81.ティーパーティー
「ティーパーティーに致しましょう」
その日の放課後、さらに思いがけない展開がラシェルを待っていた。
夏休みが始まるまでは戻らないだろうと思っていたレイラとローレンスが、意気揚々と学院に帰って来たのだ。
早速、生徒会室に執行部メンバーを集めて旅の土産話がしたいと、ラシェルも一緒に呼ばれることになった。
正直、アンリと昼休みに喧嘩別れしているため、その気まずさは半端なかったが、ローレンスとの関係を誤解しているだろうレイラからの誘いを断ることも出来ず、針の筵を覚悟で生徒会室に顔を覗かせる。
「もうっ。クロードもアンリも、タイミング悪いですわね……」
ラシェルが淹れた紅茶と、旅から持参してきたお土産の数々をお茶請けに、生徒会室でレイラ曰く『ティーパーティー』が小ぢんまりと始まった。
スタンレイファミリーは揃って家の用事で、放課後を待たずして帰宅したとのこと。
がっかりするレイラを後目に、ラシェルはアンリと顔を合わせずに済んだことでホッと胸を撫で下ろす。
「そんなことよりレイラ、これが言ってた、あのお花畑のお土産?」
よほど旅の話をみんなに披露したかったのか、スタンレイ兄弟がいないことに臍を曲げるレイラの矛先をアルフレッドが上手く躱す。
「そう、そこで採れた蜂蜜がたっぷり入ったマドレーヌよ。どうぞ召し上がれ」
前々からアルフレッドがただの脳筋ではないと思っていたが、話を振られた途端に上機嫌となって笑顔を見せるレイラの姿を目の当たりに、ラシェルはその確信を深めた。
今も一見すると、のーたりんで陽気な笑みをふよふよ浮かべているだけのようにしか見えないけど。ローレンスがおずおずと渡すマドレーヌを受け取るや、口いっぱい含んで噎せちゃったけど。慌てて口にした紅茶が思ったより熱かったのか舌、火傷しちゃったみたいだけど。
…………えっと。た、多分?
ゲホゲホと尚も咳き込むアルフレッドにレイラが水を渡し、ローレンスも慌てて彼の背中を撫でる。
「ありがと」
「猫舌は相変わらずなのね」
「アルは昔から、そそっかしい」
ずずっ、という音は立てないが、お茶を口に含んでから冷静にユーグが突っ込んだ。
攻略メンバーとレイラたちは、王族と高位貴族という親同士の繋がりから、幼馴染みでもある。
ゲームの中ではあまり語られなかったが、それぞれに共有する思い出もあるのだろう。
ラシェルは始終蚊帳の外だが、そんな彼らの姿を傍で眺めながら、微笑ましい光景だなぁと目を細める。
何だかレイラのほっぺも、心なしか旅に出る前と比べてテルテルしているように見えた。
そういえばお茶に誘ってくれた際も、矢鱈テンション高めだった気がする。単なる思い過ごしかもと、その時は一旦スルーしたが今も尚、アルフレッドとユーグに土産話を披露する横顔を見るにつけ、血色というか、肌艶が随分良さそうだ。
そこでふと視線を感じ、そちらを見遣ればローレンスと目が合った。
「ラシェ……」
天使の微笑は文句無しに今日も美しいが、王子には是非『L』の発音も頑張っていただきたい所存。
「何でしょう」
「これ、……」
ラシェルが執行部に来て、こっそり出すようになったウォレスの紅茶を示してローレンスが言う。
「気に入って、……美味しい。ずっと……」
どうやら気に入ってもらえたようだ。彼とレイラには今日初めて出したので、これからも愛飲していただけるということか。
「お気に召して頂けて嬉しいです。また、ご用意致しますね」
レイラの嫉妬心を再燃させないよう、あくまで事務的な調子で返したものの、「うん」と可愛らしくローレンスは頷いてくれた。
今後の需要も期待できる反応に、ホクホクする心を隠しながら微笑み返したその先で、やはりテルテルした頬の王子サマを見たラシェルは、あれっ、と勘付く。
