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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
邂逅編

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64.dirty talk③

 



「ラシェル……!」

 腕を組み、凭れていた柱から体を離してラシェルの傍に寄る。

 ディルクだった。

「どうして、こんなところに……?」

 学食もクラスルームもフロアが違うし、方向も真逆なので驚き目を瞠る。

「担任から呼び出されてたんだ。ついでだから、ラシェルを教室まで送ろうと思って」

 なるほど、と独り言つ。生徒会室の東、廊下の突き当りが職員室だった。

 ありがとうと微笑んで、俯きはにかむ。ディルクの顔を見て、やっと自分らしく息ができたような感じがした。

 生徒会に入って、まだ二日目。

 身分も家格もハイクラスのメンバーに囲まれ、思っていた以上に張り詰めていたようだ。

 また、こうして離れて考えてみると、あの猥談もひょっとするとラシェルを和ませるための彼らなりの気遣いだったのかもしれないと思い至る。前世(むかし)、一度だけ短期で入った警備のバイトがおじさんだらけで、あんな感じだった。

 中身二十代でバイト経験豊富な私だからスルーできたけど、これが普通の令嬢だったら卒倒するか憤慨するかのどちらかで、それこそ君らが問題にしてた退学を言い出しても仕方ない案件だったぞ、とは思ったけれど。そもそも下ネタで距離を縮めるって、男同士での手法だろ、とも。

 自然と握りしめていた手に力が入る。

「仕事、終わったのか?」

 心配そうなディルクの声に、はっとラシェルは顔を上げた。

 あれこれ巡らせたところで、結局、彼らの本心は分からない。

 これ以上考えるのは時間の無駄と、ラシェルは溜め息と共に「ううん」と苦笑いして返した。

「まだまだなんだけど、予鈴を聞いて切り上げたの」

「……かなりの量を任されているんじゃないか?」

「あー、まあ。それほどでもないけど、締め切りがあるから」

 眉を潜めて声を低くするディルクに、昨日のニーナと同じく抗議するなんて言い出されたらそれこそラシェルでは止められないので、適当に躱す。実際に手をつけてみたら結構な膨大量だったので、安請け合いしたことを実はちょっと後悔していたところだったりするのだけれど。

「ラシェル嬢、忘れ物だ」

「クロード様……!」

 不意に後ろの扉が開いて、声をかけられた。

 声の主であるクロードの手の中に見慣れたペンケースを見止め、あっ、と自分の手荷物を確認する。

「申し訳ありません、うっかり……」

「いや、まだ近くにいてくれて助かった。……そちらの彼は?」

 先から目を眇め、こちらを見つめてくるディルクの方を見てクロードが尋ねた。

 本人は自覚なく、様子見程度に窺っているのだろうが、ただでさえ目つきの悪い三白眼を細めたら凶悪にガラの悪さが増すから止めれ、とラシェルは心の中でディルクにツッコむ。つい、素直に紹介していいものか躊躇ってしまうほど、今の彼は完全に不審者か犯罪者にしか見えない様相をしている。

「えっと……、こちらは、その……フィアンセの」

「ディルク・ウェーバーだ」

 食い気味に被せてくる。

「じゃあ君が、隣国の商家の出という……」

 クロードにしては、初対面で出自を問うという配慮を欠いた言葉にラシェルは思わず耳を疑った。それを受けて、きっちりとディルクの方は臨戦態勢に入ってしまう始末だ。

 生徒会室でアンリに睡眠の妨害だ、とか言っていたけど、まだ寝ぼけてます?

「……そう、ですけど。俺の婚約者に、まだ何か?」

 ラシェルとクロードの間に肩を入れ、ずいとディルクが前に出る。

 こんな強引な物言いの彼も初めてで、ラシェルはまたも耳を疑った。

 二人が対峙すると、身長こそさほど変わらないものの、体格の好いアスリート体形のクロードと並んだことで、逆にディルクの細身な身体つきが強調された。

 ルックスにしても、目の下に隈を象っていてさえ西洋彫刻のように整った絶対的美形と、やたらと目付きの鋭い凶悪顔。

 もしここにギャラリーでもいようものなら、絶対的にディルクの分が悪い状況だ。というか、このチートに外見整いまくっている攻略キャラに対抗できるのは、やはり攻略キャラ以外いない。

 そこに先の言で出自まで明かされ、圧倒的な格差を突き付けられては、大概のことでは動じないディルクも流石に怯んだ表情を見せた。

「いや。彼女にはこれ以上、何もないが……」

「じゃあ、授業に遅れるので。失礼します」

 ラシェルの手を取り、額に滲ませた冷や汗をクロードから隠すようにディルクが踵を返す。

 行こうと言って手首を掴むディルクの、思いがけず強い力にラシェルは戸惑った。ちらりと顧みたクロードは苦笑を浮かべながらもラシェルに頷き返してくれたので、彼が後からディルクの無礼を咎めるようなことはないと見ていいだろう。

