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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
開闢編

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57.放課後の企画会議




放課後、お茶の準備のため、ラシェルは皆が集まる時間より少し早めに多目的教室奥の給湯室へ入った。

『フィリドール景気振興対策会議』と、何故かテオが命名した集まりに、ラシェルはこれが初めての参加となる。

教室は放課後になると直ぐ業者の清掃が入ることから基本使用禁止のため、放課後に残って何かする場合は申請して、この多目的教室等を使うよう規定されていた。クラスは三年間持ち上がり制で、こちらも問題がなければ基本、同じメンツで三年間、学生生活を送る。

マフィンを入れている籐籠をテーブルに置くと、ラシェルは棚からティーセットを取り出した。お湯を沸かし始めたところでシモンが顔を覗かせる。

「遅くなって、ごめんね。テーブルのマフィンは、ひょっとして君の差し入れ?」

ええ、とラシェルは顧みて頷き返した。

給湯室の使い方をシモンに教わりながら、二人でお茶の用意を進める。

「実は毎週日曜に、趣味と実益を兼ねて知り合いのパティシエから焼き菓子を習ってるんだけど、たくさん作るからお裾分けにと思って」

「実益?」

不思議そうな表情で返すシモンに、ふふとラシェルは微笑む。

「今、住んでる王都の別邸ね、入居する前にディルクが厨房をリフォームしてくれて、私専用のキッチンを作ってくれたの。そのお礼に、学院が休みの日はお茶菓子を私が用意する約束をしたんだけど、持ってるレパートリーが少ないのと腕が未熟だから、そのパティシエの方の元で修行させてもらってて……」

「それはまた、贅沢な話だね」

「そうなの。レオノキアの老舗菓子店で長く働いた経験のあるダヴィットさんって言って……知ってるかな。カラードスピネルっていう、メインストリートから一本入った裏通り沿いにあるお店なんだけど、そこのオーナーとディルクが幼馴染だから、そのよしみで私も……」

そうじゃなくてと、両頬を膨らませたシモンが、わりと真剣な表情でラシェルの目と鼻の先まで顔を近づけて言う。

「ディルクが、だよ」

「えっ……」

「フィリドール嬢、御自らがお作りになられたお菓子を毎週、当然のように食べられるだなんて」

「そんな、大したものじゃ……」

ダヴィットさんと一緒に作ってるわけだし、とラシェルは後ずさる。

「そもそも、御両親は君が厨房に立たれることをよくお許しになられたね。お菓子作りは、小さい頃からの趣味とか?」

「ううん。料理をするようになったのは、去年の夏にディルクがうちへ来てからよ。彼、フィリドールに来た当初、すごく体調が悪かったみたいで拒食気味だったの。それで、何か少しでも口にしてもらえたらって思って始めたのが切欠かな」

以来、ディルクのこととは関係なしに料理にハマってしまい、今では完全に趣味の領域だ。彼とは偶々、味覚の好みも合うので試作した物を食べてもらって感想を聞いたり、その流れで朝食やお弁当まで作るようにはなったが、それがなくとも料理は続けていたと思う。前世の食生活を再現したいという好奇心だけでなく、単純作業に没頭したり、盛り付けを含め、料理を完成させるというのは想像以上に心を充実させ、安定させてくれた。

デブでブスでコミュ障、かつ友人ゼロの四面楚歌してたから、めっちゃ自尊感情低くて精神的に死にそーだったもんね。ディルクと出会った頃の私。

うんうんと腕組みして嘗ての自分を振り返り、ちょっぴり涙しそうになったのは秘密だ。

まぁ、それはいいとして。

もちろん、ジータやダヴィットという、腕のいい料理人やパティシエが近くにいて、簡単に師事できた環境も大きかった。

「今回のマフィンのレシピはダヴィットさんの自信作でね。昨日のお茶請けに出したら、ディルクもすごく気に入ってくれたから期待してて」

ディルクが飽きてしまわないように、昨日のティーブレイクにはチョコチップ、今日持って来たのはプレーンとアーモンドプードル、そして紅茶葉を生地に入れ込んだ三種類を用意した。ディルクにも皆にも喜んでもらえるといいなと、つい笑みが零れる。

「あー。ますます、ディルクが羨ましいよ……」

盛大な溜息を吐いて肩を落とすシモンに「そんな」と苦笑しながらラシェルは返した。

「だって、その話からするとディルクのヤツ、お茶菓子だけじゃなくて、しょっちゅう君の手料理を食べさせてもらってるんだろう?」

「ええ……まぁ……」

でも、と吹き出しそうになるのを堪えながらラシェルは続ける。

「初めて私が作った料理なんて、とても食べられたものじゃなかったのよ? 母も侍女も卒倒して、使用人のみんなにも家畜の餌以下って罵られて。それでも立場上、文句の一つも言えず完食せざるを得なかったディルクのことを思い出すにつけ、本当申し訳ないことしたなって反省しきりよ」

