62.dirty talk①
次の日の昼休み、ラシェルは生徒会室に籠ってタイプライターを前に只管打ち込んでいた。
昨日、屋敷に戻ったらデュランの執事と名乗る男が応接間で二人の帰りを待っていると聞いたので慌てて向かうと、彼が公務で暫くまたラシェル達に会えない旨を伝えて帰った。以前も家族の体調不良で会えなかったことがあったけれど、今度は彼のバックボーンを知っているだけに、ローレンスとレイラの不在が理由かもしれないと過る。振り回された者同士、次に会った時は互いに労い合おうと心に決めた夜だった。
「おはよー」
作業の手は休めないまま、昨夜の事を振り返っていたら、欠伸と背伸びをしながら社長出勤のアンリが生徒会室へ顔を出す。
「ラシェルちゃん、お茶……」
もう一度欠伸を噛み殺して、応接セットのソファーにだらりと腰かけた。
「今、登校ですか?」
彼の姿を目にした瞬間から、こう来ることは予測していたので仕事の目処を立てていたラシェルは直ぐさま席を立つ。お茶の用意をしながら、彼の話に耳を傾けた。
「ふあぁ……昨日の夜、なかなか寝かせてもらえなかったんだよね~……女って、どうして四十過ぎるとああも性欲強くなっちゃうかなぁ、特に人妻」
知らんがな。
傾けた耳を返してくれと、アンリの繰り出すセクハラ発言にうんざりする。
無視を決め込んで、フレーバーティーでいいですかと訊いたら、ありがとうと力なく返された。
ごそごそとラシェルが紅茶を用意する以外、暫く静かだった部屋に扉が開閉される音が響く。
「あれ? アンリ、学校来てたの?」
次に生徒会室へと顔を出しに来たのは、アルフレッドだった。
「いんや。今、来たところ」
「なるほどね」
「アンリ様にフレーバーティーを用意しているのですが、アルフレッド様も同じ物でよろしいですか?」
給湯室から顔だけ覗かせて訊く。
「ラシェルちゃんもいたんだ。うん、ありがとー」
あと、オレのことはアルでいいよと付け加えられた。
ニッコリとしてそれには返し、手早に用意を済ませて彼らが座る応接用のソファーの前に置かれたローテーブルに紅茶を差し出す。自分用には二番煎じを持参していたマグカップに入れ、デスクの脇に置いて再び仕事に戻った。
二人、目の前の紅茶にホッと息をつき、一緒に出していたお茶菓子に手を付けながらお喋りに興じ始める。元々お喋り好きなアンリと気さくなアルフレッドのコンビは、ゲーム中でも会話を進める潤滑油のような役割をよく担っていた。
「ねぇ、また自主退学者が出たんだって?」
「ああ。今度はC組だと。今年に入って、これで何人目だ?」
「知ってるだけで、他学年も合わせたら四人はいるよ。どうなってんの、今年の学生さんたち」
「まあ、みんな第二子第三子ばかりだから、まだ実害は無さそうだけど……」
「今後のことを考えると、クロードは頭が痛いところだろうね。実際の生徒会は彼が取り仕切ってるし、ローレンスは立場上、責任が取れないから」
「まあ、兄さんのコトだから上手くやるよ。そのための特権だって、優遇だってされてるんだから」
「ただ、それらをあの真面目堅物なクロードが行使するとは思えないけどね。変なところで器用貧乏だからな、君の兄さんは」
確かに、と二人、ティーカップに口を付けて頷く。
と、そこでアンリが今、気が付いたように「ところで」と話題を変えた。
「ねぇ、ラシェルちゃん。コレ、茶葉変えた?」
急に話を振られ、ラシェルはタイプの手を止める。
「あ、はい。前回ちょうど使い切ったので、自宅から新しいのを持って来たのですが……お口に合いませんでした?」
「ううん、美味しい。ドコ産?」
「ウォレス領のトゥシャール地方です。産地としては新しく、まだあまり知られてませんが私は気に入ってて」
へぇ、とそれを聞いたアルフレッドが目を細めて微笑む。再び口に含んで、香りを楽しんでいるようだ。
お茶やお菓子は各自の持ち寄りと聞いていたので、ラシェルお気に入りの物を持ち込んでいた。生徒会にいる御方々の目に留まれば、ひょっとすると何か良い循環が起きるかもという淡い期待も込めて。
無駄話は勘弁だが、営業できるとあらばグイグイ行くぞと、内なる商魂が疼く。
ちなみに今、彼らが口にしている菓子もカラードスピネルの新作だ。やっとオリジナルのレシピが出来て、先日漸く一般販売が適った。そう言えばレオノキアはコーヒー文化で紅茶にはあまり拘りがなかったようなので、今度、店へ行った際にはランドルにもウォレスの紅茶を推しておこう。
マグカップのお茶を美味しく啜っているように見せ、その裏で少しでも身内の利益にならないかとラシェルが皮算用を巡らせているうちに、いつの間にか男性二人の話は大きく違う方へと舵を切られていた。




