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4.ぼっち


 前世の記憶に目覚めるも、一ヶ月後に控えた入学準備に追われる毎日を過ごし、漸く日常に落ち着きを取り戻したのは学校生活をスタートさせて、やはり一月が過ぎる頃だった。

 日本製のゲームだからか、基本的には日本のルールそのままの学期制、進級システムで、もちろん制服もある。男女ともにブレザーを基調としたコスプレちっくなデザインで、特徴的なところを挙げれば、男子は校章を象った金のカフス、女子のスカートは裾にレースがあしらわれていたりする。

 バッキンガム宮殿さながらな校舎を背景に、校庭で咲き誇るソメイヨシノが花びらを舞散らす晴れの日に入学式は執り行われた。

 すげー。和洋折衷時代錯誤半端ない。……萌えるけど!

 堂々たる新入生代表の挨拶を終えた第二王子が壇上から降り、攻略キャラたちの輪の中に戻る。「さすがローレンス、スピーチにも華があるよねぇ」「いつの間にお前に決まってたんだ?」「素敵でしたよ」「アル、お前は脳筋もたいがいにしろ」なんて会話が繰り広げられてるんだろうなーと、ゲームをプレイしている感覚で妄想が沸き起こる。やっぱいいな、天虹。

 頭の中をお花畑にしてニヨニヨしていたら、ふいに背後から声を掛けられた。

「あの、もし……? 貴女は……」

 戸惑いの色はあれど、聞き覚えのある鋭い声に一瞬、ラシェルは肩を震わせる。嫌な予感しかないが、呼ばれて無視するわけにもいかず、ゆっくりと振り向いた。

「レイラ様……お久しぶりです」

 恭しく、いかにも今気付きました然として頭を下げる。

 レイラは入学初日というのに、もう七人も取り巻きを引き連れていた。

 これが舞踏会のアドバンテージというやつか。いや、彼女の場合はそれだけでなく、侯爵令嬢で超お金持ち。地位とお金があるお家は、やっぱ違う。

「舞踏会以来ですね。あの時は、どうも」

「はぁ……」

 お目付け役で、本来ならもっと甲斐甲斐しく彼女に付いてサポートをすべきだったにも拘わらず、あの時は前世の記憶を思い出し半ばパニックに陥って殆ど放置だった。お披露目が終わったら、とっとと帰っちゃったし。

「あの日は体調が優れなかったと、後から聞かされました。なのに私のために無理を押して会に参加してくださったとか……一度、お礼とお詫びをしなくてはと思っておりましたの」

 ぅうん? 社交辞令? 遠まわしに嫌味を言っているのか?

 公爵令嬢が、たかだか貧乏伯爵家にわざわざお礼とかお詫びとか、違和感ありすぎて寧ろ怖い。それを証拠に、取り巻き令嬢の皆さん方の目がギラギラとこちらを睨み付けてきてて…………やっぱりめっちゃ怖い。

「フィリドール公にも、よろしくお伝えください。では……」

 軽く会釈して、取り巻きに目配せする。

「皆さん行きましょう……ブリジットさん、リシェーラさんも」

 制服の裾をひらりと翻して踵を返す。その高貴な貴族然とした美しい所作に一瞬心を奪われるも、よく見ると取り巻き達の中に、ラシェルほどの球体ではないが小太りで鼻息の荒そうな子が「ハイ!」とレイラに着いて行く姿があった。

 なんだ、私の代わり、見つけてるじゃん。

 ホッと胸を撫で下ろすと同時に、ゲームのシナリオが変わってしまった事態に一抹の不安を覚える。とはいえ文字だけの、顔すら出ないサブキャラが少し変わったくらいでストーリーの本筋に影響を与えるとは到底思えない。名前もかなり似てるし。そんなことより何より気になったのが、ブリジット…………君、細身だけど鷲鼻にそばかす出っ歯な容姿だったのね。

