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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
開闢編

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51.今宵、ワルツをあなたと


 翌日、ラシェルは両親とディルクに手を引かれ、夜会の会場である王城のダンスホールへといざなわれる。王家主催とあって、既に会場には多くの貴族達が詰めかけていた。其処此処から漏れ聞こえてくる話題の中心は専ら、ラシェル達が着くより少し前に到着していたリサの美貌を称えるものばかりで、会場の一角に黒山の人だかりが出来ている。多分、その中心に彼女がいるのだろうと察しつつ、ラシェルは改めて主人公の威厳を感じた。

 リサと言えば以前、ランドルの店を訪ねた際に襲撃されたことを思い出すが、あれ以来一切のコンタクトはない。今日にしても、フィリドールとポーシャールとは領地を接していながらバティスタール連峰を間に挟んでいることと、昔から殆ど家同士の交流がないことから、彼女に近付き様子を窺うのは難しいように思えた。……何より怖いし。

 両親の後ろを付いて歩きながら、ラシェル達はまず恒例の、母の実家であるジャコブ家へ挨拶に向かうことにした。

「父上、母上、ご無沙汰しております」

 再会の喜びと懐かしさの滲む瞳で、母が恭しくお辞儀する。それを同じく懐かしさと慈しみの表情で彼女の両親――――ラシェルにとっての祖父母――――が受け容れた。

「おお、コゼット。元気にしていたか」

「はい。フィリドールは水も空気も綺麗で、お陰様で日々健やかに過ごしております」

 それは良かったと、祖父母共に、目尻に浮かぶ涙を拭って頷く。

 母は妙齢の頃から、女性特有の病からくる体調不良で苦しんできた。子は望めないと医師にもハッキリと告げられたことから幼少期に結んでいた婚約を解消され、その後もどこから漏れたのか、女として不良品との噂まで広がったという。社交界の華と持て囃されていた美しい母は、それ以来、塞ぎがちになり辛い娘時代を送っていたそうだ。身体を病み、心まで病みかけた折、父に見初められ大恋愛の末結婚し、こうしてラシェルという一女まで儲けるに至る。それを考えてみれば、母が父とラシェルに向ける偏愛ぶりは、彼女にしてみれば至極当然のことと納得する部分もあった。

 とはいえ母が心に受けた傷は今なお癒えることなく、極親しい間柄の家と王家主催の会以外は、未だ舞踏会の出席を控えることが多い。ラシェルがあまり外の世界へ積極的に出て行こうとしないのを心配はしていても、両親が最終的に受け容れていたのは、母自身のこうした経緯もあってのことだった。

 徐に、今度は母の後ろで控えていたラシェルに向けて、祖父が目を眇める。

「ところで、この可愛らしいお嬢さんは、どなただね?」

「いやですわ、お父様。娘のラシェルです」

 ぼふんっ、と祖父が驚きで爆発する。

 いや実際、破裂はしてないが、そんな音が聞こえてきそうなほど仰天された。祖母も、祖父ほどではないにしろ目を剥いてラシェルを凝視している。

「こ、これは済まなかったね……ラシェル?」まだ、ちょっと疑問形。「えっと……その、随分と見ないうちに細……いや、素敵なレディになったね」

「ありがとうございます」

 冷や汗を滲ませて言葉を選ぶ祖父の裏に動揺や懐疑が透けて見えるも、それには気付かぬふりしてラシェルは笑顔で礼を述べた。

 そりゃそーだ。

 祖父母の様子に、遅ればせながら母がフォローを入れてはくれたが、彼らは去年、ラシェルがこの初舞台で披露した無様な姿を、今とは違う意味の冷や汗を流しながらも見守ってくれた唯一の身内だ。あの姿の次に見たのがコレでは、取り違えでも起きたかと俄かに信じられなくて当然とラシェルもはにかんで目を瞑る。

