44.衝撃の巨体
それからのラシェルは、今までにも増してストイックに減量に励んだ。
色々考えるうち、もう二度と、あんな品性下劣な人間にまで付け入る隙を作ってはいけないと決意するに至ったのだ。
自分が不甲斐ないせいで、ディルクにまで攻撃の矛先が向かうなんて思いもよらなかった。ラシェルの落ち度は、即ち身内にまで響いてしまうということを、痛切に感じた。ちっとも痩せないなんて泣き言を言っているヒマ等ない。
取り敢えず身長は伸び続けているので、食事の量は落とさず、寧ろ積極的にたんぱく質やカルシウムを意識した食事内容にしてもらうよう料理長へお願いし、睡眠もたっぷり取る。その上で、筋トレメニューとジョギングの時間を増やし、ユベールにも容赦なく鍛えてもらうよう頼んで、それらを我武者羅にこなしていった。
結果、一つの成果が十一月の半ばにして漸く、ラシェルの前に現れる。
部室の片隅に置かれてある巨大な姿見の前を偶々通りがかった際、改めて自らの姿を目にしたラシェルは呆然と立ち尽くした。
十月に測った時より更に、伸長が伸びた。
努力の甲斐あって、体重もまた僅かながら減った。
結果、ブス度が増した。
衝撃だった。
キレイになりたくてダイエットに励んできたはずが、まさか痩せて更にブスになるとは予想もしていなかった。
ゆっくりと鏡に近付き、改めて全身を見る。
サイズダウンしたと喜び勇んで先日買い換えたブラウスの袖は、二の腕辺りが張り裂けんばかりにパツンパツンだった。
服の上からもはっきりと象る二段腹、スカートの下に潜んでは時折覗く、むっちりとした太もも。
短いのにハムのような脹脛。所謂、象足。
極めつけは顔の肉だけなかなか落ちず、最後まで残ってしまったため、やたらとデカい顔面の面積。
このバランスの悪さも、デブスに拍車をかけていた。
鏡よ鏡、これまで生きてきた自分史上、一番ブスなのはいつですか。
今です!
ヤバい。ギリギリどっかの塾講師は出てこなかったけど、これはヤバい。デブスの呪い、怖い。
今までも、それはそれは紛うことなき球体でデブの最上位を体現する体形だったが、ある意味、人外枠で見ればそれなりに『可愛らしい物体』だった。
しかし背が伸びて、僅かだが体重も減って、漸く人間らしい姿形となった瞬間、それは即ちただのデブスとなり下がることを意味していた。
完全体のデブス。
姿見の前で、衝撃のあまり微動だにせず立ち尽くしていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「ここまで、よく頑張ったな」
弾かれたように振り向く。ユベールだった。
「先輩……」
ユベールの言葉に、じわじわと涙が込み上げてくる。
「けど、気を抜くなよ。ここからが勝負だからな」
ラシェルの肩に手を置き、ユベールも一緒に鏡を覗き込みながら続けた。
「今まで俺のシゴキに耐えてきたんだ。お前なら絶対、目標達成できる……いや、俺が達成させてやる」
鏡越しにラシェルと目を合わせ、不敵な笑みを浮かべて見せる。
「大丈夫だ。俺を誰だと思ってる。ちゃんと痩せるまで、お前の面倒は見るから」
「せ……、せんぱぁい…………っ」
一気に涙腺が崩壊する。
感極まって、つい瞳を潤ませユベールの胸で泣いた。
「うわっ……おま、泣くな! 泣くと余計ブスになる!」
「だっで……だっでえぇぇえ……」
「鼻水を俺の服で拭うんじゃないッ!」
残酷な現実に、泣きじゃくる。
もう泣いて、泣いて……泣きに泣きまくって。泣くしかなかった。
それにしても、こんな人生最低最悪な瞬間に、まさかユベールが救いの手を差し伸べてくれるとは、思ってもみなかった。
ラシェルは今まで心の中で散々吐き続けてきた悪態の数々と非礼を心の底から詫びて、さらに只管、泣き続けた。




