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セーラー服とファンタジー ~二代目召喚聖女と受け継がれし聖なる衣~

 薄黄緑色の上衣を脱ごうとしたところで、山田聖羅はふとあることを思い出した。


「……はぁ。そうだった……」


 上衣の裾を掴んでいた手を下げて、脱ぐのを諦めた聖羅の口から溜息が落ちる。

 入浴は本来衣服を全て脱ぎ裸になってするものだ。

 それが生粋の日本育ちの聖羅にとって当たり前であったし、何なら全世界共通だと思っている。

 ────全世界とは異世界も含めて、だ。


 当たり前だった習慣はそう簡単に変えられない。

 しかも、聖羅がこの世界──レアスに聖女として召喚されてからまだ三日しか経っていないのだ。

 そうせざるを得ない(・・・・・・・・・)とはいえ、着衣のまま風呂に入るという新たな習慣は三日程度で身体に染み付くわけがなかった。

 おかげで毎度脱ぐ寸前でそれを思い出しては溜息を零すというのを繰り返していた。

 いつかはこれにも慣れるのだろうが、そうなると日本に帰った時がまた大変そうだ。


「……“ステータス”」


 聖女として召喚されたことで使えるようになった魔法を唱える。

 すると、クリアブルーの背景に銀色で縁取られた画面が現れた。

 これは開いた本人にしか見えないものだ。公開(リリース)と唱えれば人に見せることも出来るが、ここには聖羅しかいないので今は不要だ。


 画面にはレアスの言語で何やら書かれているが、そこは聖女ならではの能力だ。今の聖羅に理解できない言語など無かった。


◇────────────────◇

 名前:ヤマダ セイラ

 年齢:25

 種族:ヒューマ

 職業:聖女

 状態:異状なし


 装備

  頭:なし

  胴:聖なる上衣 【固定】

  腰:聖なるスカート 【固定】

  脚:聖なる靴下  【固定】

その他:聖なる革靴

    聖なるリボン


 技能:聖魔法ホーリーライト

    聖魔法セイントアロー

    聖魔法オールキュア

    オールチェック

    オールアイテム

    加護付与

    全言語理解

◇────────────────◇


「はぁ……」


 可視化された自身の情報の変わらなさに再び溜息が零れる。

 バスタイムを目前にして上がっていたテンションは、空気の抜けた風船のように萎むばかり。

 それも全て、装備のせいである。


 固定、とは。

 一定の位置にあって動かないこと、または動かないようにすることだ。

 聖羅の装備である上衣とスカート、そして靴下が【固定】ということは着替えられないことを意味する。

 つまり脱げないのだ。装備として固定されてしまっているせいで。


 レアスにおいても聖羅の認識──入浴時は裸という認識は合っていた。

 それなのに、装備上の都合により聖羅は着衣で入浴しなければならない。先程の“そうせざるを得ない”というのはこういうことであった。


 しかし着衣のままだろうと風呂には入れるのだから、そこまで気落ちしなくてもいい筈だ。多少違和感はあるだろうがきっといつかは慣れること。

 それなのになかなか気分が回復しないのにはまだ訳があった。


閉鎖(クローズ)……っと」


 一言唱えて画面を閉じる。それから聖羅はその先へ繋がるドアへ足を進めた。

 さすがに靴は脱いでいるが、胸元で揺れるリボンはあってもなくても変わらないのでそのままだ。


 曇りガラスのドアの向こうから、僅かに熱気を感じる。ガラスを縁取る銀細工は錆び止めの護り(魔法)でも施されているのか、新品のようにピカピカだ。

 なんだかんだ気分は下がってしまうものの、この向こうに広がる景色を想像するだけで萎んでいた聖羅の気持ちもまた膨らもうとしていた。

 初めて利用するレアスの宿泊施設、その大浴場。

 期待を込めて聖羅はノブに手を掛ける。それから両開きのドアをばーんと開いた。


「……うわぁ……っ!」


 期待以上の景色に聖羅の口から感嘆の声が漏れる。それが硬質なタイルの壁に反響して、湿り気を帯びた熱気の中に消えていく。


 そこの壁にはこの世界のどこかにある風景なのだろうか、壁四面全てを使ってそれが色鮮やかに描かれていた。

 天井には青空まで。これら全てに防水の護りを施しているのか、どこも色褪せることなく描いたばかりのような色彩を保っている。


 続いて、丸い石で囲われた浴槽だ。

 プールと呼んでもいい程に広く、湯気をもくもくと立ち昇らせている水面には薬草と思われる葉っぱが浮かび、シトラスのような爽やかな匂いが浴室内を包み込んでいた。

 お湯を供給している像は水精霊を象っているのか、不思議な形の魚の口からどぴゅーっと水が噴出している。


 見上げれば青い空。壮大な景色にぐるりと囲まれて広い浴槽を一人堪能する。

 こんな素晴らしい環境下でのびのびと風呂に入れるなど、なんて贅沢なことだろう。