 ただ、あの様子から、彼が自分ではなくディルクと話したがっているのはラシェルからでも容易に見て取れた。にも拘らず、普段は敏い彼が、それに気付かず自ら会話を断ち切るなんて。

 思えば昨日から、少し様子が変だった。

 明日から暫く昼は学食で済ますと昨夜、ディルクはラシェルの部屋まで断りに来ていた。その言葉には、少しでもラシェルの負担を減らそうという彼の意図が汲み取れた。弁当作りは習慣になっているし、自分の分は今まで通り作るのだから大した手間ではないと伝えたが、デュランが戻ったらまた頼むと言ってきかなかった。

 先の、職員室から帰るついでだったという話も一旦は納得したが、やはりどこか白々しい。必要以上にラシェルに気を使っているというか、遠慮しているように思えた。

 その一方で、俺の婚約者といった、自分の所有を主張するような物言い。

 どうにも、彼の言葉に一貫性が感じられなかった。

 そこではたと、ラシェルは気づく。

 ディルクはいつも、自分より立場が上の人物にはネコをかぶって適当に合わせるのに、今日はそれをしていなかった。

 学年が同じとはいえ、一応敬語らしきものは使っていたし、クロードがどういう立場の人間かも分かっているはずだ。なのに何故……?

 ふとラシェルは、王室主催の舞踏会の日、クラスメイトと楽しそうに談笑しているディルクを見た時も同じように感じたことを思い出す。少しずつ自分の殻を抜け出そうとしている彼を、素直に嬉しく思った。

「もう、自分より格上の人にネコかぶるの、やめたんだ?」

 ラシェルの右手首を掴むディルクの手に、そっと左手を重ねて彼の表情を伺い見る。

 一瞬、肩を震わせたディルクが、気まずさを滲ませた表情でゆっくりとラシェルを見下ろした。

「シモンたちが、貴方を変えてくれたのかしらね」

「まぁ、認めたくないが……そうかもしれない」

 痛かったかと訊いてくるディルクに、ううんと首を振って返すと、掴んでいた手をそっと離してくれた。

「あと、この環境じゃキリもないしな」

 最後は照れ隠しに冗談めかして肩を竦める。確かにと、ラシェルも笑ってそれに返した。

 その後、渡り廊下に差し掛かったところで不意に会話が途切れ、どちらからともなく沈黙する。

 本当は掴まれて少しだけ痛かった手首も、こうして完全に離れてしまうとどこか物寂しく、ラシェルは僅かに歩を速めてほんのちょっと手を前に差し出した。

 同じタイミングでディルクは歩を緩め、やはり僅かに後ろへと手を差し伸べる。

 指先が触れ合い、ちり、と全身に電気が奔ったような感覚に襲われた。思わず見上げたら同じく驚いた表情のディルクと目が合う。漆黒の瞳の奥に紅い揺らめきを見て、吸い込まれそうになる。

 そこからは言葉なんて要らなくて、まるで磁石が引き合うかのように指先が絡み合い、気付けば互いに手を繋いでいた。

 水の中を歩いているかのように、フワフワと足元が覚束ない。

 息遣いまで浅くなる。

 胸の鼓動が、早鐘を打つ。

 最近になって、ラシェルは自分の中でディルクへの依存心というか、愛着のようなものが深くなっていることに気がついた。

 学院でも、彼の姿を見かけただけで嬉しい。目が合って、声を聞いて、笑って。そういった日常の小さな出来事にも幸せを感じた。偶然に触れ合えば、そこから痺れるような熱が伝わってきて、ひどくラシェルを高揚させた。

 正直、今、彼がいなくなったらラシェルは自分の身体の一部を削がれたような喪失感を覚えるだろう自信があった。

 これから先も、彼なしの人生なんて考えられない……考えたくない。

 彼のことは家族のように大切に思ってきたけれど、この感情は、もう少し違う形のような気もしていた。

 けれどその正体が何なのか……それを突き止めるのはもう少し後でいいと、今はあまり深く考えないようにしている。

 もう少し、この曖昧な感情に甘えていたい。揺蕩う揺らめきの中でモラトリアムを漂っていたい。

 そんな風に考えていた。


 ラシェルの教室へ辿り着いたところで、ちょうど本鈴が鳴る。

 名残惜しさを分かち合う間もなく別れ、ディルクはそのまま慌てて自分の教室へと戻って行った。




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