助けたご令嬢に惚れられた〜非モテ親父の何処がいいんだ?〜
何処だここ?
目覚めると見たことのない木目の天井が、俺の眼に入ってきた。
ほのかにいい香りがする。
頭の後ろに柔らかい固まりと沈み込む様な寝心地。
いつもの布団じゃない。
寝心地の良さとシーツの質感からして高級なベットだろう。
顎に手をやると髭が結構のびていた。
数日間は寝てたってとこか。
身じろぎをすると左手の柔らかい感触に気付いた。
高校生くらいの少女が上半身だけベットに乗せ、俺の左手を握りながら寝ていた。
……えーと、これはどういう状況だ?
何故か安心した様な無防備な寝顔。
天使の輪が付いた黒髪と色白の滑らかな肌。
長いまつ毛に鼻筋の通った顔立ち。
アイドル顔負けの清楚な美少女だ。
手を解こうとしても、しっかり握られてて離れない。
握られている手を見て気づいたが、俺はバスローブ姿だった。
今まで着た事ないけど、バスローブって下着つけないよな。
慌てて中を確認するとトランクスしか履いていなかった。
知らないトランクスなんだけど、誰かに着替えさせられたって事?
まさか……。
俺は寝たきりの少女を見た。
動いた俺に気付いたのか少女が目を覚まし、寝ぼけ眼でこっちをジーっと見てくる。
数秒、少女の茶色い瞳と見つめ合う。
すっげえ、可愛いな。
そんな内心を抑えつつ、声が上ずらない様に話しかけた。
「やあ、おはよう」
「お目覚めになったんですね!」
少女は興奮した様に叫ぶといきなり抱きついてきた。
涙声で良かったと繰り返し、背中まで手を回し胸に顔を埋めてくる。
ええぇぇぇ?
嬉しいけど、嬉しいけど、嬉しいけどね。
何このシチュエーション?
バスローブ越しに少女の柔らかい感触が伝わってくる。
おまけに、女性特有のほのかな良い匂い。
ヤバイから。仕事漬けで禁欲生活だった俺にはヤバイよこの刺激。
「じゃなくて、待って待って待った!」
俺は必死に理性を総動員して、少女の肩を押して引き離した。
「あのね、とりあえず状況を確認させて。ここ何処? 今日は何日?」
少女はキョトンとして、一気に顔を赤らめる。
耳まで真っ赤になって俯いてしまった。
「やだ、わたくしったら。嬉しさのあまり。はしたないわ……」
何やら小さい声でモゴモゴ呟いている。
胸元まである黒髪をいじりつつ、俺の方をチラチラ見てくる。
目が合うとまた赤くなり俯くの繰り返し。
うん、可愛い。
とりあえず、彼女が落ち着くのを待った方がいいかな。
たっぷり十分待つと、ようやく少女が平静を取り戻した。
若干の赤らみは残っているが、俺をまっすぐ見てきた。
「まずはお礼を言わせてくださいませ。助けてくださってありがとう存じます」
椅子から立ち上がり、優雅で無駄のない動作で頭を下げてきた。
この部屋の高級な家具といい、多分、彼女はお金持ちの家のお嬢様育ちなんだろう。
いや、それよりも俺が助けたって何の事だ。
「助けた? 俺が君を?」
「覚えていらっしゃいませんの? 二日前に公園で男の方から、わたくしを守ってくださった事を」
あぁ、思い出した。
昼休みに公園でタバコ吸ってた時に、彼女がチャラ男に絡まれてたんだ。
周りの連中が素知らぬふりで公園から出ていくから、しょうがなく俺が助けたんだっけ。
その際に揉み合いになって、チャラ男にナイフで左の太ももを刺されたんだ。
刺されると同時にチャラ男の顎を殴りつけて気絶させたんだけど、俺も意識を失ったのか。
自分で簡単な止血作業はした記憶はあるから、意識を失ったのは三日連続の徹夜業務のせいだろう。
公園でタバコ吸ってた時も、頭がボーっとして半分フラフラだったし。
徹夜明けなのに休む間もなく出勤、残業はサビ残扱い、大卒で入社八年目なのに月収十八万。
そりゃ、身体も精神もゴリゴリ削られるわ。
あ、ヤバイ、会社無断欠勤だ。
「思い出したよ。悪いね、世話になったみたいで」
「いいえ、悪い事なんて何もありませんわ。わたくしは四条 綾華。白菊女学園の高等部一年です。ここは私の家です。後で、両親もお礼を申したいそうです」
「俺は斎藤 司。四条って、あの四条?」
白菊は超お嬢様校。そこの四条と言えば、日本トップ企業の四条グループだろう。
ということは、ここはグループトップの四条総裁の家?
「はい、四条グループです。お父様は総裁の四条兼光です」
そんな偉い人に俺みたいな底辺リーマンが会っていいのか?