 一応、祖父母もこの一年の経緯を把握して納得の表情を見せた後、話題はラシェルの婚約へと向けられた。

「じゃあ、こちらが例の――――」

 目線をラシェルの隣に移して、祖父が父に確認する。

「はい。ラシェルの婚約者で……」

「ディルク・ウェーバーと申します。どうぞ今後とも、懇意にしていただけますよう、よろしくお願い致します」

 彼にしては珍しく、やや緊張気味に声を強張らせて折り目正しく頭を下げた。

 うんうん、と祖父が好々爺然に何度も頷いて顔を上げるようディルクを促す。

「君が非常に聡明であると、ブリアックからも聞いているよ」

「そんな、畏れ多いことです」

「謙遜はいい。見れば大体、私も分かる」

 これまた珍しく顔を赤らめて首を横に振るディルクに、

「ラシェルは小さい頃から外見こそブリアック似だったが、残念ながらオツムの方は娘に似てね」声を潜めて祖父が零した。「しかしさすがブリアックだ、良いお相手を見つけてくれて、私も一安心だよ」

「お父様!」

「おじい様!」

 二人からの抗議に遭い、おや聞こえたかいと豪快に祖父が笑う。

 それを見て、父とディルクもつい笑みを零した。

 最北端に位置するフィリドール家と南端にあるジャコブ家が交流を持てる機会は少ないものの、両家の関係性は良好だった。

 不意に、会場が水を打ったかのように静まり返る。明るく流れていたオーケストラの生演奏が、いつの間にか厳かなものに変わっていた。女王以下、王族が次々に会場へと足を踏み入れる。

 ほんの一瞬、ラシェルとディルクの二人とデュランの目が合って、お互い微かに微笑んだ。

 女王陛下のお言葉を戴いた後、今年のデビュー組が華々しくオープニングを飾ると宴も酣に新しく婚約を結んだカップルはダンスを披露するよう進行役から案内が為され、ホール中央へと招かれる。

「どうした?」

 急に立ち止まり、その場を動こうとしないラシェルに、ディルクが不安げな表情で振り返った。

「違うの。上手く踊れるか、不安で……」

 この期に及んで政略結婚が嫌だとゴネている訳ではないと、ラシェルは慌てて隠していた本音を晒す。

 自信がなく、ただ足が竦んで動けずにいるだけだった。

 拒絶された訳ではないと分かり、安堵の息を漏らすとディルクは何度も練習したじゃないかとラシェルを諭す。

「けど……」

 俯くラシェルの脳裡には、去年、この場で自分が無茶苦茶なワルツを踊ってパートナーに多大な迷惑をかけてしまったトラウマが鮮明に蘇っていた。

 彼は一体、誰だったのだろう。

 今となっては、あの夜の記憶もパートナーの顔も朧気で、何一つ特徴すら覚えていないが、彼には本当に悪いことをした。

 さらにラシェルを気落ちさせるのは、この一年の間に婚約を結んだカップル十数組が躍るので去年のデビュー時と人数的には然程変わりないものの、婚約披露は俄然、注目度が高いということだった。

 同世代は罷り間違ってパートナーのいる相手に手を出さないように、また上の世代では次期勢力図を読むための値踏みを最初にするのが、この舞台だ。微笑ましく迎え入れられただけの前回とは、まるで違う。思い返すほどに、緊張と不安で吐き気すら催してきた。

「大丈夫だ。誰がリードすると思ってる」

 不意に、細かく震える手を取られた。見上げた先に、不敵な笑みを浮かべるディルクの顔が、目に飛び込んでくる。

「えっ?! ちょ、……待って……!」

 強引に手を引かれ、高いヒールの足を縺らせながらラシェルはようよう彼の後を追った。

 そのまま他のカップルたちがスタンバイしている輪の中へ引っ張り込まれるように入れられては、ラシェルも覚悟を決めて周りに倣い、パートナーのディルクと向かい合う他ない。

 一つ深呼吸してポジションを取り、曲が始まるのを待った。

 静かに目を瞑ると、上がっていた息も次第に落ち着きを取り戻し、整ってくる。練習の成果か、自然と彼に呼吸を合わせている自分がいることに気が付いた。触れ合った場所からディルクの体温が伝わってきて、緊張で冷たくしていたラシェルの指先と心を温める。

 閉じていた瞼をゆっくり開けると、同じく伏せていた目を上げるディルクと視線が重なった。何処までも昏い黒曜石の瞳に吸い込まれそうになりながら陶然と見つめていると、息が詰まりそうになる。

