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砂海のラメント

 陸へ流れ込む風に乗って、砲撃の音がいくつも響いていた。近くの国が領海侵犯を犯した異世界の艦隊に向けて歓迎の挨拶をしている真っ最中である。

 そして、巻き込まれない位置でゆらゆらと波に揺られながらその様子を窺う海賊達の姿があった。

 町を歩けば誰もが距離を取ってしまうほど人相が悪い男達である。単眼鏡を使い、三隻の小型ボートの上からドンパチとやり合っている艦をそれぞれ眺めている。


「はあ……」


 その中で唯一、一般人らしさを残した少年がため息をついた。ボートの船尾に座り、心ここにあらずと言った様子である。


「おい、ケルン。まだ呆けているのか? いい加減切り替えろよ」


 人相は悪いがケルンと呼んだ少年を心配するように、同乗している男が船尾に目を遣った。


「オルゲル……、これが恋ってやつなのかな……」


 空を見上げながらケルンが返答になっていない返答をする。オルゲルもため息をひとつついて眉根を寄せた。


「叶わない恋だから忘れろ。異世界の艦に女の子が一人。それが目の前で消えてしまった、なんて幻以外の何者でもない」

「だから、本当に居たんだって! とびっきり美人で裸の女の子が!」

「わかったわかった。揺れるから急に立つな」


 薄手のコートを翻し拳を握って力説するケルンを、呆れが混じった声でオルゲルはなだめた。しかし、ケルンがここまで鼻息を荒くするのにはワケがあった。

 先日、火事場泥棒を生業とするケルン達海賊団は、撃墜された異世界の艦に乗り込んだ。未知の領域に警戒していたが、艦には人っ子一人居なかったのである。

 そこで出会った、といつもケルンは声を荒げる。

 透明なガラスに囲われた小部屋に、色取り取りのケーブルに繋がれた少女が眠っていたのだと。

 だが、その少女を助けようと近づこうとしたところ、一瞬の光に瞼を閉じてしまう。そして、次に目を開くとその少女は消えていたと言うのだ。

 それを聞いたオルゲルを始め、海賊仲間達は誰もケルンの言うことを信じなかった。あまりにケルンがあきらめないので、仲間達からは意地になっているのだろうと思われている。

 ケルンとしては、事実を述べているのに信じてもらえない怒りもあるが、その少女がこの世のものとは思えないほどの美貌の持ち主であったので興奮している節もあった。つまりは、一目惚れをしたのである。


「あーあ、あんな綺麗な子と一緒に居れたら楽しいだろうなあ……」

「本当に重傷だな」


 うつつを抜かすケルンに浸ける薬はないとオルゲルは投げ出した。再び単眼鏡で戦況を眺める。


「そろそろ決着が着きそうだな。よし、ボートを出せ!」


 オルゲルが声を上げて周りの仲間達に指示を出した。それに従いエンジンを駆動させ戦場へと走って行く。自身が乗るボート以外は。

 船尾に居る操縦係に目を遣る。


「ケルン、俺達も行くぞ。早く――」

「ああ、愛しのキミ……」

「……しばらく陸に揚げた方が良さそうだな」


 オルゲルは痛む頭を押さえ、ケルンの頬を軽くはたいた。それでやっと正気に戻ったケルンは、仲間達からやや遅れて仕事場へとボートを走らせるのであった。



 戦場の端にやってきた海賊達は、ボートごとに分かれて撃墜された艦に乗り込んでいく。ケルンとオルゲルは黒煙を上げている異世界の艦に入っていた。ケルンは銃身を切り詰めたショットガンを。オルゲルは無骨なアサルトライフルを手に、人の気配を探りながら廊下を進む。


「今回も人っ子一人居ないようだな」

「不思議だよなあ。誰もいないのにこんな大きな艦が動くなんて」

「まあ、その方が仕事はしやすい」


 前回、つまりケルンが幻の少女を見つけた時も奇妙なことに無人であったわけだが、そのおかげで異世界の艦という宝の山を邪魔されずに漁ることができた。盗み出した部品やらをその手の商人に売ることにより懐がかなり潤った。なので、味を占めて今回もこうして忍び込んだのである。


