神刀・雪とどめ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う〜ん、このはさみもそろそろ買い替え時かなあ。ほら、刃の部分にちょこちょこ錆びが浮いてるっしょ? わざわざ錆とりスプレー使うのは億劫だし、これを機にくたびれたものを一挙に取り換えようかねえ。
君は錆びがどうして生まれるか知っているかい? 僕は、昔は「錆び」という物体が金属にひっつくことで、引き起こされると思っていた。そいつらは空気の中にごく少量、海水とかの中には大量に含まれていて、金属を錆び状態に陥らせるんじゃないかと。
結局、錆びは鉄と酸素との化合物であることを僕は学んだ。この茶色い姿は酸素と結びついた金属の姿だったわけで、僕の予想は完全な的外れとまではいかなくとも、間違いだったんだ。
錆びた金属は脱落した部分がない限り、重量を増す。この、見た目には重りの類をつけていないのに、重さが増すというのは魂の重さと解釈される時期があった。
日本でも同じで、不可解な加重は神霊の類が憑いたのだと、信じて止まないケースもあったらしいんだ。そのうちの一話、聞いてみないだろうか?
戦国時代の折、その地域では冬になると雪がよく降るため、戦は避けられる傾向にあった。特に今年は例年よりも雪が降るのがずっと早く、年が明ける前から各々の家で雪下ろしを行うほどだったという。
その中、とある家の当主は「これはよき事」と、家の蔵の中から一本の太刀を持ってきた。鞘のこしらえこそ立派ではあるものの、その中身を目にすると、たいていの者は顔をしかめてしまう。
刀身が、すっかり錆びついてしまっているからだ。それでいながら、傷んだ刀によく見受けられる、刃こぼれの類はまったくない。整った形状はもし錆びさえ浮いていなければ、そのまま実戦で扱えるのでは、と感じさせるほど。
「良い機会だ。ついてくるがいい」
当主は自分の息子を連れて、外へと出る。昼前で雪降りは止んでいたものの、積雪はまだそこかしこに残っている。身に着けた脚絆の半分近くまでが埋まってしまうほどだが、雪自体が軽いようで、歩行にさしたる支障はない。
息子が何をするのか尋ねたところ、「手入れをするのだ」と父親はあの錆びた刀を抜いた。
周囲に人がいないことを確認すると、当主は脇構えをとる。刀を右脇から後方へ下げ、自分の身体で剣先を隠し、実践においては相手に間合いをはからせない意図を含んだ構え。
しかし、ここにはもちろん相手はいない。しかも剣先は通常の脇構えよりもずっと下方へ落ち込んでおり、切っ先が雪の中に埋まってしまっている。しばしその姿勢を保った後、当主は刀を切り上げの要領で、一気に振り抜いたんだ。
刀身に乗り、運ばれた雪たちが盛大に飛ぶ。しかも一回にとどまらず、当主はじわじわと前進しながら何度も何度も雪を切り上げ、空へ舞わせていった。
はたで見ている息子としては、父が繰り広げる雪遊びにぽかんとするばかり。とうとう気が触れたかとも思うほどだったけど、やがてあることに気がつく。
父が振るっている刀のことだ。確かに最初に雪へつけた時には、全身を茶色く染める、錆びに満ちた身体だったはず。それが今ではむしろ茶色の部分はなりを潜め、水を滴らせる刀身には白い輝きがのぞき始めている。
父は歩を進めながら、なおも雪を巻き上げ続けた。館の周囲には足跡と一緒に、剣先がもたらした何本もの溝ができている。ときどき茶色い土が混じっているところを見ると、雪の下に横たわる地面も一緒に削っていたのだろう。
玄関先へ戻ってきた時、すでに刀身は誰が見ても息を飲んでしまうような、白銀の輝きを帯びていた。その光は他の刀と比べればいささか派手で、人によっては、命をやり取りする武具としての責を放り出した、美的な軽薄さを覚えかねないほど。
しかし浮かぶ波紋は、蛇がその全身をくねらせ続けたかのような曲線が成す「のたれ」。地鉄そのものも、「地沸」と呼ばれる細かい粒が浮き上がり、あたかも果物の梨の断面を見ているかのよう。
――切れる。
育つ過程で何本もの刀を見てきた息子も、その切れ味を想像して、肌が泡立ってしまいそうな心地がした。その気持ちを察したか、父親が「握ってみるか?」と柄を差し出してくる。
薦められるがまま手にした息子だったけど、想像以上の重さに取り落としそうになった。まるで長巻――刀身と同じか、それを上回る長さの柄をつけた野太刀の一種――を数本束ねたかのような重量。両手で保持するのがやっとで、少しでも気を抜けば手の先で刀がプルプルと震えてしまう。
「鍛錬が足らんな。そのような膂力では、実戦で相手の斬撃に後れをとるぞ」