 覚醒してから、ずっと喉に小骨が刺さったみたいな感覚でいたけど、ようやくスッキリした。彼女には会えて良かったと思う。もう二度と接点はないだろうけど。

 入学式早々、悪役令嬢軍団に囲まれて緊張したが、どうにかやり過ごせたようで胸を撫で下ろす。たどたどしい足取りながらもクラスへ戻ると、すぐにホームルームが始まった。

 クラスの雰囲気は和気藹々としていて、令息令嬢と言っても先の舞踏会に招待されたのは全体の三分の一程度、残りはわりと気さくな感じの人達で、これまたホッと胸を撫で下ろす。彼ら彼女らと気兼ねすることなく気安い雰囲気で会話できたことに安堵しながら、この仲間たちと三年間、この学び舎で勉学に励めることに少し心躍った。……のは初日だけで、ラシェルが郊外のアパートメントに老メイドと二人で暮らしていることや、学食を利用せず持参した弁当で昼食を済ませていること、持ち物や、習い事の種類、もっと言えばフィリドールと名乗るだけで一人、また一人と少しずつ距離を置かれ、一ヶ月かけてラシェルは立派な『ぼっち』となった。

 ラシェル自身が世間知らずだっただけで、要はフィリドール家ほど貧しい生活を送っている貴族はいないということだった。皆、先日の舞踏会に集まるセレブたち程ではないにしろ、それなりの暮らしぶりで、王都にあるこの学院付近に殆どの家は別宅を持ち、少なくとも数名の使用人と専属の侍従を連れて通学しているようだ。もっと言えば、フィリドール家の窮状も知る人は知っているという状態で、名を聞いただけで鼻で笑う人もいた。

 見目麗しい訳でなく、地アタマも金もない人間とツルむメリットは何もないという、考えてみれば当然の判断だろう。少しずつ距離を取ってフェードアウトを狙うあたり、貴族らしいと言えば貴族らしい。地味に傷つくけど。

 クラスの男子にしても、ラシェルが近づくと引き、話しかけても大概、無視か苦笑されて終わるようになっていった。

 ちょっとばかし、今生こそ前世で叶わなかった恋愛を夢見ていた自分が悲しくなる。というか、それ以前にまず普通に人間関係を構築する段階で躓きまくっているのだが。

 アパートに戻り、自室のベッドにダイブするや否や、重い溜息が漏れた。

 何にしても、やっぱり少しは痩せないと。

 お金のことは、当主でもない自分がどうこうできる問題ではない。けれど、この見た目だけなら努力する余地はあるはずだ。

 食事療法は、これ以上量を減らしても代謝が減るだけで健康被害の方が大きい気がするので、身体を動かすことで何か興味が持てるものはないかと昨日、学内の部活動を覗いてみた。前世で入部していた中高時代のバレー部やバスケ部なんかが貴族学校にあるはずもなく、しかしその中で馬術部というのを見つけて入部を決めた。

 確か、乗馬はインナーマッスルを鍛えるとかで、ロデオマシーンとかいうダイエット器具が一時期ブームになっていたはず。前世の母親がバカ高いそれを購入したことで、ウチは一時期離婚危機に遭った。

 明日はその練習の、第一回目が行われる日。

 他の令息令嬢の目は気になるが、贅沢を言っている場合ではない。

 どこまで痩せられるかは分からないけれど、とにかく藁をも掴む思いで、これに縋るしか今の自分には考えが及ばなかった。



お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、ラシェルは頭でっかちのアホの子です。


目の前で起きた事象を小難しく捉え、こねくりまわした挙げ句、早合点して自爆するタイプ。

それでいて学ばないので同じ過ちを繰り返すっていう……。


あと、前世の彼女が歩道橋で足を滑らせたのは2010年前後になるかなぁと勝手に思っています……

物語にはあまり関係ないのですが……ゲームの性能とかを考えると、何となく…

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