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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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67.奥手

 



 翌週から毎日、昼休みを使ってクロードによる個別補習が始まった。代わりに、月曜と部活がある日以外の放課後は清書の打ち込み作業に充てている。実は、勉強を見てもらう件についてラシェルはかなり固辞していた。けれどクロードが引かず、最終的には強く言えないラシェルが折れ、彼に押し切られてしまった。

 相当、タイピングが苦手と見える。

「うん? また一昨日と同じところで躓いてるな」

「そ、そうなんですか……?」

「……ここの部分は、一年次に習った分類法が頭に入ってないと話にならない。試験前にやっつけで暗記して終えてるだろ?」

「はぁ……」

 すみません、と頭を下げる。

 本音を言うと、ラシェルがクロードの提案を頑なに断っていたのは、薄々こうなることが目に見えていたからに他ならなかった。

 本来であれば、天虹最推しのクロードに勉強を見てもらえるなんて光栄以外の何物でもない。しかもまるで、あの名場面の再現のようですらあるシチュエーションに、ファンとしては歓喜してもおかしくない、寧ろご褒美と言えよう。

 ゲームのリサは設定上、学園には中途編入のため勉強で遅れをとっていることを気に病んでおり、それを察した学年トップの成績を誇るクロードが彼女の勉強を見ることになる。甘い雰囲気を漂わせつつ、懇切丁寧に教えるクロードに対し、覚えの良いリサもみるみる吸収して美貌だけでなく教養も備えた淑女に成長する……という、美麗スチル満載のシーンなのだが。

 翻って現実のラシェルはというと、身分差から肩身の狭い思いで恐縮しつつ教えを乞い、しかも理解も物覚えも悪く、なかなか身に付かないという体たらく。

 前世で、秀才の兄二人から勉強を教えてもらった時のことがラシェルの中でまざまざと思い出され、溜息が漏れた。

 理解が浅いと詰められ、暗記箇所の漏れを指摘され、自分が如何に馬鹿であるかを連日叩き込まれた、あの日々。

 その時の状況と今が、まさに酷似していた。

 しかも相手は兄でなく憧れのキャラときているのだから、なかなかに心折られるものがある。

 どんなに優秀な頭脳をもってしても、受け手が無能だとこうも無惨な結果に終わるのかと、己のポンコツぶりに泣きたくなった。自覚はしていたけど。

「俺の説明、分かりにくいか……?」

「えっ……」

 クロードに窺うように訊かれ、ラシェルはハッと俯けていた顔を上げた。

 まさか、そんなことを言われるとは思ってもみず、ブンブンと首を横に振る。

「いえ。ご指摘の通り、テスト前に一夜漬けで終わらせていた私が悪いです。家でもう一度、覚え直して来ます」

 慌てて暗記箇所を手早にメモり、公式にも下線を引こうとしたところで、クロードがラシェルの手を包み込むように押さえた。

「いや、それじゃダメだ。この時間内に終わらせないと、君の負担が増えるばかりで全然フォローにならない」

 いきなり手を握られ、ぎょっとするも本人は無意識のようなので一先ずそのことは置いておく。

 それより気になったのは、彼の表情に、どこか焦りのような陰が滲んで見えたことだった。

「あ、頭の出来が悪いもので……すみません……」

 あははと苦笑いで取り敢えず返す。

「違う、俺の教え方が完全に悪い。自分からフォローを買って出ながら、不甲斐ない……」

 悔しそうに目を下へ落として、クロードが溢した。

 そんな、思いがけずラシェルの気持ちに寄り添う姿勢まで見せるクロードを目の当たりにして、しかし感動を覚えるより申し訳ない思いでいっぱいになった。

 悪いのはクロードではない。

 ラシェルの頭だ。

 地頭の良いリサならすんなり理解できて、彼をこんな風に落ち込ませることはないと知っているだけに、心の中で死ぬほど土下座する。

「いえ、そんなこと仰らないでください。クロード様は全然、悪くないので」

「いや、俺も他人に教えるのは初めてで、要領を得ずすまなかった」

 真面目な彼らしく、「これはもう一度、教材研究からだな」と、何事もなかったように握っていた手を離し、そのまま教科書を開く。

 ちょっと緊張していたので、ホッとした。

 そこから互いに、自習タイムに入る。

 ラシェルは取り敢えず暗記事項の確認。

 クロードは教科理解を深めるためのガイドとして、資料との関連や根拠となる書籍のタイトルを教科書に書き込んだり、ノートに記していった。それと同時に、自身の理解に疑問が湧いたところはもう一度辞書を引き直したりと、ラシェル以上に膨大な量の勉強をこなす。

 そんな姿を見て、攻略対象者はやっぱりすごいなという感嘆が勝手にラシェルの口をついて出た。

「ん? 何か言ったか?」

 つい溢してしまった心の声を、聞かれてしまったと焦ったラシェルは否と言って首を振る。

「いえ、あの、クロード様は、お優しいなと思いまして……」

 嘘ではない。

 議事録の清書という頼み事があるとはいえ、こんなポンコツ相手に自分の時間を割いて、懇切丁寧に教えてくれようとしているのだから。その辺の学院教師より、よっぽど教育熱心かもしれない。

 もちろん、攻略対象者とか口走ってしまったことを隠したいわけでは…………あるけれど。

 そんなラシェルの言葉を聞いて、ついとクロードは無言でそっぽ向いてしまった。

 やっぱり聞かれていたのかと焦ったが、

「そんなことはない。一度口にしたことは、完璧に出来ないと気が済まない性分なだけだ」

 ぶっきらぼうに言う、彼の耳が赤いのを見てホッとする。

 怒っているのではなく、照れているだけのようだ。

 そもそも、攻略対象者とか言われても何の事だか分からないよなとラシェルも冷静さを取り戻して思った。どうも、攻略メンバーと一緒にいるとすぐ頭の中テンパり気味になってしまってダメだ。

 それにしても、照れて嘯く仕草とか。

 どこかの誰かさんと似てるなと、小さく苦笑が漏れた。こういうところは、攻略対象者とはいえ、年相応だなとも。

 それを咳払いで隠しつつ、徐に立ち上がる。

「どうした?」

 突然席を立ったラシェルに、クロードがやや慌てた調子で聞く。

「気分転換がしたくなったので、お茶を淹れて来ます」

 ありがとうと言うクロードに小さく微笑み返し、ラシェルは給湯室へ向かった。

 その後、予鈴が鳴ったところで、それまでに纏めたものと一緒にクロードから「明日、これの続きから始めよう」と笑顔で言い渡された。

 重い。

 物理的にもそうだが、主に精神的に。

 クロードは昼休みだけで済まそうと思ってるようだが、そのためには絶対的に、この残念なオツムには予習と復習が必要だ。彼の恩に報いるためにも、これは明日までに一夜漬けしてでも頑張らねばと、プレッシャーが胃を直撃する。

 はい、と返事をしたが、自分はちゃんと笑顔で返せていただろうかと、泣きたい気持ちで生徒会室を後にした。




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