ひょいと当主は刀を取り上げる。先ほどまでと同じように片手で軽々と。息子は改めて尋ねてみる。
「その刀。もしや雪をまとって、そのような姿となったのですか?」
「いかにも……と言いたいところだが、お前も違うということは感じていよう。この重さ、ただ雪を擦り付けただけで作られるはずがない」
当主はきゅっきゅと、音を立てて鎬部分をこする。そこからはいささかも,
雪がこぼれる様子がない。
「この刀には、神が憑いている。土地神のひと柱を封じたという話でな、雪を何よりも好む。こうして積もった雪たちを振る舞うことで、ようやく形と力を取り戻す」
当主は懐から20枚余りの銅銭を取り出し、それらをきれいに重ねて館の縁側に置いたかと思うと、片手持ちのまま真っすぐ切り下した。
銅銭は一枚残さず真っ二つに割れ落ち、かつ縁側にはわずかな傷さえ残っていない。当主の手首の押さえもさることながら、ここまですんなりと断つことは、両手持ちの刀であってもなかなか難しいだろう。
「冬場、存分に食わしておかなくてはいかん。先にも見たように、あの錆びついた姿は飢え、渇いている姿でな。この時を待っておった」
当主はもう一巡りするとばかりに、再び雪の中へ刀身を差し入れて、巻き上げ続ける。この雪そのものもまた、重要な意味を持っていると、当主は語った。
やがて年が明け、戦の時期が訪れる。当主も息子を連れ立って出陣したが、今回の相手は自軍に倍する兵力が相手。激戦は必至と見られていた。
当主親子は第一陣を任されている。最も初めに相手とやり合うわけだから、一番槍の手柄は得やすいものの、その損耗も激しくなるのが予想される。実際、開戦してほどなくすると、早くも前線の一角が数に押されて崩れかけそうになるのが、親子が控える山の上から見えた。
「父上、私が援兵に参ります」
兜を締め直し、馬を用意しかける息子を、当主は手を挙げて制する。その後、さっとはるか後方にある味方本陣を指さす。そこからはちかり、ちかりと金物の大きな光が、三度、一度、三度、一度、と繰り返し放たれている。作戦の合図だった。
当主が背負っていた太刀を抜く。それは冬場の間にたらふく雪を食らった、あの神の太刀だった。その波紋や地鉄には、いささかのかげりも見えない。
ほどなくほら貝の音が鳴り響き、味方の前線はざざっと波が引くように、一斉に敵勢と距離を開け始める。思わぬ引きざまに、相手の追い討ちがわずかに遅れた。その隙を見逃さず、当主は高々と太刀を振りかぶる。
太刀がおのずと光り始めた。どんどんと光はその強さを増していき、ついに周囲にいる全員の目を潰さんほどに輝く。
彼らの視界が戻ってきた時、当主はまだ太刀を掲げた時の姿勢のままだった。だが、その手に握っているのは、先ほどまでの光に満ちた太刀ではなかった。雪を食わせる前と同じ、見るも汚らしい茶色の錆びに包まれている、無残な姿。刀身はまさに、瞬く間に色あせてしまったんだ。
直後、眼下の戦場ではどよめきの声が次々に挙がっていた。
見ると、味方と距離を開けられた敵軍の先陣。敷物のごとく広がった彼らのそこかしこに、空から降り注ぐものがある。この離れた山の上からでも視認できるくらい、大きくて色のついた何かだ。
混乱する敵軍に対し、改めて攻撃の命が下され、形勢は一変する。先陣を蹴散らし、勢いに乗る自軍は相手の陣深くまで攻め込んだ。主要な地点をある程度抑えたところで相手が退き、予想よりもはるかに軽微な被害で、勝利を収めることができたんだ。
後で、実際に攻め込んだ者たちの話を聞いたところ、あの降り注いだものは「茶色いみぞれ」だったとのこと。あれを浴びた敵兵たちはしばし、ひきつった笑いを見せたかと思うと、その場に倒れ込んで全身を痙攣させ始めた。中には自分から呼吸を止め、そのまま死に至ってしまった者も現れたとか。そのような状態で、まともな戦闘が行えるはずがない。
「これでまた、雪が降るまでお預けになるな」
帰路に着いた当主は、そうぽつりとつぶやいたとか。
それからも雪が降り積もるたび、当主は件の刀を手に、雪をかき続けたという。やがて成長した息子にその役目は受け継がれ、彼は長年、呼び名がついていなかったこの刀を、「雪とどめ」と呼ぶようになったらしい。
錆びの上に雪をまとい、刃にすると共に、敵を討滅せしめる死のみぞれを降らしめる。自分が仕える主君の命により、幾度か力を振るったその太刀は、時に勝利を確かなものとし、時に窮地を脱する切り札ともなった。
しかしその雪とどめは、戦国の末期。大きな地震が起きて館が崩れてしまった際、いくら掘り起こしても、二度と出てくることはなかったらしいんだ。