 これを前にした聖羅の気分も回復してすっかり元通りである。


 最後に聖羅は壁際に目を向けた。

 提灯のような球体が天井からぶら下がっており、それが複数並んでいる。壁には球体と同じ分だけ赤と黒と青の三色のボタンがあった。


 これが異世界のシャワーだ。

 黒のボタンを押すと球体からぬるま湯が雨のように降り注ぎ始め、青は冷たく赤は熱く、それぞれ押せば一度ずつ温度が変化する。

 レアスに召喚されたその日に同じものを使ったのだがなかなか良かった。


 しかし残念なことに今の聖羅には不要なものなので、シャワーを無視してまっすぐ湯舟へと向かう。

 丸い石に腰を下ろし、湯面に少しだけ指を差し入れる。

 瞬間、指先があたたかな感触に包み込まれた。


 これは良い湯加減だ。それを確かめた聖羅の口元ににんまりと笑みが浮かぶ。

 贅沢なバスタイムを始めようと靴下に包まれたままの爪先からゆっくりと湯舟に身を沈めていく。


「あー……イイ……」


 心地よい湯に身を包まれればついつい声も出てしまうもの。少々オヤジ臭くあるが、聖羅しかいないので気にすることは無い。

 異世界のお風呂でじわじわと身体を温まらせる至福のひととき────の筈なのだが。


「……はー……脱ぎたい……」


 風呂は裸で入るからこそ至高だ。

 なのに服を着たままであることがそれをどうしても邪魔する。そうしてまた気持ちがしょぼーんと沈む。


 それもこれも全部装備のせいだ。

 聖羅が纏う聖なるこれらには先代の聖女によって、全てを弾き一切の穢れを受け付けないという加護が付与されている。──あらゆるもの全て、つまり水さえも。


 だから湯舟に身を沈めている聖羅の身体は、衣服に包まれていない部位を除き濡れてはいない。水と聖なる衣の間に見えない膜でもあるかのようにそこだけが濡れないのだ。その下にある肌も下着も。湯の温度は感じられるが。

 衣に包まれていない腕と太腿にしても今は濡れているが、水面からちょっとでも出れば加護が働きそこを滴る水は瞬く間に消え去る。


 こうして汚れも払うものだからシャワーは必要なかった。

 何故なら一切汚れないから。


 そんな加護があるから本当は入浴自体不要だ。

 それなのにどうして聖羅は入浴するのかというと──答えは単純、風呂が大好きだからである。


 どんなに夜遅くなろうと毎日風呂には絶対入る。週に一回は銭湯に、月に一回は日帰りで温泉へ行く。

 綺麗に汗や汚れを流しさっぱりした身体で心地良い湯に沈む──この極楽のひとときがとても幸せなのだ。


 それに、温かい湯に身を沈めていると大好きな母を思い出す。

 湯に包まれる感覚が母の温もりのようでどんなに嫌なことがあっても優しい気持ちになれる。

 それはきっと母が優しい人だったから。

 十五歳の時に病気で亡くなってしまったが、母と入る風呂が聖羅は大好きだった。


 そんな思い出の時間でもあり至福の時でもあるバスタイムを、必要なくなったからといってそう簡単に辞められるわけがない。だから聖羅は風呂に入り続けているのだ。


 思えばこの三日間、色々あり過ぎた。


 訳も分からず突然異世界に召喚された。しかも聖女と呼ばれ、異世界を救って欲しいと言われたのだ。絵に描いたような美青年に。

 最初は嫌だと抵抗していた聖羅だったが、物腰柔らかな青年についうっかり絆されてしまった。顔が良い男なんてもう懲り懲りだった筈なのに。


 そのとき差し出されたのが聖なる衣たちだ。それを見て聖羅は大いに驚いた。


 薄黄緑色の上衣に襟は濃い緑色のタータンチェック。

 袖の縁取りとプリーツスカートも襟と同じ柄。

 トレードマークは光沢のある緑色の大きなリボン。


 

 母校のセーラー服だったのだ。

 しかも、とても可愛いと評判だった母の世代が着ていた旧デザインの物だ。

 聖羅が入学する前にデザインが一新されてしまい、着られなかった憧れの制服が目の前に現れたのだ。


 そこに聖羅は母の面影を感じてしまった。

 着るだけでいいからと言われつい着てしまったのがいけなかった。そこで青年の態度が一変したのだ。


『それ、もう脱げないよ。アンタが世界を救ってくれるまで』


 宣告は、嫌味なほど美しいほほ笑みとともに。

 こうして聖羅はセーラー服を着続ける羽目になってしまったのである。しかも靴下はルーズソックスときた。


 これは一体何の呪いなのだろうと聖羅は思う。


 楽しみを奪うこれが憎いのに、母の面影を感じる物だから憎めない。

 でも脱げないのは年齢的にもキツイし、それにやはりまだ──セーラー服が憎い。


 もしかしたら召喚されたあの日は厄日だったのかもしれない。

 本命はセーラー服の良く似合う美少女だからと、顔の良い恋人に振られたあの日は朝から最悪だった。

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