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謎解きなんてできないし、王太子殿下は苦手なので結婚なんてもっとできません!


 きらびやかなホールでふわりふわりと揺れるドレスの華を、レミーナはどよんとした目で見るともなしにみていた。


 ああ、もうムリ。


 普段書物を整理する手伝いをしているから立ちっぱなしには慣れているが、王宮主催の舞踏会は別の意味でレミーナにとってはつらい。


 今日は王太子殿下の婚約者候補が集まる特別な舞踏会。

 デビュタントを迎えた伯爵令嬢以上の身分の者は全員参加という破格な大舞踏会で、今まで人前に出ることが好きではないというのを理由に招待状を避けてきたレミーナでさえもこれは断ることはできないと強制参加させられた。


 そうはいっても嫌なものはイヤだ。


 はきなれない高さのヒール、つま先にいけばいくほど足の指がつまってぐーぱーもできない拘束感。


 脱ぎたい……足いたいよ。


 ダンス避けに持っているシャンパンをちょっとずつ舐めながらレミーナはこの場を離れる機会をうかがっていると、うまい具合に次の曲が技術的に難しい長めのワルツに変わった。


 幾人もの踊り上手な人々がホール中央に集まり、くるりくるりと踊り出す。遠慮して下がった人々もその抑揚のあるワルツに夢中だ。


 今、かな、いまかも。


 レミーナはそろりとホール右前方を見ると、エスコート役で一緒に来た兄がうら若き令嬢達に囲まれてそつなく談笑している。

 左前方を見れば父は狩好きな要職の皆さまとご歓談中、その背後のテーブルで母が奥方さま方と扇子で口元を隠しながら密談中。


 大丈夫そう。


 レミーナのお目付役が三人ともこちらを向いていない事を確認して、ささっと壁から離れる。


 グラスを近くのテーブルに置いてホールを出ると、入り口に立つ衛兵に会釈をしてお手洗いがある方へと歩き出した。


 幸い、お手洗い場は衛兵の目が届く場所にはなく、ホールの角を曲がって衛兵の目がなくなると、きょろきょろと周りを見まわしレミーナ一人だと確認してからぐんっと両手を上げて伸びをした。


「あー、もうなんで舞踏会に出なきゃならないんだろう。結婚に興味ないってこちらに来ている皆さんには伝わっているのに」


 伯爵令嬢という身分でありながら、社交界に見向きもしない風変わりな娘としてレミーナはすでに有名であった。


 貴族年鑑に名前はあれど、誰もどのような造作なのかも知らないくらい舞踏会やサロンに出なかったので、父母に続いて兄とホールに入った時は幻の令嬢がついに来た、と周りがざわめいた。が、兄の隣にいるのが平々凡々な娘だったのを見て好奇な視線もすぐにどこかへいった。


 話しかけられないのはありがたく、レミーナ自身も壁にぴったりとくっついてガード。

 恋話やダンスとは無縁とばかりにホールの片隅にある軽食を食べる事に専念していたのだけれど、さすがに間がもたなくなってきて抜け出してきたのだ。


 とにかくどこかに座りたい、と、休憩するために小部屋を探すのだが、近くの部屋は先約がいる事が多くてうかつに入れない。

 見てはいけないものを覗かない為にもなるべく奥へ奥へと歩いていく。


 中庭に続く渡りも通り抜けて、ここまでくればさすがに誰もいないだろうと空室を示す細く開けられた小部屋に手をかけた時だった。


 細筋の隙間に、ちらりとドレスから覗く足首が見えた。


 いけない。


 レミーナはとっさに視線を外そうとした。


 公の場で身ばれしたらまずい逢瀬なんてしなくてもいいのにとレミーナは単純に思うのだけど、恋に手慣れた紳士淑女の考えることはどうやら違うらしい。


 しかしレミーナはその足首の動きに一瞬にして目を奪われてしまった。


 ドレスから投げ出された両足首が、ずるりと奥へあがったのだ。


 えっ、と一瞬頭が混乱した。


 足って、あんな風に動く?


 そんな事を思っている間にも、白くたおやかな足首はずるり、ずるりと視界の上へと消えていく。


 そして目を見開いている間に小部屋の一番奥にある臙脂色のカーテンの中に入ってしまった。


 一瞬の事で、何が起こっているのかレミーナにはわからなかった。

 でも分からないなりに、たぶん、見てはいけない物を見てしまったのだと思った。


「だ、だ、だれかに、だれ、だれ、だれか」


 見てはいけないどころか知らせないといけないと思うのに、足ががくがくして廊下を走ることも出来ない。


 と、その時、カツカツとこちらへ向かってくる靴音がした。


 レミーナはその音にほっとして顔を向けようとしたのだが、怖さのあまり固まってしまいただただ後ずさるだけだった。終いに背中が廊下の壁にぶつかる。


 後ろで結ばれた頑丈なリボンがレミーナの身体を支えてくれていたが、レミーナの足がもたずにずるずると座り込んでしまった。


 その様子に気づいた靴音が走り出してレミーナの目の前に立つと、すぐに跪く。


「お加減が? 衛兵を呼びましょうか」

「!」


 目の前現れた人物にレミーナはまた度肝を抜かれた。


 畏れ多くて首を横にふる。


 レミーナの顔を覗き込んでいたのは今日の舞踏会の主役、アルフォンス・ファレーロ王太子殿下。レミーナが個人的には今一番会いたくない人で、でも今見てしまった事を伝えるには一番ふさわしい人物。


