52.新たなる仲間たち
曲を終えても、まだどこか現実味のない心持ちのまま、フワフワする足取りでラシェルは両親が待つ方へと足を向けた。
一歩、また一歩と歩みを進めるのが名残惜しいような、ディルクに手を繋いで欲しいような。
けれどそれを口にする勇気もなくて、視線を彷徨わせる。するとその先に、見慣れない男性と話をする父の姿が目に入った。
「シモンじゃないか」
ディルクが親しげに名を呼び、身を乗り出すとシモンと呼ばれたその人も気が付いて父に会釈してから、こちらに手を挙げる。ラシェルより一足先に駆け寄ったディルクと、気の置けない様子で挨拶を交わす。
「やあ、ディルク。お披露目、お疲れ様」
シモンがかける労いの言葉に、ああ、とディルクが短く応えて訊き返した。
「お前こそ、ブリアック公とは顔見知りだったのか?」
「ううん、初対面だよ。君を探してたら、お声をかけて頂いたんだ」
言いながらブリアックを顧みて、軽く頭を下げる。
「そうか」
「ところで、そちらが君のスイートハート、ラシェル嬢だね」
「…………」
こっ恥ずかしい彼の言い回しに顔を赤らめつつも、ブリアックの手前あからさまには文句も言えず、ディルクはただ不服そうに言葉を呑み込んだ。そんな彼を尻目に、シモンは紹介してよとニッコリ笑う。
「こちらは俺のクラスメイト、シモン・ドゥ・ウォレス伯爵子息だ」
私はこの辺でと、そこで父が母のエスコートに戻ったこともあってか諦めたというよりは厭きれ顔で、やや投げ遣りにディルクがラシェルへ紹介した。
背はディルクと同じか、やや低めの長身で細身。おっとりした印象で色白のキレイめな顔立ちだが、何より亜麻色の癖っ毛、グリーンアイズという特徴には覚えがあった。
「初めまして、ラシェル・デュ・フィリドールです。あの、ウォレスというのは……」
フィリドールは東にポーシャール領、南には王都の他にウォレス領とも接している。ポーシャールとは何故か昔から疎遠にしているが、ウォレス領主とは先々代まで比較的懇意にしていた。亜麻色の癖っ毛とグリーンアイズは、ウォレスの一族によく見られるものと幼い頃の寝物語で祖父から聞いたことがある。疎遠になった切欠は、先代のウォレス領主が合理主義者で、いよいよジリ貧の色が濃厚となったフィリドールを見限り、一方的に関係を切ってきたのが原因とも伝え聞いているが……。
「ええ。僕は所謂おじいちゃんっ子で、幼い頃から先々代が貴女の曾祖父様にとてもお世話になった話を聞いて育ちました。父と弟は、やはり貴女のお父上とあまり親交を深めていないようですが……」
彼の言に、ラシェルが知っている話とはニュアンスの違いも含め色々と引っ掛かる部分を多く感じたものの、お家事情には首を突っ込まないのが礼儀と心得、にこやかに遣り過ごす。見たところ人の悪そうな雰囲気ではないが、穏やかな口調と優し気な眼差しからは諦観すら感じ、精神的に早熟せざるを得ない環境で育ったことを想像させた。
「僕は、ずっとこうして貴女と話してみたかったんです。クラスが違うためなかなか機会が持てず、先にディルクと仲良くなっちゃいましたけど」
「悪かったな、俺が先で」
ラシェルと話したかったというのも社交辞令だと思うが、ディルクと仲が良いのは本当のようだ。彼が素の態度で接していることからも、それが伺えた。今も、ごめんごめんと謝るシモンにディルクは腕を組み、取り合わない姿勢で意趣返ししている。
ならばと、シモンも話題を変えてきた。
「そうそう。今、いつもの面子で飲んでるんだけどディルク、君も来ないか?」良ければラシェル嬢も、と誘われる。「向こうにいる全員、例のイベントを考えてるメンバーだから、いい顔合わせにもなると思うよ」
確かにそれは好都合だなと頷くディルクに、そうだろとシモンが微笑む。
「俺も近い内に、そういう機会をと考えていたところだったから、ちょうどいいかも」
上手くディルクを乗せることに成功したシモンと二人、半ば強制的に背中を押される形でラシェルは彼らのクラスメイト達と引き合わされることになった。
「初めまして、ディルクがいつもお世話になっております。フィアンセのラシェル・デュ・フィリドールです」
