネを引き留めるのを止める権利はないとは言ったが、アンネが嫌がって助けを求めているのに手をこまねいているつもりはない」
「あ、アンネ……」
助けを求めるようにアンネに手を伸ばすセルバンだったが、アンネは毅然とした顔でセルバンを見据えた。
「父さん。父さんが私を心配して、私を引き留めているのは分かってる。だけど、私はグォークと、グォークとボスと一緒に旅をしたいし、オークの研究を進めたいの。これは、私が初めて研究する、私だけ……ううん。私と、グォーク達だけの研究なの。だから、私は諦めない。諦めたくないの。だから、父さんがなんて言おうと私はこの塔から出て行く」
そして、アンネは頭を下げる。
「だけど、出来れば父さんにも認めてほしい。だからお願い。私がグォーク達と旅することを許してください」
頭を下げ続けるアンネにセルバンは深いため息をついて、そしてアンネの頭に手を置いた。
「いつまでも聞かん坊な半人前のように思っておったが、そうか、アンネ。いつの間にかこんなに大きくなっておったんじゃな」
セルバンはアンネの頭から手を離すと、俺たちに向き直り頭を下げた。
「どうか、娘をよろしくお願いします」
「……いいのか?」
「階段前の門番から話を聞きました。貴方であれば、信用できる。少なくとも、他の者に任せるよりは良いと、儂は思っておる。……それに、あの聞かん坊なアンネがこうして頭を下げて頼むほどの熱意をもって言われては、反対などできぬよ……ただし」
セルバンの鋭い視線が俺を射抜く。
「必ず娘を守ってくれぬと困るがの」
「……確約はできないが、この命に懸けてもアンネを守ろう」
そう言うと、セルバンはふっと顔を和らげた。
「断定はしない、か。無責任に断定するよりは信用が置ける。グォーク殿、頼んだぞ」
セルバンはそう言ってからアンネを呼び止めた。何でも、屋敷にある様々な書物や旅に役立ちそうな道具を見せるためだそうだ。
結局セルバンとも和解したため、そのままセルバンの屋敷に泊まり続けても良い状況ではあったのだが、一度言い出したことでもあるし、もうすでに大鯰を解体して宿代も支払った後だったため、結局宿に泊まることになった。
それから一週間。アンネは屋敷に入り浸って書物を読み漁ったり、道具を選別したりしていたようだ。俺とボスは武具をガルディン工房に頼んでいる間にフィーリエさんに稽古をつけてもらっていた。なお、ガルディンにいきさつを話したところ、かなりいい笑顔で肩を叩いて祝ってくれた。
本当にいい人だと思う。
そんな日々を過ごして一週間、俺たちは新しい装備を身に纏い、次階層の階段にいた。
「セルバンさん、フィーリエさん。改めてこういうのもなんだが、世話になった」
そう言うと、二人はにこやかに笑いかけて来た。
「こちらこそ、初めにも言ったが、アンネをここまで連れてきてくれて感謝している。そして、これからもよろしく頼む」
「私からもお嬢様をよろしく頼みます。それと……ボス様、本当にいけないのですか?」
それを受けて、ボスが慌てて声を張り上げた。
「我には心に決めた相手がいる!師匠のような魅力的な女性の誘いを断るのは忍びないが……」
そう言ってやんわりと申し出を断っていた。
と、言うのも、この一週間でボスの実力がかなり上方修正された結果フィーリエさんの実力を上回ってしまったのが原因だ。
そもそものところ、肉体的なスペックで言えば元々ボスの方がかなりハイスペックだったのだが、それをフィーリエさんが正規の棒術や格闘術を納めた実力でもってねじ伏せていたというのが惨敗の理由だったらしい。
勿論ボスも毎日素振りをしていたし、実戦経験もそれなりにあるが、よく考えればボスが武器を武器として使い始めたのなんてここ数か月の間であり、俺自身も我流で教えられることも殆ど無かった。力任せとまではいかないものの、洗練されていない剣術を我流で鍛えても限界があっただろう。
それを、専門でないとはいえある程度正規の剣術も身に着けたフィーリエさんに指南されたことで、才能が開花したのだ。因みに、俺も指南を受けており、一週間という短い間ながら、剣の扱いを少し向上させることができた。
で、技術的にはまだまだなのだろうが、一応の技術を得たボスは、フィーリエさんに安定して勝てるほどの力を手に入れ……フィーリエさんに惚れられたのである。
基本的に鬼族は強い者に組み敷かれたいという欲求があるらしく、ボスが「子供がオークになる可能性が高い」と説得しても構わないというくらいべたぼれであった。
ただ、流石にいいとこのメイドをしているだけあって、夜這いとかその手の強硬手段に及ぶことは無かった。なお、俺も割と早い段階でフィーリエさんに勝利できるようになっていたのだが、最初に誘われたくらいで後はボス一直線だった。
と、そんな風に甘い声で誘惑するフィーリエとやんわり断っているボスの向こうでは、フィーネとアンネが別れの挨拶をしていた。
屋敷でいろいろと書物をあさっていたアンネだったが、流石にそれだけではなく、しっかりと旧交も深めていたらしい。
そして、名残惜しくもあるが、俺たちは妖精村に別れを告げた。
「それじゃあ、行ってくる」
目指すは60階層、竜帝様の待つ火山地帯である。
ボスは氷の剣を振り回すオークナイトから、氷の剣で切り付けるオークナイトに進化した!
グォークは炎の剣を叩きこむオークから、炎の剣を扱うオークに進化した!
なお、フィーリエさんに次回登場の予定はありません。
 