「でん、でん、でんかっ」

「レミーナ・ルスティカーナ嬢か」


 自分の顔を認めたとたん、柔らかく心配そうな碧眼の瞳がすっと細まったのを見て、レミーナは反射的にこの人やっぱり苦手だと思った。

 人を見定めようとする意思をもった目に晒されるのは気持ちのいいものではない。


「舞踏会の最中にこんな所まで迷いこむとは。私の婚約者候補から外れたいという意志の表れですか?」

「は、はい!」

「え?」


 レミーナは思わず本音を言ってしまったが、殿下もまさか本当に頷かれると思っていなかったようでぽかんと口を開けた。


「え、本当にいやなの?」

「いやです」


 有事の時でもなんでも自分の将来にとって大事な事は告げねばとレミーナは首を縦にふった。


「殿下と結婚する意志はありません」

「ずいぶんはっきりと」

「大事なことですから。そんな事よりも殿下にお伝えしたいことがっ」


 殿下はなぜかぶふっと笑って、私との婚姻を断りながらも伝えたい事はなに、と面白そうに聞いてくれた。


「殿下、王妃さまがかどわされたかもしれません」

「何?」

「私、見てしまったのです。そこの、手前の部屋で」


 投げだされた足首にかかっていたドレスは最初に挨拶をしに行った時に一段高い台の場所でみたものだ。


 レミーナは終始下を向いていたので王妃の落ち着いた紫のシルクの裾にふんだんに使われている金糸の刺繍を見るともなしに眺めていた。


 先ほどの部屋で臙脂の絨毯の上をずり上がっていったのは、紛れもなく同じ刺繍のドレス。王妃の意匠、つる草と鷲が裾のラインにそって細かく散りばめられていた。


 恐れ多くも王妃のドレスと同じ意匠を身にまとう者などさすがに居るはずがない。


「王妃さまと思われる方の足首がずるずると部屋の奥へ上がっていくのを見ました。気がついた時にはカーテンの中に隠れてしまったのですっ」

「確かに義母上なのか?」

「お顔まで確認することはできませんでしたが、王妃さまの意匠を見間違うはずございません」


 王太子は秀麗な眼差しがまたさらに細まると、そこで待っておれるか、と言われたので、こくこくと頷いた。元より腰が砕けて動けない。


 王太子は腰に下げた剣をすらりと抜くと、細く開けられたままの扉に背を向けて中の気配を伺うと、するりと音も立てずに部屋の中へ入っていった。


 まって、お一人で?!


 レミーナは今更ながらにその事実にぞっと悪寒が走る。


 もし賊がいたら?

 殿下のお命が危ないのでは?


「えい、衛兵さまっ」


 レミーナは四つんばいになりながら震えながら力の限り声を上げるのだが、廊下に人が来る気配がない。


 遠くで聞こえる舞踏の曲がかえってここに人が配置されていない事を如実に伝えてくる。


 どうして誰もいないの?! このままじゃ王妃さまも殿下も危ないじゃないっ。王宮って人手不足なの? 帰ったら父さまに絶対言わないと、思ったところでカタリ、と後ろで扉が開いた音がした。


「で、殿下?」


 四つんばいで廊下の中央まではったので部屋から誰が出てきたのか分からなかった。

 声をかけるが応えがない。


 どくんっと途端に心臓が跳ね上がってきた。


 殿下じゃ、ないの?


 恐ろしい予感がして耳の奥の方でキインと耳鳴りがする。


 コツ、と靴音がすぐ後ろで鳴った。

 目の前の紺色の絨毯に人影が浮かびあがる。


「……!!」


 レミーナはたまらず悲鳴を上げた。


 が、正確には上げることはできなかった。


 背後から伸びてきた大きな手が口元を覆い、自分の身体を拘束しようともう一方手が腹部のみぞおち辺りを強く締め上げたのだ。


「うぅぅ……!」


 抵抗しようと締め上げてくる腕をつかもうとしてびくりと固まった。腕の白袖に刺繍されている意匠が特別なものだったからだ。


 銀糸に獅子……殿下?!


 顔を確かめようとのけぞった途端に別のもので口を塞がれた。

 それが唇と分かる前に何か液体が送り込まれて、息苦しさに呑んでしまった。


 ぐらりと視界が歪む。


 涙目で見上げた先には感情のない目でこちらを眺めている深い青の眼と絡んだ。


 やっぱり、やっぱりこの人苦手だ。


 ここで死のうが生きようがそれだけは心に刻もう。


 レミーナは狭くなっていく視界の中の人物を目に焼きつけながら崩れ落ちていった。

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