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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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65.無自覚の罠

 



 生徒会の仕事で忙殺されるうち、いつのまにか暦は五月へと入っていた。

「よく間に合わせたな。……うん、訂正箇所も無さそうだ」

 ご苦労、と副会長から初めて労いの言葉をもらう。

 書記を任された初日に手渡された書類の締切が今週末だった。今日は第一水曜で、放課後に会議を控えている。会議後の数日は議事録のまとめに時間を取られがちなので、この昼休みに提出が間に合って良かった。

 クロードの言葉を聞いて密かにホッと胸を撫で下ろしてから、ふと見上げた窓の外に生い茂る新緑が目に留まる。

 東風そよぐ木々のざわめきに若葉が揺れ、空の青とのコントラストが眩く映える(さま)に呆然と目を奪われた。

 途端、攻略メンバーたちが和やかに談笑している影が、窓ガラスに反射して視界に映る。

 この生徒会室で毎日のように眼福に与れるなど、周りの女子生徒たちからしてみれば羨ましい限りと妬まれそうなものだが、今の自分にとっては疎ましいばかりだった。

 会議があれば議事録の作成があるし、日常の雑用はもとより、思いがけず他の書類仕事が入る日もある。もちろん生徒会の御方々とお近づきになれたのは喜ばしいことだが、それより上下関係の方が骨身に染みついてしまったというか、浮ついた心など、仕事に不要なものはハードな日々を過ごす中で全て削ぎ落とされた。

 思い出に浸って、前世(むかし)を懐かしんだのも一瞬のこと。

 司書の女史やデュランが楽しみにしているミステリー小説の翻訳が、殆ど進んでない。ディルクのお弁当作りだけでなく、お菓子作りさえ最近してない。

 碌に好きなことも出来ず、正直、仕事仕事の毎日で心が削られていくのを感じていた。

「本当に助かった。正直なところ俺もレイラも機械類には疎くて、理事への提出をどう言い訳すれば引き延ばせるか、彼女と頭を捻らせていたところだったんだ」

 出来上がった文書に目を通しながら、冗談めかして笑う。

 これまた最近のことだが、ラシェルは自分に対してクロードの当たりが柔らかくなったように感じていた。

 その理由にも、心当たりがある。

 ディルクに生徒会室から教室へ送り届けてもらった日の放課後、案の定、クロードに彼と引き合わせてもらえないかと頼まれた。レオノキアの政治、経済、文化について興味があるらしく、実際のところを是非詳しく教えて欲しいというものだった。

 初対面での軽率な言動、あれはディルクの出自を問うたのではなく、単純に興味の表れだったのだ。

 思い返せばゲーム内の彼は異国の文化に詳しく、多文化交流にも積極姿勢で、クロードのルートでは閉鎖的なアウローテの政治体制に不満を溢していた。

 しかして帰宅後にディルクから得た返答は、否だった。

 フィリドール領政のこと、屋敷の庶事、学院の予習復習と、やることは山積みで他人の興味本位に付き合えるほど時間を持て余してないと、にべもなく断らた。

 とはいえディルクの言い分は尤もであり、彼に頼りきりのラシェルがこれ以上お願いすることは憚られたので、次善の策として、クロードには自分がディルクから聞いて知り得た情報を話すことで容赦願った。

 以来、打ち込み作業の合間にレオノキアの文化水準や、フィリドールがカイルラスと定期船を持った話等をするようになり、最近ではクロードの中でのラシェルの株も少しは上がったような気がしている。

 そんな経緯から、今の言葉もどこまでが本音だろうかと思いつつ、愛想笑いで受け流した。

 ……いや、クロードがアナログ派というのは確かリサとの会話でもあったな。今のに限っては案外、全部本当かも。

「じゃあ、あと私の仕事は、月二回行われる会議の議事録を取り纏めるのと、単発で依頼される書類の清書くらい……ですよね」

 これまで連日、昼休みと放課後はめいっぱい生徒会の仕事に掛かりきりだった。帰宅して夕食と風呂を済ませたらベッドに倒れ込む毎日で、週末も気力が湧かず、カラードスピネルへ行く元気も出ないままダラダラと過ごし、授業の復習すら殆ど出来ていない。

 自堕落そのものだが、こんな生活も今だけと割り切って今日まで来た。

「私の責任ですが、勉強の方が今、少し疎かになっていて……そろそろ復習もしておかないと、期末テストが怖いというか」

 学院は期末テストしかないものの、その分、範囲が膨大で普段から復習をしておかないとテスト前に泣きを見る。去年はまだ内容が易しかったが、今年に入って急に難易度が上がった。最近は授業に付いて行けないことも屡々で、焦りを感じているのが正直なところだ。

「そうか……。実はもう一つ別件で、頼まれてほしい物があったんだが……」

 立ち上がり、クロードが休憩室へ足を向ける。

 ここはそもそも、何代か前の先輩が巨大ソファを置いて休憩室と称するようになっただけで、正確には古い議事録や文書、備品の保管場所なのだという。

 部屋に入ってすぐの、目立つところに据え置かれた事務用のスチール棚から、厚さ五センチはありそうなファイルを二冊取り出してラシェルへ手渡す。

 中を開くと、過去の会議資料のようだった。

「古い手書きの議事録で、保管用に活字で残すよう先代から繰り下がり繰り下がり引き継いでいるものなんだ。場所をとるから整理に困るというだけで期限はないのだが、そろそろ棚が手狭になってしまって……」

 ファイルに綴じられたページを捲るだけで頭痛がする。正直これをタイプする時間があったら小説の翻訳が何冊分出来るだろうと過ったけれど、そんなこと言える筈もなく「はあ……」とだけ返す。

「もちろん、全部とは言わない。空いた時間に出来るだけ、レイラが戻るまででいい。その間の勉強のフォローは俺がしよう。……頼めないだろうか」

 そもそも互いの立場を考えれば、彼の命令一つでラシェルは諾としなければならない。

 にもかかわらず、勉強を見るとまで彼に言わしめ、譲歩すらさせてしまった。

 この状況にラシェルは責を感じ、内心、不承不承ではあったものの表には出さず、分かりましたと引き受けざるを得なかった。




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