青菜に死を
「菜月ぃー、お姉ちゃんちょっとお願いがあるのー」
「えー、めんど」
「夏休みの宿題とかゲームの周回とか手伝ってあげるからさぁー」
「はいはい分かったよ。で、お願いって?」
姉貴がジャケットの内ポケットを漁りつつ、そのお願いとやらを告げた。
「明日から、下校中だけでいいからさぁー……」
ポケットから取り出したのは一枚の写真。それをこちらに突きつけ言い放つ。
「この子、尾行してくれない?」
ーーー
姉貴には恩がある。天涯孤独となった俺を引き取り、方法はともかくここまで育ててくれたのは姉貴だ。高校生にもなれば夏休みの宿題なんて大した量は出ない。周回ゲーもやってない。それでも姉貴のお願いを聞くのは、やはり俺は恩返しがしたいのだろう。面倒なことに変わりはないが。
「さて、ターゲットは……」
汐崎 青菜。成績優秀で顔も良い。学園のアイドルってよりは高嶺の花的な位置にいる俺のクラスメイトだ。他の生徒からの人気は高い。喋ってるところは見たことないけどな。
そんな奴を追っかけてるのだ。ストーカーと言われても文句は言えない。まあ、既に個人情報の諸々を特定出来ている時点でそんな奴らよりタチが悪いのだが。今までのお願いに比べれば比較的楽な部類だ。
下校するふりをして彼女の跡をつける。それにしても今回のお願いの意図はなんなのだろう。正体をバラさずに護衛しろと言われた時に似てなくもないが、特に護衛だとか正体がどうとは言われなかった。尾行して情報を集めろという指示もない。
考えても分からないことは考えない方が良いのだろうが、どうしても何か引っかかる。まだ、可愛い子をつけさせて恋に目覚めさせようと思ったんだ! とか言われた方が納得する。というかあの姉貴ならやりかねない。
尾行を続けること数分、異変が起こる。
増えたのだ、人が。突如屋根の上に現れた気配は、彼女の進行方向へと進みだす。その気配に混じるのは、多大な自信と少しの殺意。意図は分からないが、心持ちだけは護衛依頼に切り替えておこうか。人通りはないが面倒なことになりそうだ。
その後も続々と人は増え続け、今や俺を含めると8人もの人が彼女を尾行している。
俺のように学校に通っているなら制服を着て跡をつけるだけなので楽だが、もちろん全員学生な訳もない。姿を見せずに跡をつけられる屋根の上はホットスポット。8人中5人は屋根の上だ。お互い気まずくはないのだろうか。後の二人は俺の後ろからつけている。サラリーマンとウォーキング中の男。サラリーマンはともかく、この時間にウォーキングは如何なものかと思うけど。
さて、どう立ち回ろうか。全員が全員敵で混戦してくれるならやりようはある。しかし2陣営程度しかなく、銃も持っていたとしたら。
殺す側と守る側なら隙をついて逃すくらいは出来るだろう。だが、殺す側と捕らえる側なら。両陣営にとって邪魔でしかない俺は真っ先に消されかねない。その時は彼女に悪いが、逃げるとしよう。跡をつけろとだけのお願いだ。狙われていたという情報を渡すだけでも充分だろう。
「うーん、だいたい釣れたかな」
唐突に彼女が声を出す。
釣れた、か。恐らくこの姿の見えない百鬼夜行は彼女が狙っていたものなのだろう。そうなると戦闘能力が高いか、凄腕の護衛がいるか。はたまたその両方か。だとしたら楽で良いのだが。というか初めて声聞いた。
「1、2、3……8人か。面倒だからさっさと全員出てきてくれたら嬉しいんだけど」
なるほど、当然の如く俺もバレていたようだ。
この展開は読んでいて、姉貴は昨日俺にお願いしたのだろうか。
尾行していた面々は、意外にも素直に姿を現わす。後ろにいた二人はともかく、屋根組の5人はそれぞれ個性的な服装をしている。ライダースーツ、武士の袴、ボディビルダー、執事服、セーラー服とその幅も広い。少なくとも味方同士ではなさそうなのが分かってこちらとしてはありがたい。
「出てきたついでに、目的も吐いてくれない?」
「尾行しろとしか言われてないな」
姉貴の場合、お願いの内容を漏らしてはいけない場合、必ず漏らすなと言ってくる。今回はそれがなかったので言っても良いと判断し、早めに彼女に言っておく。面倒なことになりそうなので、せめて敵対する意思はないことだけは告げておく。
「目的ねぇ、お前を殺すことだが?」
袴の男がそう告げ、殺気を溢れ出させる。それに合わせ、俺を除く6人も殺気を溢れさせる。
しかし対象は彼女だけでなく、その場にいる全員。
……これは、全員敵同士と考えて良さそうだ。最悪のパターンとはならなかったが、彼女の味方がいないので難しいことに変わりはない。
