ゲートバスター!! HIBIKI
【第一話 高齢化社会の闇!! 蝕まれる若い力、矢崎大地!!】
「ゲホッ! ガ、ガホッ!! ゲボッ!! あ゛あ゛あ゛ぁ……」
矢崎大地は、医療機関の待合室で死の淵に立たされていた。
ここは町医者、橋口内科。
地域に根差した医療を目指す橋口院長が20年前、住宅街のど真ん中に設立した個人医院だ。
なお、周囲7km圏内に他の病院はない。
だと言うのに。
「そんでな、俺がハイキングの幹事やることになったとたんの話よぉ」
「お菓子食べんね、お菓子」
「ひねり揚げかぇ。油キッツくてなぁ」
「文句言うなら食べんでねぇ」
「あれ、あれ食べたいわ。カレーせんべい食べたい」
「よっぽど油っこいじゃろがい」
「「「ワッハッハッハ」」」
―― げ・ん・き・じゃねえかこのクソジジババどもがよぉぉぉぉ!!
大地は社会人6年目、ブラックでもホワイトでもないただの会社に勤める、普通の会社員であった。
ただ、これは社会人にとっての常識なのだが、普通の会社員は風邪ぐらいで休みなど取れない。
いや、正確には休みが取れる『制度にはなっている』。
だが風邪で休んだからと言って取引先は待ってくれないし、その間自分の仕事を誰かが進めてくれる訳でもない。
自分が一日席を空けているうちに、取引先が他所に流れても、その結果営業ノルマが達成できなくても、結局責任を取らされるのは自分自身なのだ。
そうならないよう必死で業務を整理して3日、ようやく取れた午後の半休。
だというのに、老人で満たされたこの待合室は、どうだ。
―― 暇なんだからよ。
―― いつでもいいだろうがよ、お前らはよ。
―― こっちは、こっちは、こっちはなぁ……ッ!!
「グェホ!! ゴホゴゴウォエッ」
喉からせり上がる不快感。
ひどい咳が、大地の思考を散らす。
「あらやだ。最近の若い人はマナーがないわぁ」
「こんなに年配者がいるところに、風邪の菌を持ってこないで欲しいわ」
「死んだらどうすんだぁ、死んだら」
「軟弱なもんだの。ワシが現役の頃は、風邪ぐらい気合で直したってもんじゃ」
「根性が無ぇんだよ最近の若いのはよ。ゆとり教育っつてよぉ」
耳が遠いから聞こえていないつもりなのかわざとなのかは知らないが、理不尽で的外れな嫌味の嵐。
だが、大地は黙って耐えるほかない。
弱者を保護する日本の法律において、あらゆる意味で戦えば負けるのは大地に決まっている。
『弱さも振りかざせば暴力』。
彼ら老人は、その仕組みを十分に理解しているのだ。
カラカラン カラン
「おうぇぇぇ おぇぇ」
「お、トクさん来たで」
「座んな、ここ座んなぁ」
「あうぇおうぇあああうう」
「はいはい、番号札な。こっち取ってあるからよ」
「な……ッ!?」
座っていた老人の一人が、番号札の束をゆらめかせている。
その一番上にある番号は『64』。
大地の手に握られている『81』の番号札より、ずっとずっと若かった。
「ちょ、お、あ、あんたらなぁッ!!」
たまらず立ち上がる大地。
だが喉と関節が痛む上、マスク越しなので、あまり大きな声は出なかった。
「ひっ。病原菌が喋りおった」
「くわばら、くわばら」
「おうなんでぇ。おう、なんでぇ、兄ちゃん」
比較的体格の良いご老人男性が、ご老人女性を分かり易く庇いながら立ちはだかった。
頬を染めるご老人女性。
仕方あるまい。
雄はいくつになっても雄、雌はいくつになっても雌なのだ。
「お、おがしいでしょ。なんで、番号札の束っ」
「なんでって、来るからねぇ。先にとっといてあげたんよぉ」
「ここのルールだから。許されてるから。ご存知ないのね」
「そんなワケないだろ……ッ」
縋るように受付へ視線を送る大地。
だが受付の女性は、あからさまに目を逸らした。
当然だろう。
病院としては、今日追っ払えば二度とこないであろう大地よりも、地域の後期高齢者を敵に回したくないのだ。
