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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
開闢編

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47.ブルーバード


 日本酒を飲み明かした翌日の朝食後、ラシェルは厨房の隅を借りて、鼻歌交じりに鰹と昆布の一番出汁を取っていた。

「料理長……何か、魚臭いと言うか海臭いと言うか……。僕、この匂い苦手です……」

 陸なのに船酔いした気分になります、と夏に見習いとして入り、今は正式に採用された男の子が嘔吐えずきながら一度厨房を出る。

「あらら。レノー君はダメだったか……」

「お嬢、今度は何です?」

 厨房は午前の休憩時間に丁度入ったところのようで、夏休みからこちら、変わった食べ物を繰り出すラシェルに慣れ切ったジータが興味深々といった表情で鍋に近寄る。

 背が高く、恰幅も良いジータは元々母の実家で料理人として働いていたが、その腕の良さと料理に対する探究心を気に入られ、母の輿入と同時に家族でフィリドールへ越してきた。

「出汁といってね、この中に旨味がぎゅっと詰まってるの」

 頃合いを見てザルで濾し、琥珀色に揺れるスープを小皿に取ってジータに渡す。鼻に近づけて香りを診ると、一口啜って目を瞠った。

「美味しい」

「良かった。ジータなら、気に入ってくれると思ったの」

「前に作った荒節と似て非なる物というか……味も深みも全然違いますね。何です、これ?」

 ジータが削り器の近くに転がしていた鰹節を手に取り、匂いを確認しながらラシェルに訊く。この鰹節削り器も、食材と共に同梱されていた。

「鰹節といって、荒節に特別なカビ付けをして熟成させたものなの。今、飲んでもらったのは、それに昆布を入れた合わせ出汁で、ヤーランドっていう国の郷土料理とでもいうのかしら」

「今度、交易を始める国ですか?」

「それはカイルラスっていう国で、ヤーランドはそこの自治領よ。元々はこっちと仲良くしたかったんだけど、アウローテよりさらに保守的なのと、実情も謎な部分が多いから、カイルラスを挟んだ方が手っ取り早いと思って……」

 と、そこまで溢して、ジータの目が点になっていることに気付く。コホンと咳払いして話を戻した。ジータに、大して中身のない愚痴を溢しても仕方ない。

「このまま塩分を加えてスープとして飲んでも美味しいけど、動物系のブイヨンと合わせたり、ソースの隠し味に混ぜても深みが増して美味しいと思うわ」

「参考になります」

「結構、沢山詰めてもらってるから、こっちと王都で半分こしましょう」

 他にも醤油や麹、海苔なんかも纏めて渡す。使い方は追々、少しずつ試食しながら説明すると話した。

「助かります。最近、奥様から味付けが単調だと仰って頂いたところだったので」

「味に煩い母で、本当ごめんね」

「いえ。それで俺の腕を気に入って頂いたんですから、ありがたい限りですよ。最近は忙しさを理由にメニューもマンネリ化していて、奥様には申し訳ないと思っていたんです」

 送って貰った品々の中には干油揚げまで入っていて、先の鰹節削り器といい、これらを詰めた人物の行き届いた配慮というか、商魂逞しさが伺える。干油揚げにワカメも加え、薄くスライスしたポロネギを付け添えに塩と醤油で味を整えて澄ましにした。あと、蒸らしが出来たご飯を塩むすびにして、軽く炙った焼き海苔で包む。それぞれジータの試食用にも取り分けてから、改めてお膳に纏めてディルクがいる離れへと運んだ。

 なるべく冷めない内にと足早に向かう途中、ラシェルの目の端に厩舎が留まる。

 帰省して暫くピートの姿を見ないと思ってデボラに訊いたら、数年前から病床にあった父の訃報を受け、ラシェルが戻る少し前に里へ帰ったらしい。一家の大黒柱が働けなくなった為、ピートがフィリドール邸へ奉公に来ていた訳だが、ラピス村を始め北部の民は働き盛りの年代で病に倒れ、そのまま亡くなる者が他の地域に比べて多い。昔から北部の人間は短命だとラシェルも伝え聞いていたが、そういった背景からかフィリドール邸に仕える人間は北部出身の者が多かったりする。レノーもまた、ラピス村の人間だ。

 離れに着いたラシェルは、ディルクの部屋の前でノックをして待つ。暫くしても返事が無いことに、昨夜はディルクが父に相当付き合わされていたことを思い出した。まだ寝ているなら出直した方が良いかもと躊躇っていたら、此方に近付いて来る足音が聞こえてホッとする。程無くして扉が開かれた。

