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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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69.復活

 



 帰宅して簡単に夕食を終わらせると、手早に入浴も済ませ、忙しなく今日の昼にクロードから教わった部分のテキストとノートを開く。辞書と、資料集と、去年の物も引っ張り出したらデスクは一面、それらで埋まった。

 今日習った部分は今日中に頭に入れておかないと、クロードに迷惑をかけてしまう。

 暗記箇所を確認して、シートで隠しながら一つづつ覚えていたところでふらりとディルクがやって来た。

「ごめんなさい。急なものでなければ、用件だけで終わりにしてほしいんだけど……」デスクから顔も上げず、ディルクに話しかける。「明日までに色々と、仕上げておきたいことがあるの」

 ソファーへ通されたディルクは腰掛けると、今しがたラシェルに出されたハーブティーと同じものをニーナから受け取り、カップに口を付けたところで先の言に眉を潜めた。

「議事録の清書を頼まれていた件、生徒会の締め切りは随分前に終わってるだろう。まだ忙しいのか?」

「うん……実は新しく、別の文書の清書も頼まれちゃって……」

 そこで一度ディルクを振り向いて、溜め息混じりに溢す。けれどまたすぐデスクに向き直るラシェルを見て、ディルクが訊いた。

「断らなかったのか?」

「勿論、授業の復習も遅れてるし、そのつもりでいたわ。けど今回のは締め切りもないし出来るところまでで良いって言われたのと、さらに私の勉強が遅れてるなら、一緒に復習を見て下さるとまで仰って頂いて……」

「は……?」

 やや苛立ちを顕にした声で、ディルクが返す。

「それで今、昼休みを使って勉強を教えてもらってるんだけど、私これまでテスト勉強以外してこなかったから重要事項も何も全然覚えてなくて。これ以上クロード様の手を煩わせるわけにはいかないから、自分でできるところは寝る前の時間を使って、こうして暗記物を中心に覚え直しているの」

 とは言うものの、今までのツケが多過ぎな上に、これまで溜まっていた疲労と寝不足から効率も悪く、正直、焦りばかりが募っていた。

「じゃあ、何か? お前は今も放課後は文書作成の仕事をしつつ、さらには昼休みも生徒会の奴らと勉強して過ごしている、と……?」

「奴らっていうか、昼休みに部屋を訪れるメンバーは殆どいないから、クロード様と二人きりで個別授業のような状態かしら」

 つきっきりで学院一秀才の頭脳を占領しているにもかかわらず、遅々として学習が進まないのはひとえに自分の勉強不足と能力の低さが原因だと、ラシェルは己の不甲斐なさに肩を落とす。

 が、次の瞬間、ピシッというラップ音が部屋に響き、ラシェルは驚いて咄嗟に辺りを見回した。

 が、それはラップ音ではなく、ディルクが持っていたカップを握り割った音だった。

 辛うじてカップの形は維持しているものの、彼の指先から綺麗に亀裂が何本も入っている。

 さらに当人はといえば、昏い表情で俯き、ぼそぼそとまるで呪いの呪文でも吐き出すかのように先からずっと何事か呟き続けている。

 恐ろしい……。

 怪奇現象以上に恐ろしい光景を目の当たりにして、ラシェルは背筋を凍らせた。

 そして突如としてピタリと呪文の詠唱のような呟きを止めると、カップを器用にテーブルのソーサーへ戻し、ディルクはソファーから立ち上がってラシェルの傍へ歩み寄る。

 ちらと見た彼のカップは、次の瞬間、ソーサーの上で粉々に砕けた。こ、恐すぎる。

 ちょっと見せろと身を乗り出し、デスクに広げていたノートに目を通す。

「…………何だ、ヤツも大したことないな」

「えっ」

 口元を歪め、不敵な笑みを浮かべてそう零すディルクをラシェルは恐々見上げる。多分、クロードに対する批判を口にしているのだろうが、とても学年トップの成績を誇る相手に使う言葉とは思えず、ラシェルは目を見張った。

「身の程知らずが。たかだかこの程度で、よく人に教えるなんて言えたもんだ。しかも相手はクソ物覚えの悪いラシェルだぞ、一体コイツは何十年かけて教える気だ」

 いつもよりオクターブ低めの声でボソボソと独り言つ。

 何か、ついでとばかりにサラリと自分もディスられた気がするけど、取り敢えず今はスルーしておこうと思う。もう、めっちゃ怒ってる。めっちゃ怖い。

 そして徐にディルクはこちらに顔を向けてくるのだが、ギギ……ギギギと首が軋むような音が聞こえた気さえした。本当、めっちゃ怖い。やっぱめっちゃ怒ってる。

「もう、行くな」

 目も心なしか血走ってる気がする。

「はぃ……?」

 意図が分からず、震えながらもラシェルは聞き返した。

「明日から、お前の勉強は俺が見る。だから、クロードとかいうヤツの勉強会は断れ」

「でも、ディルクは領政とか色々忙しいでしょう? これ以上、貴方に手間を掛けさせるわけには……」

「婚約者であるお前の出来が悪いのは、俺の責任でもある。他人に手出しされてはフィリドールの恥を世間に晒すも同然。これ以上そんなこと、させるわけにはいかないだろう」

「うぅ……」

 大魔人のような形相と圧でそう迫られると、ぐうの音も出なかった。

「それに俺ならもっと効率よく、お前に教えられるぞ。お前のことを誰より知ってるのは俺だからな」

 えっ。

 何だか迂闊にもトゥンクしそうな言葉が交じっていた気がしなくもないけど、それ以上に彼が自分のことを心底バカだと思っているという部分は胸の内に留め置こう、とラシェルは心に誓う。ぐぬぬ。

「ウチの始末はウチで付ける。俺に悪いと思うなら、昼の弁当を復活してもらおう。それを一緒に食べながら昼休みに勉強するのと、寝る前の十分間。それだけで、全科目CもしくはB判定を約束してやる」

「ほっ、本当……?」

 咄嗟に、羨望の瞳でディルク様を拝顔した。我ながら素早い変わり身である。

「お前のことだ。ギリギリ、ディプロマが取れればA判定なんて望んでないだろう?」

 首がもげそうな勢いでコクコクと頷き、祈りを捧げるが如く両手を組む。

 うちの婚約者様が物分かり良すぎて痺れた。

 学院の成績はA~D判定で、Aから順に優・良・可・不可。D判定さえ免れれば単位は取れる。

 正直、勉強なんてどうでも良かった。

 下衆と言われても構わない。

 兎に角、単位が欲しかった。喉から手が出るほど欲しかった。

「なら明日、必ず断れ。あと今日はこんな勉強、すぐに止めて寝ろ。この二つが出来なければ、俺は一生お前の勉強を見ない」

 何だか神々しいほどに、ディルクが眩しい。

 後光が差す、菩薩様のようだとすら感じた。

「わ、分かりました……! 寝ます! そして必ずクロード様の勉強会、断ります!」

 何故か最後はコントみたいな終わり方になってしまったが、彼の教え方が上手いのは去年の夏、少しだけ数学を教えてもらった時に実証済みなので、この苦行から抜け出せると思っただけでも天にも昇る気分だった。

 さらにディルクの言葉を免罪符に、今夜はいつもより早く床に就くことにする。

 これまでの睡眠不足を補うかのように、ベッドに横になった途端、ラシェルは意識を手放していた。




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