「けど、フィリドール嬢の手作りには変わりないだろう? なら、僕が彼の立場でも喜んで食べてたけどなぁ」

「冗談。それこそお腹壊して、大変なことになるわ。お父様には『弱ってるディルクの止めを刺しに来たか』とまで言われたんだから」

しかも自分は一口も食べずに、だ。やはり思い返すにつけ、あの父は相当な狸だとラシェルは確信を深める。

「なるほど……自分たちが誂えた婚約者のためにすることなら、たとえ調理であれ、ご両親も娘に口出ししないか」

シモンが一人、納得した様子で呟く。

「それにしても、政略結婚とは思えないくらいフィリドールのお二人は相思相愛、仲睦まじいよね。羨ましい限りだよ」

「またまた……」

先から続くシモンのベタ褒めに耐えきれなくなってきたラシェルは、話題を変えた。

「ところで、いつもシモンがお茶の用意を?」

「まぁ。みんな、こういうことに気が回るメンバーじゃないしね。それに僕は、みんなみたいに一芸に秀でてるわけでもないから」

茶葉をティーポットに入れながら、どこか自信なさげに肩を竦める。

「そんなこと言わないで。私はシモンと今こうして一緒にお茶を淹れることができて嬉しいわ」

「ありがとう。やっぱりフィリドールの人は、お祖父様が仰ってた通り優しいね」

「そんなこと……」

その、お祖父様当人がジリ貧のフィリドールを見限ったと聞いているけれど、……今はまだ聞かない方がいいかなと聞き流すことにする。

「優しいだけじゃなく、ラシェル嬢は努力して本当に綺麗になったよね」

「ありがとう。綺麗だなんて、そんなこと言ってくれるのはシモンだけだけど、嘘でも嬉しいわ」

不意に容姿を褒められて、ラシェルは思わず赤面する。初対面で言われた時には不信感しかなかったが、こうして付き合いを始めてみるとまた受け止め方が変わってくるから自分でも不思議だ。お世辞と分かっていても、やっぱり嬉しくて何処かこそばゆい。

「そんなことないって。恥ずかしいから面と向かっては言わないだけで、みんなそう思ってるよ」

確かにシモンは他のメンバーのようなオタク気質ではなさそうだが、こうして率先してお茶を用意したり、円滑な人間関係を築くのに惜しみないリップサービスが出来たりと、過剰なほど周りに気を使えるのは一種の才能だとラシェルは思う。建前とはいえ、ランドルの時と同じく真に受けるのを止めたら、気前よく煽ててくれるシモンとこうして一緒にいるのは褒めて伸びるを自覚するラシェルにとって心地よい時間だ。

「ほら、そうやって照れてる姿も可憐で可愛い」

「シモンこそ。品が良くて優しいから、女性にモテるでしょう?」

「まさか僕なんて。女性は厳しいからね、生徒会の方々に釘付けで、眼中になんてないよ」

「あら、女性を見くびっては駄目よ。それこそ顔や態度には出さないだけで、貴方のことを慕ってる令嬢は多いと見たわ」

「またまた。ラシェル嬢もなかなかお上手だね」

「シモンには負けるわよ」

「……気持ち悪い褒め合いはそのくらいにして、みんな揃ったし、そろそろ向こうで始めないか」

ハハハ、ウフフと悦に入ってお互い褒め合っていたら、いつの間に来ていたのか、ディルクの鋭いツッコミが入る。

だんだんと狸のばかし合いみたいになってきて、結構楽しかったんだけどなーと名残惜しさを噛み締めていたら、教室の方から他のメンバー達の声が聞こえてきた。いつの間にか皆、集まっていたようだ。