「中の構造も前と一緒のようだ。ケルン、そこを右に曲がれ」

「なあ、前と同じってことはあの子も居るんじゃ……」

「可能性はあるな」

「――こうしちゃいられない!」

「あっ、こら! 早く引き揚げないと近国の軍隊が来ちまうだろ!」


 あの日見つけた少女に会えるかもしれないと、ケルンは駆け出して丁字路を左に曲がった。そこに、


「うおっ!」


 突如、銃の連射音が廊下に響く。狙われたケルンはすぐさま踵を返して壁の影に隠れた。甲高い駆動音とともに、がしゃんがしゃんと大きな物体が近づいてくる。


「でかい人型の機械の塊が撃ってきやがった! こっちに来ている!」

「最近海に浮いている奴か! 動けなくして持って帰れば金になるぞ!」

「その前にこっちがハチの巣にされちまうよ!」


 嬉々とするオルゲルに向かって声を荒げながら、ケルンは壁に張り付いて銃を構えた。

 そして、機械があと数歩まで迫ったところで曲がり角から飛び出す。

 機械と目が合ったケルンは身を低くし床を蹴った。機械の腕部分の銃口から放たれた弾丸をかわしながら一気に距離を詰める。


「この野郎っ!」


 機械を飛び越えるように跳躍した。

 そして、正面から、頭上から、背後からとポンプアクションで薬莢を飛ばしながら次々と機械に発砲する。ケルンの使う強力な弾丸の連打を受けた機械の身体には空洞がいくつもでき、その機能を停止させた。


「ふう」


 新たな弾を込めながらケルンは一息つく。


「あーあ、やり過ぎだ。これだけ壊したら価値が下がる」

「うるせえ、じゃあお前がやれば良かっただろ」


 オルゲルの物言いが癪に障り、怒気を含んだ声で突き放した。だが、そんなことは一切気にも留めず、オルゲルは機械の状態を確認している。

 弾の装填を終えたケルンは廊下の先に目を向ける。そして次の瞬間には駆け出していた。

 ケルンが飛び込んだ部屋には薄っすらと煙が漂っていた。外から見た時に昇っていた黒煙の近くなのだろう。

 それよりも。

 部屋の中央、ガラスの壁に囲われた小部屋に裸体の少女が居るのだ。少女の身体には大量のケーブルが接続されている。眠っているのか死んでいるのか判別はつかないが、少女の美しさには変わりない。


「違う……。けど……」


 ケルンが少女を見つめながら呟いた。

 この少女は、先日ケルンが見つけ恋焦がれていた少女とは別人であった。しかし、ケルンに肩透かしを食らったような感情はない。何故ならこの少女もまた美しいのだ。先日の少女が神が生み出した芸術品のような美しさだとすれば、今、目の前に居る少女は、親の愛情を一心に受け真っ直ぐに成長したような女の子らしい美しさを持っている。

 見惚れてしまい思わず息を呑む。その音で現実に戻ってきたケルンはハッと気づく。


「助けないと! これどうやったら開くんだ!」


 部屋に流れてくる煙が濃くなってきていた。急いでそばにあったパネルのボタンをあれこれと押してガラスの壁を開こうとする。そして、赤いボタンを押したその時、ガラスの壁の一部が軽い音とともに開かれた。


「よし!」


 小部屋にケルンが飛び込むとすぐに少女の容態を確認する。息があり脈拍も安定しているようなのでホッと息をついた。


「このケーブル、取っても大丈夫なのかな……」


 頭だけでなく身体中の皮膚に張り付いているケーブル。なんのために付けられているかわからないが意味はあるはずだ。

 だが、取り外して連れ出さなければ黒煙に飲まれてしまう。悩んでいる暇はないと、ケーブルの束を掴んで力を入れようとしたが、


『損傷率六十五パーセント。回収処置を取る。転移装置作動開始』


 突然、機械音声が流れ、何事かとケーブルから手を離す。


『五秒前』


 すると、開いていたガラスの壁が閉じてしまう。


「どうなってんだ! おい! オルゲル! こっちに来い!」


 ドン、ドンと激しくガラスを叩くがビクともしない。そうしている間にも、


『四……、三……、二……、一……』


 機械音声がカウントダウンを告げている。何が起こるか予想もつかないが、ロクでもないことに違いないと、ケルンは必死に脱出を試みる。


「くそっ!」


 銃口をガラスの壁に向けた。しかし、引き金を引く前に眩い光が部屋を満たす。


『実行』


 ※


 光が収まり深閑とした部屋にオルゲルの声が響く。


「おーい、ケルン。あのでっかい機械運び出すの手伝って……、っていない。ここが行き止まりだしどこ行っちまったんだ?」


 部屋にはガラスに囲まれた小部屋があり、そこには大量のケーブルが垂れ下がっていた。それ以外に目に留まる所はなく、オルゲルは小首を傾げた。

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