56.真昼の光景
昼休みに三人、いつもの丘の上でお弁当を食べた後、デュランが顔を綻ばせながらマフィンを頬張る。
「月曜は、これがあるから楽しみなんだよねぇ」
いつだったか、日曜にカラードスピネルで作ったお茶菓子の一部をお裾分けでデュランにもあげたら気に入られ、それ以来ずっと月曜日はお弁当と一緒にお菓子も渡して彼に楽しんでもらうようになっていた。
さらにこの春からはディルクのクラスメイトである例の仲間たちが他の予定を調整してくれ、集まりが月曜の放課後になった。そのため新年度からは日曜に持ち帰る焼き菓子の量を増やしてもらい、その日のディルクのお茶請けと翌日のデュランの分、そしてお礼の意味も込めて集まりの差し入れにと学院へ持って来ている。
ちなみに新メニューのレシピ開発は上手く行き、先日、リニューアルオープンと称して漸く店でも日の目を見る運びとなった。けれど同じ味では客はすぐに飽きるとパティシエのダヴィットがランドルを説得し、半ば強制的に日曜日のメニュー開発は続けられている。ランドルは頭痛の種が尽きないことに引き続き胃を痛めているようだが、ラシェルとしては甚だありがたく、こうして今だに肖っているというわけだ。
ラシェルの隣でもくもくとマフィンを頬張るデュランの反対隣で、ディルクはいつものように「昨日食べたし、放課後に貰うからいい」と言って春の木漏れ日に芝生で寝そべり、午睡を貪っている。
「ところで、僕も司書の女史から読ませてもらったよ! 寝台特急シリーズ、すごく面白いね!!」
マフィンを食べ終えたデュランが、思い出したかのように話を振ってきた。やや興奮気味に、続きが楽しみだよとラシェルを見る。
総じて言えることだが、この国には娯楽が少ない。学術書や歴史書はあるものの、文学に関してはせいぜいが純文学くらいで、所謂エンタメ小説のような分野は殆ど刊行されていない。民衆の識字率が低く、書は文人や上流階級の物という意識が大半を占めていることも関係していると思われる。
そのため、こういった娯楽文学にデュランなんかは飢えているんじゃないかと思ったのだ。
「あ、やっぱり? 彼女のためにと思って翻訳し始めたけど、デュラン君の好みとも合う気がしてたの。二~三作くらい翻訳出来たら纏めて渡そうと思ってたんだけど、もう読んじゃったか」
「何の話だ?」
突然の話題に身体を起こし、ディルクが話に割って入る。
「前に倉庫からタイプライターを出してもらったでしょう? その時、司書の女性のために翻訳するって言った本が、実はミステリー小説でね……」
「面白いのか?」
「うん!」
訊くディルクに、大きく頷くデュラン。
「あるホテルで殺人事件が起きるんだけど、犯行の手口と動機から被害者の元恋人が怪しいって警察は睨むんだよね。でも、その人にはアリバイがあって。そこで捜査一課の名物刑事で乗り鉄の主人公が在来線を分単位で乗り継ぎ、さらには王都と南西部の都市を月一回だけ運航する超マイナーな寝台特急を使えば犯行時刻に間に合うかもって、めちゃくちゃ分厚い国鉄の時刻表見ながら実際に乗り継ぎ、推理していくっていう……!」
「えっと……俺も読ませてもらおうと思ってたんだけど、今のでほぼネタバレ完了だよな。俺は何を楽しみに読み進めたらいいんだ?」
「えへへ……」次作、乞うご期待とデュランが後ろ頭を掻く。「つい説明に熱が入っちゃった」
可愛いから許す、と透かさずラシェルは心の中で独り言つ。最近、第三王子の愛らしさが富に増しているように感じるのは自分だけだろうか。
そして、私もなるべく早く次の話を翻訳するからと、デュランの援護射撃のつもりでディルクに上目遣いしたら、ありがとうと許された。一件落着。
「……でも、無理はするなよ」
こんな時でも気遣いの言葉を忘れないでくれるディルクに、うんと頷いて彼を見上げたら、何故か恥ずかしそうに目線を逸らされた。利き手で口許を覆い隠しているので、実際の表情は読めないが。そんな彼の不可解な仕草を目にして、なんでだろと思いながらも、生来、好きな事には疲れを感じにくい体質のようなので、そこは大丈夫と気丈に返したら目を合わさないままポンポンと頭を優しく撫でてくれた。器用だ。
「ところで例の件、聞かなくていいのか」
ふと思い出したのだろう。それまでの態度を改め、ディルクが私に促してくれた。
そうだった、とラシェルも思い出し、再びデュランに目を向ける。
「ねぇ、デュラン君。ウチがカイルラスと交易を始めたのは知ってる?」
「確か、結構前に陳情書が上がっていたよね。承認されたんだ」
「ええ。そこで相談なんだけど、ウチは新大陸との交易は初めてになるから公衆衛生が気になってて。もうスタートさせてしまってるから遅まきではあるんだけど、向こう独特の風土病や感染症情報なんかを、今からでも王都の国際港と共有させてもらう方法はないかしら」
「ついでに関連するワクチンなんかも譲り受けられたら尚良し、……ってトコかな?」
「えへへ……その通り。あと外来種が混入しやすい、バラスト水の扱いとか。王都で対策取ってても、ウチがザルでそういったものの入り口になったら良くないでしょう?」
「まぁ……その通りだから、今回は僕の方から早急に手を打つよう衛生局に話をしておくけど……。ていうか、そのあたり当局から何の指導も指摘もなかったの?」
「なかった。あったら俺もその時点で気付くか、何か事前に対策を打ってる。ラシェルが気付かなかったら、そのままで放置していたところだ」
ディルクも身を乗り出して、デュランを窺った。
「そう、だよね……うん。ありがとう」
顎に右手を添え、何かしら考え込んでいる表情でデュランが礼を言う。そして、少しでも急いだ方が良いからと話を切り上げ、足早に王宮へ帰って行った。