お喋りで留守になっていた手を再び動かし、ラシェルはシモンとディルクの三人で人数分の紅茶とお茶菓子を用意して出した。


「新規に企画を立ち上げるのもいいけど、今あるもので何か活用出来ることってないかな……?」

グエンがそう零して、マフィンにかぶり付く。

「今あるもの、か……」

フレッドが口許に手を当てて考え込む。

「うおっ!? 何っじゃこのマフィンんん!! めっちゃウマいぃぃいいい!!!」

突如として雄叫びを上げるグエン。

「ディルク、何か思い付くモノとかない?」

「えっ?えっえっ?! これマフィン? マフィンなの?!」

続いてテオも感嘆の声を上げる。その隣でモッモッ、と無言のまま食べ続けているのはヴィックだ。

「急に振られてもなぁ……」

「外、サクサク。中、ふわっふわ。めっちゃ甘いんだけど、口当たり軽いのと紅茶との相性抜群で、いくらでもイケるっ」

「ちょ、マジお前ら何なの。煩ぇから、ちっと黙ってろや」

話し合いに集中したいメルが、いちいち会話に差し込まれてくるマフィンの感想に、苛立ちを露にする。

「いや、いいから。騙されたと思ってメルもいっぺん食べてごらんよ」

そう言ったテオに、半ば強引に口の中へマフィンを押し込まれたメルが、けれど次の瞬間、カッと目を見開く。

「!」

「ほらね」

「既存の概念覆されるな……これがそうだと言うなら、俺が今まで食ってたマフィンはゴミだッ」

口の端しに付いた欠片を親指で拭い、それすらもったいないといった仕草で舐め取り驚愕の声を上げるメル。

「あの。な、何かごめんね、逆に……」折角の議論が、自分の持ってきたマフィンによって細切れにされていく様を見てラシェルはたじろぐ。「来週からは差し入れ、やめよっか……?」

『いやっ! 是非、来週以降もよろしくお願いしますっ!!!』

ラシェルの提案は、何故かこの時だけ全会一致で皆声を上げ、秒で却下された。


「取り敢えず夏休みには何かしら動いてみたいから、どうせなら夏にちなんだものがいいよね」

シオンがティーカップから口を離し、改めて議論再開となった。

「は、花火がダメなら噴水はどうかな? 夜は光のスクリーン、昼間は家族連れが楽しめる水遊び場を作る、とか……」

おずおずとヴィックが手を挙げると、すかさずそれに被せるようにフレッドが反論する。

「いや、それにしたってかなりの金がかかるだろ。どっかパトロンでも用意できるなら話は別だけど」

あてでもあるのかと問うフレッドに、肩を竦めて「ない」と返すヴィック。

「そうそう、お金と言えばだけど。どうせなら下見を兼ねて、バイトも出来たらいい資金集めになるんじゃない?」

と、テオ。

「ラピス村って、避暑地でもあるんだよな? リゾートバイトとかできないの?」

メルが話すと、バカ、とフレッドがツッコむ。

「バカ、それができるならイベント立ち上げようなんて言わないっつの。涼しい以外、なんの産業もないから閑古鳥鳴いてるって話なんだから」

散々な言われようだが、現実を受け入れるところから始めないと、建設的な話は出来ない。

ラシェルは「うーん」と腕を組み、何とも言えない気持ちになる。

「夏といえば、肝試しなんて昔よくやったなぁ……」

不意にシモンが昔を懐かしむ口振りで話す。

「やった、やった。兄弟と、もう使われなくなった納屋とか離れに入って、度胸試しするの」

「そうそう。その後、必ず親に叱られたりして」

「ちょっと大きくなったら、領内の心霊スポットにダチと入ったりもしたなぁ。可愛い使用人の娘とか数人連れて、楽しかったー!」

色々と思い出したのか、続いてグエン、テオ、メルも身を乗り出して言い合う。

グエンに至っては、お前そんなことしてたのかと、真面目堅物なフレッドから窘められた。

「それなら、廃墟ツアーなんてどうかしら。ねぇディルク、去年の夏休み、ラピス村の帰りに使われてない教会で雨宿りしたの覚えてる?」

「あったな、そういえば」

「あと、ウチが元、王家の直轄領だったのも知ってるわよね?」

「ああ。史料で読んだが……」

「その関係で、今はああいった教会を含め、廃墟になってる旧公爵家の邸宅や別荘が中北部を中心に、まだかなり残ってるの。それも合わせて古城巡りとか、カイルラスからの旅行客なんて呼び込めないかしら」

建物はどれも瀟洒な石造り。当時の貴族が家門の威信をかけ、どれも名だたる職人が建てた物でもあるため、古いだけで耐久性に問題は無いと思われる。

「カイルラスからの観光客は、長期的展望としては悪くないと思うが、今すぐは知名度が無さすぎて難しいだろうな。けど、廃墟ツアーなら王都のカップル向けに行けるかも」

ふむ、とディルクが好感触な頷きで返す。

「初期投資殆どゼロで、効率も良さそうだ」

とは、フレッドの言。

「じゃあ私、雰囲気がありそうな物件をいくつかピックアップしておくわ」

「おぉ~、初めて具体的な案が纏まったな」

「ホント、ホント!」

「これからが本番だけどね。本当に実現可能かどうか」

歓喜の声をあげるテオとメルに、フレッドが締め括る。

現実的な提案も出たことで、夏休みは忙しくなりそうだと、ラシェルは今から心躍らせた。




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