四条総裁の一言でウチの会社なんて吹っ飛ぶぞ。
てか、会社に欠勤の連絡しとかないと。
「その前に俺の携帯どこかな? 先に俺の会社に電話したいんだけど」
「あ、そこの脇机に。私がお取りしますわ」
渡された携帯を見て愕然とした。
会社からの着信が三十件。
更にはロック画面に表示されたメッセージ。
『二日連続無断欠勤とはいい度胸だな。お前はもうクビだ』
あぁ、そりゃ、ウチの会社じゃそうなりますよね。
前にインフルで休んだ奴でさえクビにしてたし。
「申し訳ございません。わたくしが原因で会社をお辞めになる事に……」
本当に申し訳なさそうな声だった。
つか、なんで知っているんだろうか。
疑問が顔に出たのか続けて言ってきた。
「申し訳ございません。見るつもりはなかったのです。でも、寝ていらっしゃる時に何度も携帯が鳴ってて、代わりにお取りしようか迷った時に、その……」
「あぁ、ロック画面にメッセージ映るからね。いいよ、気にしないで」
俺が笑顔を向けると、彼女は泣きそうな顔になった。
その理由が分からず、俺は言葉に詰まる。
「なんで、笑顔で言えるんですの。助けていただいた時だって笑顔のまま意識を無くされて、どれだけ心配した事か。今だって、わたくしのせいで会社を。そういう優しさ、まるでお兄様そっくりですわ」
彼女は俯いて泣き始めた。
いや、えっとね、意識を無くしたのは単に連日の徹夜が原因なんだ。
それに、本当は助けようか迷ったんだけど。
でも、こんな本音いえないよな。
真剣に心配して泣いてくれている純情な女の子に。
「えっとね、ホントに気にしないでいいから」
我ながら気の利かない台詞だと頭を掻くと、彼女は顔を上げ涙を拭い背筋を伸ばし、俺を見つめたきた。
だが、なかなか話しかけてこない。
ふと、彼女の手が膝の上で微かに震えている事に気づいた。
「さ、斎藤様は恋人とかいらっしゃいますの?」
「いや、いないけど?」
「では想い人などはいらっしゃいますの?」
「いないよ?」
「交際する相手の条件とかございます? その、年齢とか」
「んー、愛があれば問題ないんじゃ?」
「愛……」
今度は顔を赤らめ、頬に手を当て俯いてしまった。
今の質問はなんだったんだ?
お互い沈黙していると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
返事をすると、高級なスーツを着た男性が入ってきた。
見覚えがある。TVで時々みる四条総裁だ。
思わず、姿勢を正そうとしたが左足の太ももが傷んだ。
「あぁ、そのままの姿勢で」
総裁が微笑みながら少し低めのダンディな声で止めてきた。
四条グループの総裁というから威圧感のある人かと思ったが全然違う。
相手を包み込むかのような雰囲気で安心感がある。
「この度は、娘を救ってくれてありがとうございます。怪我をさせてしまって本当に申し訳ない。治療費や足のリハビリ代などは、当家が責任を持ちます」
総裁は深々と頭を下げてきた。
彼女も頭を下げる。
日本有数のグループ企業の社長親子に、こういう態度を取られると居心地が悪い。
「頭を上げてください。俺は大したことしていません。こちらこそ、お世話になってしまい申し訳ありません」
「いや、娘から経緯は聞いています。周りの大人たちが見知らぬフリで去っていく中、君だけが助けてくれたと。それにナイフを持った相手に怯むことなく、娘をかばってくれたと。君が居なければ、娘がどうなっていたことか。本当に感謝していています」
少し、良心がいたむ。
まあ、あの場面で彼女を見捨てたら後味が悪すぎからな。
「娘から聞いたが、会社をクビになってしまったらしいね。再就職先も責任を持ちましょう」
貯金無いし無職だと家賃も払えないから、再就職の斡旋は助かる。
何処を頼もうか。
再就職先を悩んでいると、彼女が思い切った様に早口で言ってきた。
「お父様、それについて考えがありますの。わたくし、斎藤様の人生をお世話差し上げたいの」
場が固まった。
えーと、今、プロポーズに等しい言葉を聞いた気がするんだけど。
総裁の固まり具合からも、俺の認識は間違っていない。
総裁が複雑な顔で彼女へ向き直る。
「綾華、ちょっと別室で話そうか。すまない、ちょっと待っててくれるかな」
二人は俺に軽く頭を下げて部屋を出ていった。
にしても、いきなりの展開だな。
彼女の思惑がどうあれ、到底あり得ない話だ。
第一、恋愛はこりごりなんだよ。
今まで告白すれば必ずフラれた。
三回も味わえば充分だ。
友達以上恋人未満の関係ばかり。
振られ文句は今も忘れられない。
セレブな美少女とアラサーの冴えない俺。
常識的に考えて総裁がキチンと諦めさせるだろう。
十分後、総裁だけが部屋に戻ってきた。
深刻な顔に思わず背筋が伸びる。
総裁は俺の目を見ながら言ってきた。
「斎藤さん、綾華の申し出を受けてやってくれないか?」