 不思議だった。

 彼にこの身を委ねれば、何もかも全て上手くいく、そんな気がした。ダンスも、学院生活も、そして領地経営さえも――――――。

 次の瞬間、静まり返った会場にオーケストラが響き渡る。

 曲目は前以て知らされていた。

 ディルクのリードで、ワルツの調べに歩を合わせる。

 この独特なテンポが、ずっと苦手だった。躍りの先生にいくら教わっても上達しなかったワルツが、僅か二ヶ月足らずでここまで踊れるようになったのは、全てディルクがラシェルに寄り添いながらも根気強く付き合ってくれたからだ。

 感謝の眼差しを彼に送ろうとした矢先、不意に強く手を引かれて抱き止められる。隣のカップルと接触寸前だった。

 練習の時もそうだったけれど、彼は軽やかに身を翻してステップを踏み、ラシェルを上手く導いてくれる。リズム感も良く、元々、身体を動かしたり踊ったりというのが苦にならない性分なのだろうと思った。前世も含め根っからのインドア派なラシェルにとっては異次元のタイプだ。それ故に、強く憧れる。

 今度は周りを確認してからディルクの様子を窺うと、意外にも彼は楽しげな表情を浮かべていた。笑いかけると、彼もまた笑顔で返してくれる。ラシェルもすごく楽しい。

 気付けばいつの間にか、ダンスホールはフリータイムへと流れていた。会場にいる多くの参加者がホールに雪崩れ込み、婚約披露組と一緒になって各々、優雅なメロディーに乗せて体を揺らす。

「な、大丈夫だっただろ?」

「うん……」

 頷きながら、ラシェルは自分たちの曲目を終えて尚、さらに高揚する胸の高鳴りを感じていた。少し息も上がっている。

 ありがとうと言いかけて顔を上げた先に、ディルクの微笑みを見てラシェルは思わず眩暈を覚えた。

 深い闇が溶けたような昏い瞳のその奥に、紅い揺らめきを見る。

 この焔を目にするたび、ラシェルはいつも背筋がゾクゾクする感覚に襲われてきた。けれど今は、もっと体の芯に甘い疼きを与えるような、深い情動が全身をほとばしる。

 恥ずかしくて、目を背けたいのに逸らせない。

 そのまま合わせていた視線がいつの間にか絡み合い、どちらからともなく繋いでいた手の指も絡ませると、次第に指先から全身が蕩けていくような感覚で溺れそうになった。そのまま互いに互いの親指の腹を使って、相手の肌の感触を確かめるように何度も、何度も擦り合わせる。ただの触れ合いが何処か秘密めいた色を纏い、滲む汗が、湿気た吐息が熱を持つ。

 不意に人混みに背を押され、よろけたところをディルクに抱き留められた。

 ホールは愈々超満員といった様相で、ラシェルを守るように回されたディルクの両腕の中、踊っていた時よりもさらに密着して抱かれる。ラシェルも咄嗟にディルクの背中へと腕を回し、しがみつくように自分の胸を彼の胸へと押し付けた。

 それは、本能的なものだった。

 思った通り、二つの拍動が徐々に重なっていくのをダイレクトに肌で感じ、ラシェルは感嘆の溜息を漏らす。少しずつ彼の身体と自分の境界線が曖昧になっていくような感覚の中、とろりと甘い酩酊に酔う。

 離れたくない、そう思った。

 このままずっと、こうしていたいと……そっと瞳を閉じる。

「もう少し、このまま踊っていいか……?」

 ディルクが耳元で囁く。

「うん……」

 彼の腕の中で小さく頷きながら、今日のこのお披露目にダイエットが間に合って良かったと、ラシェルは心から喜びを噛み締めた。チビでデブスな球体が婚約者だなんて、ディルクに惨めな思いをさせずに済んだことを誇りに思う。

 もちろん、端から見ればちっぽけなプライドと笑われるかもしれないけれど、ラシェルにとっては大切な乙女心だった。

 さらにその向こう側には、もっと大切な気持ちが見え隠れしているように思えたけれど、今はまだ見えなくていいと、ラシェルは揺蕩う幸福の波にただその身を任せた。



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