そのタイミングで、ローレンスが徐にレイラの方へ顔を向けた。
アルフレッドたちと話をしていたレイラもまた、まるで示し合わせたかのようにローレンスへ視線を運ぶ。
そして二人、目が合って、微笑み合う。
そういうことか、と鈍いラシェルもさすがに察した。
あれだけ敵視していたラシェルをお茶の席に呼ぶなんてと若干訝っていたが、旅の間に二人、上手く絆を深めたようだった。学院へ戻って来てからの、レイラのテンションが高いように感じられたことにも合点がいく。
お熱いことで、何より何よりと縁側で番茶を啜る気分さながらカップに口を付けたところでレイラに呼ばれた。
「あの、……ラシェル様」
しずしずとラシェルの傍まで寄って来たレイラに、ラシェルは隣の席を促す。
「レイラ様、どうぞ私のことはラシェルとお呼び下さい」
「では、ラシェルさん……」
レイラは先までの勢いを消し、ありがとうと言って腰掛けると、控えめにラシェルを窺いながら続けた。
「旅に出る前のことですが、私……貴女のことを誤解していました」
俯き、詫びの言葉を述べる。
「貴女にはもう、大切な婚約者がいらっしゃったのですね……」
何ら他意のない、であるからこそ真っ直ぐな響きを持つ彼女の言葉に、ラシェルは瞬間、胸が詰まる思いがした。
〝大切な婚約者〟――――……。
そうだ、と膝の上に乗せた手を拳に変えて握りしめる。
今後ディルクがリサに出会おうと、そして絶世の美女である彼女に心奪われようとも、ラシェルにとって彼が掛け替えのない、大切な存在であることに違いはない。
「はい……」
彼のことを想い、慕い続けることは今までもこれからも、ラシェルに変わらず与えられている権利だ。
仄かに朱が差すラシェルの頬から、全てを悟ってくれたのだろう。
微笑み返すのみで、レイラからディルクに関するそれ以上の詮索はなかった。
「私の勘違いで、貴女にはしなくてもいい苦労を掛けてしまいました。ただ、申し訳ない序で本当に心苦しいのだけれど、もう少し……できれば約束の夏休みまで、執行部の一員としてこのまま書記の仕事を引き受けては頂けないかしら」
「えっ……」
「都合がいいのは百も承知だけど……クロードが貴女のタイピストとしての腕をとても買っているのと、私自身、これから暫く事業部のチャリティーで予定が立て込んでいて、引き受けてもらえるととても助かるの」
そう言って、申し訳なさそうに頭を下げるレイラに、ラシェルは頭を上げるようお願いする。
私からも、と、いつの間にか隣に居た第二王子まで頭を下げそうな勢いを気取って、ラシェルはすかさず任せて下さいと、こちらから願い出た。
「ごめ、ね……ラシェ……」
レイラに寄り添い、一緒に詫びようとするローレンスを見て、彼女は瞳を潤ませる。「殿下……!」
そんな二人の遣り取りに、けれどそこでヒヤリとラシェルの背中を冷たい物が伝った。
自分の事ばかりで失念していたが、それ以上にレイラの方が危うい立場にいるのではないかと気付いたからだ。
そう、もしこのまま編入したリサが正規ルートであるローレンスに白羽の矢を立て、この二人の仲を引き裂くようなことになったらと想像した途端、キリリと胃が痛んだ。
今なら、分かる気がする。
普段、沈着冷静で理性的で、何事にもキチンと道理を通そうとする貞淑な彼女が嫉妬に狂い、無視から始まる低俗な嫌がらせをリサに仕掛けて追い詰めようと画策した気持ちが。
心を通じ合わせた相手が刻一刻と離れ、奪われていく痛みとは、一体どれほどのものだろう。
寧ろ彼女自身が、追い詰められていたに違いない。
レイラ様のお力になれるなら大歓迎ですとラシェルは精一杯二人に微笑みながら、心ではどうか、リサがローレンスとディルク以外の人と結ばれますようにと、願わずにはいられなかった。




