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5.戸惑いの日々


 翌日、放課後。

「新入生は、前へ」

 部の特注である専用のユニフォームを品よく着こなした先輩方の前へ、ラシェルを含め五人の新入生が真新しいユニフォームで整列する。否、正確にはユニフォームを着ているのは四人だけで、ラシェルは一人、先輩のお下がりというジャージ姿だったのだけれど。制服もそうだが、この学校で身に付けるものは全てオーダーメイドになる。採寸も他の新入部員と共にしたはずなのに、ラシェルの元にだけ縫製が間に合わなかったと、このジャージが手渡された。

 自己紹介が終わった後、新入生には一人ずつ先輩の指導員が付き、今後一人で騎乗できるまでの指導を受けることが説明される。その前に一度、感覚を掴むためにも乗馬体験をすることになった……のだが、ラシェルだけは馬場の外周を只管ランニングすることになった。もうこれで三週目だ。

「せ、先輩……私、いつになったら、馬に乗れるんでしょう……」

「知るかよ。このトレーニングメニューは部長からの命令だ。こなせるまで一切、馬には乗せるなって。大体、その体重で乗って馬の足の骨でも折れたら、お前弁償できんのか」

「ぐぅ……」

 明け透けに物を言う先輩に、早くも心が折れそうになる。

 背は一七〇センチ台半ばと、この世界にしては低い方で、顔立ちは小学生の男の子が読む漫画雑誌の主人公にいそうな、ちょっと熱血漢でカワイイ系。本人曰く、これからが楽しみな男だそうだ。何が楽しみか具体的に聞いてみたら、もっと背が伸びて強面のマッチョになる予定であることを胸を張り答えてもらった。聞くんじゃなかった。

「とにかく走って、筋トレして、体力付けて。まずは、そこからだ。人と同じことが出来ると思うな、デブ」

 正論だが、過分に言葉がキツい……。グサグサ刺さる。てか、抉ってくる。

 部長がラシェルの指導員に彼を指名した時も、あからさまにゲンナリした表情を浮かべ、肩を落としていた。

 一学年先輩の、ユベール男爵令息。唯一救いなのが、見たところ彼は根明で、ただ思ったことが素直に言葉や態度に出てしまう性格だという事。口で言うほど悪しざまには思っていない……はず。

「おい、へばってないで、あと七周! それが終わったら腹筋と、スクワットもな」

「…………」

 何か言い返してやりたい気持ちとは裏腹に息継ぎもままならず、悔しいほど言葉を発する余裕すらない。これまで運動らしい運動など一切してこなかった体に、このメニューは地獄でしかなかった。ひゅーほー、ひゅーほーと肩で息をする姿が、よっぽど気持ち悪く先輩の目に映ったのだろう。ぎょっと目を剥いた後、捨て台詞でも吐き捨てるかのように零した。

「ったく……ここは馬術部で、運動不足の豚を鍛える養豚場じゃないっつの。何でオレばっかり、こんなデブスの面倒を押し付けられなきゃいけないんだ」

 その後もまだブチブチと文句を垂れる先輩に、流石のラシェルもカチンとくる。それは、こっちも同じだ。

 本人は自覚なく、今抱いた感情をオブラートもなくストレートに悪態吐いているだけかもしれないが、正直もっと優しい先輩を宛がってくれても良かったんじゃないかと、彼を名指しした部長を恨めしく見遣る。そのまま周りを見渡せば、他の新入生と和やかに話している先輩方の姿がキラキラと眩しく視界に入った。

 しかしてどの先輩も、翻ってラシェルにくれる一瞥は容赦ないほどの蔑みと、氷のように冷たい視線であったけれど。

 ヒヤリ、と冷たいものが背筋を伝う。

 改めて思い知らされた。

 本当に、この学院には自分の居場所などただの一ミリも存在していないことを、ラシェルはまざまざと肌で感じ取った。


 人間というのは環境に適応する生き物のようで、ぼっち生活も三ヶ月目に突入する頃となれば、もうすっかり慣れっこになってしまっていた。

 先輩からの罵詈雑言には鋼の心で対応する鈍感力を、クラスでは存在感を出来る限り消して過ごすスキルを、日々磨いては精進している。前世でも気の合わない人間とツルむよりは孤独の気楽さを選ぶタイプだったので、辛くないと言えば嘘になるが、無暗に傷つくことはなくなった。

 何というか、この年で悟りの境地を開いた気分。

 南無さん、と目を閉じる。

 ここまでしんどい思いをしてまで通うような学校か、と前世で一応大学まで通った身としては思うカリキュラムだが、義務教育なので逃げ場がない。何より、ここで得るディプロマがなければ爵位を継ぐことが出来ない法律になっている。自分が卒業できなければ、フィリドール家にとってそれは即ちお家取り潰しという事となり、優しい両親の悲しむ顔だけは、これまた絶対に見たくない。

 石の上にも三年、という言葉が日本にはある。

 とにかく三年間、学院生活を根性でサバイバルしてやると、ラシェルは固く心に誓った。


 学院が休みの週末、夏休み目前というこのタイミングでラシェルの元に一通の電報が届いた。送信元は実家で、わりと両親からは引っ切り無しに娘の王都での暮らしを気遣う手紙が来ていたため電報なんて珍しいなと思いつつも、デボラと封を切る。

 忙しいのと、なかなか返事を書く気になれなかったりで碌に返してなかったからその催促かとも一瞬過ったが、そんな事をするような親ではない。

「トリイソギ スグ カエラレタシ」

 中を読んで、デボラと顔を見合わせた。

 何か実家で不幸が起きたか。両親のどちらかが、病気か事故にでも遭ったか。

 心ばかりが逸り、取るものも取らず、着の身着のままの格好でデボラと共に帰省した。




次回、(ちょっとですが)やっとお相手の男の子が出る予定です……引っ張ってごめんなさい。

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