「おはよう、ディルク。朝ごはん持って来……」

「悪いな、ロッテンマイヤー。もう昼か……」

 下はいつもの紺のスラックスだがベルトは緩められたまま、素肌に白いシャツを羽織っただけの上半身に、ラシェルは目を瞠らせて固まる。それに気付いたディルクも寝惚け眼の目を剥いて、気まずさに身体を強張らせた。お互い咄嗟に『ごめん』と背を向け、さっとディルクは部屋に隠れる。

「き、急に訪ねてごめんなさい……」

「俺の方こそ、執事と勘違いしてすまない。昼まで寝ていたら起こすよう頼んでいたから……」

 カチャカチャとベルトを閉め直す音が壁の向こうから生々しく聞こえ、思わずラシェルは気恥ずかしさに目を瞑った。

 …………腹筋、割れてた。胸板も、結構厚い。

 普段は衣服に隠れている、今まで想像もしなかったディルクの男の部分を垣間見た気がして、何だかどぎまぎしてしまう。

 暫くあって、もう大丈夫だと改めて部屋に招かれた。お邪魔しますとぎこちなく頭を下げて促されるまま中へ入るも、手元のお膳の存在を思い出し、気を取り直してローテーブルに配膳する。それを見るなりディルクは目の色を変え、興味深そうにラシェルに尋ねた。

「へえ。これが例の、ヤーランドの食材か?」

「う、うん。そう。お願いしていた物より沢山詰めてくれてたから、作ってみたの……」

「いい匂いだな。……食べて良いか?」

「勿論よ。これが手に入ったのはディルクのお陰だし、食べてくれる人がいないと作った甲斐もないわ」

 箸はやはり使えないので、ディルクはラシェルが用意していたスプーンを手に取り、それで澄ましを掬い取る。

「えっ、えっえっ?!」口に入れた途端、ディルクが今まで見たこともない浮ついた表情で、悦びと戸惑いが綯交ぜになったような声を上げた。「何これ、すごい旨い!」

 相当、ドンピシャで好みだったらしく、一気に飲み干す。海苔で巻いたおにぎりも舌に合ったようで、ペロリと平らげる。

「ごめん。ウマすぎて……もっと味の感想とか、必要だったよな?」

 ディルクが指先の米粒を嘗め取りながら、すまないと言う。

「ううん。別に商売するわけでもなし、それだけ美味しそうに食べてくれたなら、感想をもらったも同じよ」

 食べ物というのは個人の好みがかなり顕著に表れるとラシェルも自覚していて、先程のレノーのように全く受け付けない人もいれば、こんな風に嵌って食べてくれる人もいる。あまりのがっつき様に驚きはしたものの、ディルクが気に入ってくれて良かったとラシェルは満足げに微笑み返した。

「王都に戻ったら、こんな風にディルクの朝食を作ってもいい? 相変わらず簡単な物しか出来ないけど、部屋まで持って行くから」

「良いのか?」

 うん、とラシェルは頷いて返す。お弁当をディルクの分も用意するようになって、朝食は野菜を生地に混ぜ混んだパンケーキやマフィン、若しくはリゾットなんかを作っては凌いでいたものの、正直レパートリーが切れた。和食の方が馴染みがある為、あまり考えなくても献立が浮かぶ分、ラシェルにとっては楽だった。あと栄養バランスもとりやすい。

「じゃあ、俺は代わりに食後のコーヒーを淹れるよ」

「嬉しい」

 だから、と照れ臭そうに視線を外しながらディルクが付け加えた。

「一緒に食べないか……?」

「えっ……」

 ディルクの顔を不思議そうに見つめて「いいの?」と尋ねる。

「まあ、個食は良くないとも言うし、ディルクが良いなら私は構わないけど……今より少し早起きしてもらうことになるよ?」

「望むところだ。そろそろ寝起きの悪さを改善しなければと思っていたし、お前にあまり変なところばかり晒すのも、俺の沽券に関わるからな」

「残念。寝起きのディルク、可愛くて私は結構好きだったのに」

「揶揄うな」

「ごめん、ごめん」

 本気で照れるディルクに、つい笑みが零れる。

 夏にこうして離れで過ごした時より、確実に穏やかな時間をディルクと送れている。

 これから先も、ずっとこんな風に彼と居られたら良いと、ラシェルは心からそう思った。


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