60.舞台➁
「ちわーっす」
「やっほー」
クロードの弟であるアンリと騎士団長の息子、アルフレッドだった。やや遅れて、教皇の一人息子のユーグが無言で入る。
飄々としていて、けれどどこか目が離せない母性本能を擽るタイプのアンリは、緩くウェーブがかったセミロングで深緑の色をした髪にエメラルドの円らな瞳を携える。
快活豪放、精悍な顔つきに燃えるような緋色の髪と琥珀色のタイガーズアイが特徴のアルフレッド、それとは対照的に繊細で線が細く、寡黙で穏やかな印象のユーグは薄氷のような水色の長髪とプラチナの瞳を湛え、その佇まいは真珠の持つ神秘的な美しさにたとえられることもある。
豪華な面々が自然体で勢揃いする様子に圧倒され、呆気にとられているとアンリがこちらに目を向けて、あれっ、と声を上げた。
「ごめん、兄さん。お取込み中だった?」
ラシェルの作業を隣で監視していたクロードと顔を見合わせたアンリが、揶揄いの色を滲ませた笑みを向けてくる。
「バカを言え、お前じゃないんだ。神聖な生徒会室で破廉恥な妄想はやめろ」
その神聖な生徒会室でも、リサ相手だとチューしちゃうんだけどなぁ。
というリサ至上主義者へのツッコミは、ラシェルの心の中に留める。分を弁えてるから。
「破廉恥って……いつの時代の言葉だよ。てかガッツリ妄想してんじゃん。相変わらずムッツリだな、兄さんは」
つまんないの、と表情を無くしたアンリが欠伸を噛み殺し、席に着く。
「で、兄さんのツレじゃないなら、そのエロそうな子、一体誰なの?」
エロっ……?! いや、エラそうの聞き間違いか。
「失礼なこと言うな。同級の、ラシェル・デュ・フィリドール嬢だ。レイラが自分の仕事を任せると言って、引っ張り込んできた」
「は……?」
アンリが口をあんぐりと開けて一瞬、時を止める。興味はないけれど行きがかり上、愛想で尋ねた質問の答えに唖然としているようだった。
ややあって、ラシェルを足の先から頭の天辺まで舐めるように見回し、嘘だろ、と零す。
「フィリドールって、……あの?」
「お前の言う『あの』の意味は分からんが、フィリドールといえば一人しかいないだろう」
「えぇっ?! 君、ローレンスとアンリの三人で教室へ訪ねに行った、あの時の真ん丸お嬢ちゃん? 痩せたねー!」
脳筋が兄弟の会話に割って入り、誰もが憚って口にしなかったことをストレートに言ってのけた。それに対し、ラシェルは「はあ」と一応微笑み返して頷く。
誰も彼も、どこまでも失礼だ。いいけど、別に。
「それで、レイラは? 暫く旅行かどっか行くって?」
微妙に流れた気まずい空気に、すかさずアンリが話題を変える。
クロードも察したのか、軽く咳払いして「ああ」と続けた。
「王子と愛の逃避行だそうだ。あそこの家も、良く分からん。いちいちローレンスを巻き込まないでもらいたいものだが……」
「結局のところ、彼も甘いからね……」
不機嫌を隠さないクロードに、アルフレッドが肩を竦めて苦笑を漏らす。
「ねーねー、ラシェルちゃーん。僕、喉乾いたー」
漸く場が和んできたと思っていた矢先、アンリの甘えた攻撃が始まった。プレイしていた時は「可愛いなー、もぅ」で終わっていたが、実際されるとこうもイラっとくるものかと、しょっちゅう絡まれているクロードの気苦労がラシェルにも実感として伝わる思いがした。
「申し訳ありません……先程こちらへ来たばかりなため、勝手が良く分からないもので……」
えー、使えなーいと尚も足をじたばたさせるだけの幼児に、こめかみあたりの血管が一本切れた音がしたような気もするが、グッと堪える。ここに来てからの自分は、振り回されてばかりだと思った。
まぁ、ストーリー上、攻略対象者たちが周りをブン回さないと展開が始まらないから、こういうキャラクター設定になるのは仕方ないのかもしれないけど。もしくは高位貴族というのが、そもそもこんななのか。
ぐぬぬ。身分制度、恨めしい。
「アンリの我儘は気にしなくていいが、これからのこともある。給湯室の説明をするから、ついて来い」
先から思っていたけれど、パワハラつよつよなクロードだが、唯一この面子の中で会話が通じる相手というのが何とも辛いところだ。
レイラがいない以上、今のアンリのように彼女が担っていた雑用も当然の事として自分の仕事にされることは明白。気は進まないけれど、教えてもらえることは全て教えてもらっておくに越したことはないと、目線で促すクロードの背中を追った。
ひどぉい、お兄様~と後ろから聞こえた声は当然無視だ。
生徒会室は、扉を開けてすぐの所にちょっとした前室があるものの、すぐに執務室兼応接室兼会議室という、わりと大きな一室があって、その隣に給湯室、更にその奥には仮眠を取ることも出来るサイズのソファが置かれた休憩室という三部屋からなる。何故そんな巨大ソファが設置されているかというと、……もちろん乙女ゲー的ムフフな展開があるからである。(察し)
間取りはゲームで確認済みだが、当然のことながら給湯システムや戸棚の中までは把握できていない。テキパキとお茶を用意するクロードを手伝いながら、収納場所や流儀の説明を受けた。
そうして二人で用意したお茶とお茶菓子を持って戻れば、会議の始まりだ。
望んでない上にパワハラもセクハラもしこたま受けそうな職場環境に今から気が滅入るも、こうなったら短期の仕事と割り切って、何とか任された責務を果たそうとラシェルは覚悟を決めた。




