63.dirty talk➁
「それにしても、ラシェルちゃんの化けようには驚かされたよね」
「ホント。痩せて美人になるなら分かるけど、痩せてエロくなるなんて初めて見た」
アンリの歯に衣着せぬ物言いに、ラシェルは思わず口に含んだ紅茶を吹きそうになる。
おいおいおい。
昨日の「エラそう」は聞き間違いでなく、本当に「エロそう」言ってたんかい。
「確かに。好い具合に弛んだ肉感が、男心を擽るっていうか」
「うん。バストも巨乳ではないけど、手にしっくり収まるサイズではありそう。あと断然、男好みの身体つきって感じで」
「つい見惚れちゃうだろうね。……普通の男なら」
「女はもっと痩せたいって言う体形なんだろうけど、安産型って言うの?」
「さらに、あのとろんとした瞳で上目に見つめられたりしたら、大概はオチちゃうだろうね。……普通の男なら」
ちょいちょい挿し込まれるアルフレッドの「普通の男なら」も気になるところだが、それより本人を目の前に、何セクハラ発言してんだ、と心の中でツッコむ。特にアンリ。
アルフレッドも止めれば良いものを、天然なのか助長してるし。
「本人の前だから言ってるんだけど。本人居ないところで話してたら完璧、狙ってるみたいな話になるでしょ?」
まるで心を読まれたかのような絶妙のタイミングで、アンリがこちらを向いて言った。と、同時に思い直した表情で、「いや、イケるか?」と独り言つ。
「ごめん、やっぱさっきの取り消し。ねぇ、ラシェル嬢。僕ら、セフレにならない?」
はぁ? と、今度は穴が開くほどラシェルはアンリを見返した。
「前のおデブちゃんな時はお話にならなかったけど、今の君ならアリかなって」
「…………」
「今まで趣味と実益とストレス解消を兼ねて大人と愛人契約いっぱいしてきたんだけど、たまには同世代の子を摘まみ食いするのも良いかな~って。学園内だと下手に噂になったら後々面倒臭いから避けてたんだけどさ、君なら婚約者もいて秘密の共有が出来るから安全そうだし」
政略結婚だって聞いてるから相手の男が好きってわけでもないんだろ、と屈託のない笑みを向けてくる。
「うわー。アンリ、下衆だねぇ。流石に引くわー」
合いの手のようにツッコむアルフレッドの声が霞むほど、アンリの言葉を聞いて、ラシェルは強い眩暈を覚えた。
この男は一体、何を言っているんだろう…………。
しかも彼の論理だと、こちらに拒否権があるなんて思ってもない様子だ。すごい自信だと思う反面、かなり年配のマダムから一生徒でしかない自分まで射程範囲広いなと驚嘆した。
何より、アンリってこんなキャラだっけ……?
確かに、出会い頭から際どい発言が多かったけど。
恋愛上手で甘え上手、年上キラーというのは設定で分かっていたが、ゲーム脚本では全年齢向けに随分補正を効かせてたということか。こんなにも性に奔放だったなんて……。
「あの、……私のような者にお声をかけていただいたこと、非常に光栄とは存じますが」一応、断られることなど念頭にないプライドの高さを、へし折ってしまわないよう、しっかり謙譲しておく。「その……何と言いますか。初めては好きな人に捧げたいと所望している所存で……」
てゆーか、このぶっ飛んだ倫理観に何故私が合わせなきゃならんのか。頭が沸いてきて、何か最後、言葉遣い変になったじゃないか。
頭の痛いやり取りに終止符を打つべく、何とか言い繕った反論に、えっ、とアンリが返す。
「えっ……? でもこのままじゃ、政略結婚の相手がその初めての人になるんじゃないの?」
適当に躱したつもりが、意外にも的を射た彼の指摘を受け、今度は別の意味で頭が沸騰した。
「わっ、わわわ私たちは……ああくまで契約上のフィアンセでして」ディルクが初めての人とか、そんなのはあり得ないことで!「配偶者となった後も白い結婚といいますか、互いの私生活に口出ししないことを約束してますから……っ」
「なら、初めて以外は誰とでもセックスし放題ってこと? もっと好都合じゃん」
とっとと好きなヤツと初エッチ済ませちゃってよと、アンリがにこやかにラシェルの初体験を急かす。
何故そういう解釈になる?! 私の説明、そんなに分かりにくかったか?!
「いえ。そっ、その、そういう意味ではなく、ですね……、その、…………」
ダメだ。
アンリのペースに呑まれまいと平静を心がけていたのに、何故か突如、心の均衡が破られた。
もう、何をどう返したら良いのか、全然分からない。
会話の破綻具合に、少なくとも、もう二度とローレンスのことをとやかく言う資格はないなと反省した。
「そのくらいにしておけ、アンリ」
顔から今にも湯気を吹き出してしまいそうな勢いで目をグルグルさせていたら、奥から突然、助け舟とも取れる声がした。振り向くと、休憩室から蒼髪の麗人が目の下にくっきりと隈を浮かべた恨みがましい形相で現れ出る。どうやら例のソファで、仮眠をとっていたようだ。
「いたんだ、兄さん?」
「アンリ、お前はラシェル嬢から丁重にフラれているのが分からないのか」
そうなの? とアンリに問われ、ラシェルは項垂れるように俯くことで肯定を表した。
「ありゃりゃ……。っていうか兄さん、盗み聞きなんて趣味悪すぎ」
フラれた腹いせに八つ当たりしているのが丸分かりの態度で、アンリが話題をすり替える。
「バカを言え。お前らの猥談が嫌でも聞こえて、こっちは安眠を妨害されたんだ。貴重な睡眠時間を返せ。あとラシェル嬢、君も一々相手にしなくていい。くだらん」
「はあ……」
助けてくれたのはありがたかったが、同時に説教も受けて、ちょっと凹む。それとは対照的に、ちぇーとアンリは唇を尖らせた。
「アンリ、お前の無礼が原因で彼女に逃げられでもしたら、俺としてもレイラに会わせる顔がない」
低俗な言動は慎めと、寝不足も相俟ってかギロリと鋭い目を向ける。
アンリもこれ以上不毛な言い争いをするのに飽きたようで「はーい、お兄様」と、すんなり土俵から降りた。
ちょうどそこで、午後の授業の予鈴が鳴る。
うぅ……貴重な昼休みを潰された……。
アンリの茶番に巻き込まれて殆ど仕事にならなかったことを恨みに思いつつ、けれど次の授業の用意もあるためラシェルは急いでデスク回りを片付けた。まだ部屋に残ると言う三人に軽く頭を下げてから廊下に出る。
生徒会室の重い扉を閉めたところで声を掛けられた。