近くにいたウォーキング男が、こちらに手のひらを向ける。
「よう、無能。消えな! インフェルノ!」
空間が、燃え上がる。
先ほどまで俺がいた場所が爆発した。周囲には全く影響がないが、その爆発の影響は凄まじいと予想されるほどに、周囲の気温が上昇する。
どういう技術だ? 動きは見ていたが、爆発に繋がるような動きはしていない。半袖故に、袖に何かを仕込むことも出来ないはずだ。
手のひらを向けられたので取り敢えず避けて良かった。
「仕留め損ねたか。無能一人殺せんとはやはり連合、といったところだな」
サラリーマン風の男がこちらに指を突きつける。
その指先から、眩い光。咄嗟に首を傾けると、光線のようなものが耳を掠める。
光線の先を振り返ると、塀に小さな穴が空いていた。
どうなっている? ウォーキング爆発男と同様に、指先を向けただけ。それ以外にそれっぽい動きはなかった。不思議パワーか指先が改造されていたとしか思えない。
未知の技術について考えるのは後でよい。分かるのは、手のひらを見せると爆発する、指を向けるとビームが出る。それならば……。
「銃の対処と同じだな」
突きつけられた指の先を避け、素早く敵の懐へ。左手で腕を掴んで地面へと向け、右手で二本、指を立て。
「これで視界とお別れだ、ピーッス!」
瞳へと突き刺した。
グチャリという音と共に、物が潰れたと指が伝えてくる。
「ぐあああぁぁぁぁぁ!!!」
「くっ、インフェルノ!」
瞳を閉じたサラリーマンを残し、ウォーキング男の爆発を避ける。きたねぇ花火と化した男の断末魔を置き去りに、爆発男の懐へ。そのまま、頭を掴んで捻り殺す。
他の連中の戦闘に目を向ける。刀に闇っぽい何かを纏わせた武士に、霊的な何かとレイピアを巧みに操る執事。蹴りで地面を抉るライダースーツの女性と、何故か2倍に膨れ上がったボディビルダー。セーラー服の少女は魔法少女へと変身し、ステッキで殴りつけている。
……まあいい、全部殺ってから考えよう。
ベルトへと手をかけ、仕込んだ暗器を引き抜いた。中からは鉄製のワイヤーが現れ、夕日に反射し怪しく光る。カバンから折り畳み傘を取り出し、仕込まれた刺突用ナイフを取り出す。
眼前の敵へと駆け出し、鞭を振るう。
ボディビルダーへと蹴りかかろうとしたライダースーツの足に巻きつけ、こちらへと手繰り寄せる。そのまま、脳天へ一突き。
鞭を解く流れで魔法少女へと振り、首を飛ばす。
地を蹴り、ボディビルダーへ。左手に構えたナイフで心臓に突きを繰り出す。
「効かぬっ!」
「チッ、折れたか」
筋肉に阻まれ、途中で止まったナイフが曲がって折れる。
「我が筋肉の極致を見せてやろう。ビルドアーーーップ!」
マズイな。このままでは既にはち切れそうな奴の腰元の布が破れてしまう。
咄嗟に落ちていたステッキを拾う。
「俺は、全裸の男が、一番嫌いなんだよっ!」
ステッキを、折れたナイフへ叩きつける。
「ガッ! くっ……見事……」
ふぅ、危なかった。見たくもないものを見ずに済んだ。
「まさか、最後の敵が無能になろうとはな」
その声に振り返ると、執事が武士に斬り伏せられ、倒れ臥すところだった。
「まあいい、死ね」
一瞬で駆け寄り放たれた居合斬りをステッキで受け止め、弾き返す。刀の闇がステッキを伝い侵食しようとしていたが、ステッキが無効化してくれていた。拾って良かったな、これ。
剣士と真正面からやるのは面倒だな。勝てなくはないが時間がかかる。人通りが少ないとはいえ、人に見られかねない。
「暗器使い、下がって!」
ターゲットが告げる。直感に従い、武士を蹴り飛ばした勢いで後方へ。
蹴り飛ばされた男に異変が起こる。足元から石化し、徐々にひび割れていく。
「じゃあ、おしまい」
少女が告げ、砕け散る。
「ねぇ、君本当に無能なの?」
戦いが終わり、ターゲットから声をかけられる。
罵っている訳ではないのだろう。今までの流れから、何かしらの能力を持ってないってことだよな?
「まあ」
「すごーい、それなのに強いんだね!」
姉貴のお願いのせいで、修羅場ばっか潜り抜けてきたからなぁ。
というか、喋り方がイメージと違う。
「今喋り方変って思ったでしょ! よく言われるんだ! ママにも、似合わないからセリフ以外で文章喋るなって言われてるの!」
間違ってないよ、ママさん。にへらぁと笑う、数分前までは凛としていたはずの少女を見て思う。
「そうだ! いいこと考えた!」
嫌な予感しかしない。今のこいつなら突拍子もないことを言いかねんぞ。
「君、私の部下になれ! 私を守ってよ!」
……ほらな?