だが、大地には病院を責めないでもらいたい。
医療費が1割負担だろうが、大地のように3割負担だろうが、病院に入ってくる最終的な金額は同じである。
病院も商売である以上、小口の一見である大地よりも、常連のご老人を大切にするのが当然なのだ。
例えご老人達が大した症状もなく、待合室を雑談室代わりに利用したいだけなのだとしても。
具合が悪いと言われた以上、誠心誠意診療に当たるのが、病院と医師の使命なのだ。
「なぁに、兄ちゃん若いんだろ。例えインフルエンザだろうが、死ぬほど苦しくても死にゃしないさ」
「若いんだから。体力あるんだから。当然じゃよ」
「でもアタシら抵抗力ないのよ。死んじゃうの。お分かり?」
「どっか遠くの、大病院でも行ってよ。ちゃんとした診療受けて来いよ。稼げるんだからよ」
「あっ、公共交通機関使うんじゃねぇぞ。よそのご老人に伝染っちまったら大変だからなァ!!」
「「「「「アッハッハッハッ……」」」」」
「ぐう……ううッ……!!」
大地の目に涙が溢れる。
病気で気が弱くなっているのと、大声を出したので熱が上がってしまったためだ。
しかしこの場に、いやこの国に、大地を救ってくれる者はいない。
福祉大国・ニッポン。
世論は常に、高齢者の味方なのだ。
「なんで……こんな思い……俺が……ッ!!」
大地の目から涙が流れ、頬を伝って地に落ちた。
その時。
「その辺にしときな、ジジババ共」
「何ッ!?」
「高齢者差別だッ!!」
「探せ!! 囲めいッ!!」
俊敏な動きで陣形を展開する後期高齢者達。
しかし。
「俺はここだ」
カラカラン カラン
普通に病院の入り口から入ってきた、野性味溢れる一人の若者。
熱にゆらめく大地の視界にも、立ち上る漢氣がはっきりと見て取れた。
「……あんた、は?」
「人呼んで、ゲートバスターHIBIKI」
「ゲートバスターヒビキ……!!??」
「聞いたことがあるのぉ」」
「ゲートバスターHIBIKI」
「強いらしい」
「すごく強いらしい」
「何が……?」
「わからんが、強いらしい」
「ゲートバスターHIBIKI……!!」
どよめく後期高齢者達。
ヒビキは構わず、後期高齢者達に言い放つ。
「揉め事は全て、ゲートボールで決着を付ける。
それがこの街のRULEだった筈だろう」
「そうか……」
「アイツは……!!」
「伝説のゲートボールプレイヤー……」
「ゲートバスターHIBIKI……!!」
「ふン……」
ビュッ
ストン!!
ヒビキの放った診察券は、トクさんの額をかすめて診察券入れに落ちた。
貴重な髪が切れて舞い、トクさんは膝から崩れ落ちた。
少し漏らしたのかも知れなかった。
「決着を付けよう。
俺達が勝ったら、その兄さんを一番先に受診させてやれ」
「……ワシらが勝ったら?」
「……その時はその兄さんを、自治会のゴミ捨て場掃除係にでもしてやればいいさ」
「「「「えっ」」」」
「えっ」
戸惑う後期高齢者、そして誰よりも大地。
それらに一切構うことなく、ヒビキは告げた。
「場所を移そう。ここでは少し、狭すぎる」
+ To Be Continued.... +
次回!! 【ゲートバスター!!HIBIKI】
「ゲートボールは5人一組。揃わなければ不戦敗じゃて」
「休憩中なので診療は出来ませんが、ゲートボールならできますッ!!」
「おじいちゃんもう止めよう、もう帰ろうよぉ」
「タッチ! スパーク!! 物理的にブレイク!!!」
「これじゃ第二ゲートが……!!」
「信じるんだ……最後まで!!」
「ゲホゲホゲホ、うげっほ、ウゲエエッホッホッホ!!!」
「冥土の土産に丁度いいわ」
「HIBIKIさんッ!!!!!」
「ゲェェェェト……バスタァァァァァッ!!!!!!」
【第二話 俺達若者大勝利!! ここは平和な個人医院!!!】
君の街にも、GATE・BUSTER!!