心の準備をしていなかったとはいえ、これから自領のことでお世話になるディルクの仲間達を前に、一応の礼儀は通しておこうと恭しく頭を下げて自己紹介する。しかしラシェルが顔を上げるや否や、目の前の男子五人は一斉に顔を見合わせたかと思うと、わっとスクラムを組むように輪になり固まった。さらにはその輪の中に、何故かディルクも笑いながら額に青筋立てるという器用な顔つきで交じりつつ、何やらごにょごにょと話し込み始める。
そんな彼らにどう対処すればいいか分からず、ラシェルは首を傾げながら隣のシモンを窺ったら、肩を竦めて苦笑いされた。
「不躾な連中で、ごめんね。みんな、君みたいに可愛くて嫋やかな女性と話したことなくて、どう接していいか分からず戸惑ってるだけだと思うんだ。他意はないから、気にしないで」
いや君、社交辞令ヘタクソか。これ絶対、またデブスが別人みたいにクソ痩せまくったなとか、エステのモニターでビフォア・アフターいけんじゃねーかとか、そーゆー類の話し合いだよね。絶対そうだよね。
……と、今しがた会ったばかりの彼に言うことなど出来る筈はなく、ラシェルもまた苦笑いで返す。
しかも、言うに事欠いて可愛いだの、嫋やかだの。
正直、外見を褒められたのなんて、痩せた後ですら他人からは初めてだった。そりゃ身内とか親い周囲からは何度か言われたけど、カワイイは女子の挨拶だからね。
シモンの外面がいいのは先の会話から重々理解していたものの、過剰なリップサービスは逆に恥ずかしいだけだから本気でやめて欲しいと思う。
何よりラシェル自身、鈍感であまり噂に敏くない自覚はあるが、流石に春休みに入る前くらいから、学院でフィリドールの激痩せ重病説が実しやかに囁かれていることは耳にしていた。
…………何だろう……何なんだろう。ブーメランか。
人が折角、努力してダイエットに成功したというのに、周りはちっとも認めてくれない。否、認めようとしない。
少しでも健康的に見せようと、ニーナや口紅フェチのセリーヌとメイクの研究もして、なるべく発色が良いファンデとか口紅選んで付けてたのに……って、あれ? もしかして逆効果だったとか?
まぁ、ダイエットに関してはそもそも自己満足で勝手にやったことだし、周りの評価はこの際どうでもいい。そんなことより、こうして着られる服の種類が増え、メイクの楽しみも出来た。努力しただけの対価は、既に充分得ているのだから。
そうこう考えている内に男性陣の会議(?)も漸く終わったのか、咳払いしてディルクが五人のメンバーをラシェルに一人ずつ紹介した。
「向かって左から、グエンダル男爵令息」
「よろしく。一応、気は優しくて力持ちキャラってことで、脳筋って言わないでね。土木・建築が主な家業ってとこかな。オレのことはグエンでいいよ」
「テオドール伯爵令息」
「ども。化学調味料から薬までボクんトコ手広く扱ってるから、薬品関係で困ったら何でも言って。テオって呼んでね」
「フレデリック子爵令息」
「ディルクも得意だが、俺も計算、概算、統計等など。数字には強い家系だから、経営コンサルや経理の面で役に立てると思う。フレッドでいい」
「メルヴィン子爵令息」
「ウチは田舎だけど、フィリドールと同じで土地だけは広いんだ。麻、綿花の栽培を広く手掛けてて、養蚕もしてるから繊維関係なら一通り揃えられるよ。次にドレスを新調する時、前もって言ってくれたら生地を格安で提供するね。メルでいい」
「ヴィクトー伯爵令息」
「う、ウチは……さしずめ工学系ってとこかな……製鉄や金属加工の腕のいい職人囲ってるから……モノづくりなら何でも任せて。ぼ、僕のことも、ヴィックで……」
簡単に言い換えると、ガテン系に弟系、眼鏡男子に草食系、口下手職人気質といったところか。それぞれ方向性は違うものの実務能力に長け、けれど宝の持ち腐れでその能力を持て余している次男、三男の集まりと見受ける。
しかも話してみるとやはり誰もが貴族のわりに建前がなく、気付けば自然と笑みが零れ、ラシェルも彼らとのお喋りに興じていた。
話題は勿論、ラピス村を中心にどんなイベントを展開するかだが、テオドールとヴィクトーでオーロラの合間に花火を打ち上げてはどうかと持ち掛ければ、それだと経費が掛かりすぎるとメルヴィンが却下し、また舞台設営をグエンダルに任せて美人コンテストやファッションショーなんてどうかなとフレデリックが提案してみたりと、言いたい放題だ。
まだまだ具体案が纏まるには時間が掛かりそうだけれど、楽しみは膨らむ一方だと、ラシェルも心地好い一時を彼らと過ごした。




