72.確信犯
昼休み。
食堂の片隅で、テキストを傍らにディルクが用意してくれた問題プリントを解き進めながら、二人してお弁当を頬張る。
「……ぅん、ようようはふはめへひたな」ディルクがモグモグゴックンして続ける。「この単元はある意味慣れだから、忘れた頃にまた例題を用意しよう。じゃあ、次の問題」
彼の言に従い、ラシェルも一口齧ったおにぎりを左手に持ち直し、モグモグしながら問題を解く。
行儀は悪いが、限られた時間で量をこなしていくには摘まみながら作業できるスタイルが効率的だろうと、今日のお昼ご飯は中に具を詰め込んで握った海苔巻きおにぎりと卵焼きに糠漬けという、いつもに増してシンプルかつ地味な内容になってしまった。
普通、女性向け作品なんかだと、こういう時はピンチョスとか手鞠寿司とか、見た目にも可愛らしいお弁当が定番だろうが、ラシェルが作ったのは爆弾おにぎりである。
おかか、チーズ、昆布の佃煮。塩漬けサーモン、胡麻、青紫蘇と、取り敢えずその辺に残ってる物をかき集めて入れ込んだ。
試験対策中は作るのも食すのもタイパ命。
運動部男児三人抱えた肝っ玉母ちゃんさながら、迫力ある巨大おにぎり弁当に仕上がった。
前も思ったけど、この世界にお弁当文化がなくて本当に良かった。特にキャラ弁。
そして、ディルクが何でも食べられる子で良かった。
「うーん……ごめん、ディルク。ここまででギブだわ」
「どれ、見せてみ」
もう無理と突っ伏すラシェルに、ディルクが手を伸ばしてノートを受け取る。
テーブルの端に対面して二人座っていたが、少し遠くて、まだるっこしくなったのだろう。ディルクは残りのおにぎりを咥えると椅子を移動させてラシェルの斜め隣に座り直した。
ラシェルが書き込んだノートを手に、等式を見るなり「やっぱり、引っ掛かったか」とイジワルな笑みを浮かべる。
「ここの文章題は、一見関数に見えて、実はベクトル問題なんだよ」
ふむふむ、とラシェルも持っていたおにぎりにパクつきながらディルクの説明に身を乗り出したら、ちょうどテーブルの下で彼の膝が自分の太腿に当たった。
あっ、と思ったけれど、ディルクが何食わぬ顔で解説を続けるので、ラシェルもそのまま素知らぬフリで正答を書き写していく。
「出て来た解を、直接座標に書き込めばいいのね」
「そう。これが一番手っ取り早くて、分かりやすい」
冷静さを装いながらも、互いの服の布越しに、ぴとりとくっついたままの脚から伝わってくるディルクの体温を感じてドキドキした。
この状況、本当に気付いていないのか、彼の表情を盗み見ようと視線だけ向けかけたところで後ろから声がかかる。
「よっ、御両人。がんばってるね~」
「うわっ。ビックリさせるな、メル。それに、皆も……まだ食べ終わってなかったのか?」
集中を破られ、ディルクがやや驚きの声で返した。振り向いた先にいつもの面子を見て、さらに表情を和らげる。
「今日、食堂がいつもに増して混んでたんだよ。何でも調理機材の一部が壊れたとかで、並んでたらこんな時間になった」
やれやれといった調子でグエンが溜め息混じりに肩を落とす。
「それは災難だったな」
「こ、これ……教科は、す数学? らラシェル嬢は理系科目苦手なの?」
広げていたノートを見て、ヴィックが尋ねる。
「えっと……寧ろ得意科目ナシ? 全教科、どれも押し並べて苦手って言うか」
「相変わらず、素直なところが可愛いよね」
その隣でクツクツと肩を震わせるのは、褒め殺しのシモン。
それほどでも~、と緩く微笑み返すラシェルを見て、甘やかすなとディルクがシモンに睨みを利かせる。
「ごめん、ごめん。集中しているトコに水を差したね」
「じゃ、メシも食ったし、オレらはこれで退散するわ」
「おう。帰れ帰れ」
「悪かったな、ディルク。二人の逢瀬を邪魔するつもりはなかったんだが」
「フレッド、お前、言い方な。誤解を招くからヤメロ、人聞きの悪い」
「ラシェルちゃんも、また放課後ねー」
テオが明るい調子で元気に手を振る。
嵐のような六人衆だったなぁと思いつつも、良い気分転換になったと、ラシェルもニコニコとして手を振り返し、彼らの背中を見送った。
が、その裏で、ラシェルはずっと、この状況に内心、顔から火を吹きそうなほど悶絶していた。
ラシェルとディルクの脚が、今だピトリと引っ付いたままなのだ。
居心地の悪さからすぐにでも離されると思っていたのに、気付いてないのか気にしてないのか、ディルクも離そうとしないので依然として触れ合ったままになっていた。些細な事といえばそうかもしれないけれど、みんなの見えていないところでディルクと二人、繋がっているような気がしてドキドキした。どこか背徳めいた感じもして、ゾクゾクもした。胸の鼓動は早鐘を打ちっぱなしで、呼吸も僅かだが浅くなる。
けれど、それら全てを平然というオブラートに包み隠して、どこからだっけとラシェルは惚けてディルクに訊き直した。
互いに意識してしまったら、もうくっついていられなくなるから。
少しでも長く、少しでも多く、彼と触れ合っていたい。
そう思ったから。
「ここの部分だな……」
ディルクも素知らぬ顔つきで、再び解説に入る。
これは単独犯か、共犯か。もしくは確信犯か。
彼の横顔を盗み見ながら、そんなことを思ってしまうのは、春休みにかなりの数のミステリー小説を読み耽ってしまったからだろうか。
シリーズは全て読破したというのに、今もまだそれを読み進めているかのようなスリルを味わいながら、ラシェルは昼休みの間中ドキドキが止まらなかった。




