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食人クズ野郎でもドラゴン幼女の子守はできますか

 帝都から大きく離れた山の中、そのさらに奥の洞窟。日の光も薄れる深さに、ユルドはいた。


 一人座り込み、地面から何かを拾い上げるとぐちゃりと湿った音が鳴る。雫が滴り、広がる鉄のような香り。


 大きく口を開け、腕ほどのそれにかぶりつく。肉を引きちぎり、噛み砕いて喉を鳴らす。口の中いっぱいに広がる、サビを溶かした水のような味にユルドは大きく溜息を吐いた。


「……まっず」

「あ、ユルド先輩やっと見つけたっスよー……ってクッサ!!」


 一人の少女がユルドの方に小走りしながら声をかけた。燃えるような赤いショートカットが揺れる。


「遅いぞメル。集合時間からどれくらい経ってると思う?」

「三十分くらいっスか?」

「三時間。待ちきれなくて先に任務始めたわ」

「あー、じゃあやっぱこの半魔の失敗作たち、先輩が殺ったんスね。血の匂いが半端ないっス。ちょっと吐いてもいいっスか? 吐きますね」


 オロロロロと遠慮なく吐き出したメルを横目に、ユルドは辺りを見渡した。


 かろうじて人型を保っている異形たち。それが約二〇数体。一匹残らず地に倒れ伏せている。


 彼らは、半魔人化適合実験の失敗作だ。


 戦力増強目的で提唱された、魔物の能力を人に取り組む半魔人。適合すれば強力な人間兵器となるが、不適合だと理性なき化け物と化す。

 禁止されている実験だが、裏で行なっている組織も存在していた。


「あー……気持ち悪」

「食事してる横で吐くなよ……」

「食事って言っても先輩が食べてるの、失敗作じゃないっスかー」

「これが主食なんだよ」


 胡座をかいて地べたに直接座りながら、ユルドは指を拾い上げ口の中に放り投げる。


「さすがベース『グール』の成功体……キモいっすね。味はどうなんスか?」

「クソマズイ」

「……食べなきゃいいのに」

「バカだなあ、お前。これ一本食べるだけで相当な魔力量だぞ? どんな手段よりも魔力を得る効率がいい」

「失敗作って元人っスよ? 食える狂人は先輩くらいっス」


 うっさいわ、と。しかしユルドは気にした様子もなく、また一本口に放り込む。


「あぁ……失敗作独特の、腐ったゾンビ肉みたいなこの食感……」

「ゾンビは元から腐ってるっスけどね」

「鼻の奥に留まるような、濃厚な鉄の匂い……つまりクソまずい!! あーだめだ気持ち悪い吐くわ」

「口から指やら肉やら出てくるのキモいっスね」


 メルの汚物を見るような視線もユルドは気にしない。吐き終わるとやけにスッキリした顔をして、ふと口にした。


「幼女が食べたい」

「うわ……」

「こんな硬い男の、しかも特にまずい失敗作じゃなくて、魔力たっぷり成功体の、しかも柔らかい若い女が食べたい」

「若い女……それってもしや」

「お前は灰みたいな味がしてまずいからやだ」

「地味に傷つくっスよそれ。くれぐれも任務対象だけは食べないで欲しいっス。確か今回の対象は――」


 メルがげんなりした顔で何かを言おうとしたその時。


「ぐらぁぁああ!!!」


 言葉を遮るようにして、野太い咆哮。

 死体の山から、一匹の失敗作が飛び出した。


 全身が焦げたような黒色。性別すらわからない。鋭く変形した爪を携え、ユルドにまっすぐ飛びかかる。


「よっ」

「お?」


 ユルドはメルの頭を掴み、盾にするように自分の前へ。鋭い爪が、メルの体を一閃する。


「がっ……!」

「おいおい急になんだよ……って、そのまま死にやがった」


 もともと限界だったのだろう、失敗作はそのまま倒れ込んだ。数度痙攣したかと思うと、そこから動かなくなる。


「全く驚かせやがっ――」

「せんぱぁぁぁあい!!」

「なんだよ……」


 涙目で、頭に響くような声で叫ぶメルに、ユルドはめんどくさそうな視線を向けた。


「いたいっス」

「そうだな、確かに血も出て痛そうだ」

「いやいや、痛そうだ、じゃなくて。なんで私を盾にしたっスか!?」

「馬鹿野郎、盾にしないと俺が痛いだろうが」

「いつも通りクズで安心したっス!」

「バカ言ってないで、ほら行くぞ。任務は、ここに囚われてるやつの救出。どーせこの奥だろ」


 そう言うと、ユルドは奥に向かって歩き出す。メルもため息を漏らすと、その背中を小走りで追った。


「ここか」


 洞窟の最奥にあったのは、一つの扉だった。

 この場所はあくまで実験で出た失敗作の廃棄所。ただの洞窟と変わらない。だがここだけ人の手が加わっている。


 ユルドは近づいて扉を軽く叩いた。


「鉄か。結構分厚いな。にしては鍵っぽいのも見当たらない」

「あの失敗作たちとの接触を防ぐためっスかね。あいつら暴れまわるだけでドアなんて開けれないですし」


 にしてはやけに頑丈だなと、ユルドは首をかしげた。罠か、それとも。


「ま、なんとかなるだろ」

「そうっスねー。じゃ、早速入りましょ。先輩が前、私は後ろっスね」

「思いっきり俺を盾にしてるじゃねえか。さっきの意趣返しか」

「先輩今任務中っスよ。私語は慎んだほうがいいっス」

「もういいわ。どうなっても知らないからな」


 ユルドは扉に手をかけ、力を込め引く。重厚な音を響かせながら扉が開いた――その瞬間。


 ユルドの視界を白い光が包み込んだ。


「――ッ!!」

「え?」


 ユルドはとっさに横に飛んだ。ゴロゴロと転がり、体勢を立て直す。

 今のは間違い無く攻撃。メルは大丈夫かと視線を彼女に戻す。


 しかしメルはユルドの背後にいたせいで反応が遅れた。その上半身が、消えていた。


「は?」


 ユルドは間抜けな声を漏らす。上半身を失ったメルは、フラフラと揺れた後、力なく倒れこむ。数瞬遅れ、突然その下半身が発火。轟々と勢いよく赤い炎は下半身を燃やし尽くし、数秒後に残ったのは異常な量の灰だけ。

 つまりメルは、即死した。


「ほらみたことか」


 メルの亡骸であろう灰の山を見下ろし、ユルドはため息をついた。


「さてと、メルを無残にも殺してくれたのはどいつだ?」


 そこはお粗末な牢屋のような空間だった。

 人工的に岩肌を切り抜かれた小部屋。灯りはロウソク一本のみで、他にあるものはといえば古びたベッドくらい。

 ベッドがあるなら誰かが住んでいることになるが、ユルドからしても人が好んで住むような場所じゃない。


 その部屋の中央にいたのは、一人の少女だった。


「お前か……」


 荒れた長髪も、痩せ細った肌も、全てが白い。

 それに加えて、コウモリを思わせる黒い一対の翼。さらに腰からは黒光りする鱗で包まれた尾。右側頭部には、太く歪なツノが生えている。

 明らかな衰弱状態。しかし血のような色をした瞳が、まっすぐ、強くユルドを睨みつけていた。


 どう対応すべきか。とりあえず何か話しかけようと、ユルドが口を開いた、そのとき。


「びっくりしたぁあ!!!」


 洞窟に響き渡るような絶叫。山のような灰の中から無傷、そして何もまとっていないメルが姿を現した。


「え、なに!? 私今死んだんスか!?」

「きれーに上半身吹き飛んでたぞ」

「怖い! この幼女怖いっス!! さてはただの幼女じゃないっスね!?」

「まあ、だろうな。あと全裸ではしゃぐな」

「今日は予備の服持ってきてないっスから、存分に目に焼き付けてくださいっス」


 恥じらうことなくポーズを決めるメルに、ユルドはバカにするような吐き捨てる笑みを浮かべるだけだった。

 だがそれもいつもの反応だ。メルも気にすることなく、真面目な顔になって幼女に視線を向ける。


「先輩この子……」

「ああ、間違いなく半魔だな。しかも成功体。だからうまそうに見えたんだな」

「先輩よだれ。自重してくださいっス。成功体っていっても、結構侵食してるじゃないっスか。能力の使いすぎには見えないし」

「体が魔物に耐え切れてないんだろ。だから表に出てきてる」

「ならかなり強力な魔物っすね。それにさっきの攻撃にこの姿。もしかしてベースは」

「ま、ドラゴンあたりだろうな」


 最強の魔物であり、天災とまで言われるドラゴン。歴史の転換点に現れ、幾多の国を滅ぼし、地形すらも変えてしまう。神として崇めている地域すら存在する、まさに至高の存在だった。


 幼女は未だユルドとメルを睨みつけたままだ。しかし目的はこの幼女。ユルドはめんどくさそうに幼女へ近づいた。


「お前、名前は? 別に俺たちはお前を殺そ――」

「痛いのやだ! 苦しいのやだ! 怖いのやだあ!!」

「あぶねっ!」

「え?」


 再びブレス。ユルドはとっさにメルの体を掴み、入れ替わるようにして避ける。代わりにメルが正面から直撃した。

 再び死亡、また死体が燃え、現れたのは灰の山。そこからまた飛び出したメルは、ユルドに詰め寄った。


「ねえ先輩今私を身代わりにする必要あったっスかなかったっスよねえ!?」

「裸で迫ってくるなよ興奮するだろうが」

「すっごい棒読み。しかしドラゴンの半魔っスかー。……めんど」

「もういいんじゃね? もうこいつに対する危険はないし、目的は達成しただろ」


 あとは別のやつに回収して貰えばいい。そう思っての発言だったが、不思議そうな顔をしたのはメルの方だった。


「さては先輩、任務内容まともに聞いてなかったっスね?」

「……聞いてたけど」

「ハイ嘘っスね。はぁ……私たちの任務は、対象の救出、保護、管理、監視っス」

「……は?」

「つまり」


 メル自身、ゴーストが憑いているかのようなゲンナリ顔で幼女を指差し。


「この化け物(おんなのこ)の子守っス」


 その言葉に、ユルドも同じような表情を浮かべた。

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