34.フェアリーテイル
暦も十月に入り、残暑が厳しかった王都もここ数日の間に、めっきりと秋の様相を深めていた。
昼休み、ラシェルは二学期からの日課となっている校舎裏の丘にある大樹の下で、一人お弁当を突きながら遠くたなびく鱗雲を見つめる。
デュランと名乗った少年とは、登校日に約束したきり一度も会っていない。あの出で立ちといい纏う雰囲気といい、実はこの樹の精霊だったのかもしれないと今では思うことにして、午後の一時をのんびり過ごしていた。
「こんにちわ。今日もお弁当、美味しそうですね」
不意に後ろから声をかけられ、振り向く。
「デュラン君?!」
つい今しがた大樹の精に仕立て上げた彼が実態を持って現れたことに、驚きを隠せずラシェルが声を大にして名を呼ぶと、お久しぶりですと申し訳なさそうに頭を下げられた。
実は九月に入って家族が体調を崩し、家の仕事にかかりきりで、ここに来る時間が取れなかったそうだ。十月に入って漸く落ち着き、今日やっと、こうして来ることができたと言う。
「それは、大変だったでしょう……」
「小さい頃からずっとだから、僕は慣れっこなんだけどね。あの時ラシェルちゃんにもこうなる可能性があることを伝えておけば良かったって、ずっと後悔してたんだ。本当にごめん」
「ううん。誰だって家族が不調になるなんて考えたくないわ。初対面なら猶更よ」
ラシェルは話題を変えたくて、お弁当を勧めた。じゃあ遠慮なく、とお弁当を覗き込んだデュランが、おにぎりを指しラシェルに尋ねる。
「ねぇ、この白い粒々のお団子は何?」
その質問に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑みを浮かべて、ラシェルはこの一月を振り返りながらデュランに紹介した。
九月半ばの週末、ラシェルはニーナを連れ、残務整理に領地へ戻るディルクの馬車に乗り合わせていた。ニーナが交代で御者も買って出たため外側に控えたことで、気まずい雰囲気になって以来すれ違いの生活を送っていたラシェルとディルクは、図らずも久しぶりに二人きりの時間を持つこととなった。
「先週は父が無理を言ったみたいで、ごめんなさいね。授業の方は大丈夫だった?」
「平気だ。学期始めで授業も大して進んでいなかったし、クラスの奴にノートも見せてもらったから」
一応、あの日の夜、お互い謝り合って別れていたので、敢えて蒸し返さなくてもいいだろうという暗黙の了解が罷り通ったことを確認する会話だった。
ラシェルはディルクがクラスメイトとうまくやっている様子も垣間見れて、ホッとする。
「残務整理は、どれくらいかかりそうなの?」
「まぁ、来月の頭には終われるだろ」
「南北に街道を通す件は?」
「ラシェルも分かってるとは思うが、かなりの規模になるからな。リサーチも慎重にと、ブリアック公から仰せつかってる。とはいえ、学業との両立も念を押されたから、気は焦るが本格的に推し進めるのは卒業してからだろうな。一応、ルートの確保や領民との交渉はして下さると言われたし、俺の仕事は市場調査とか、できれば単発のイベントか何か企画しての様子見なんかを学生の内に出来たらと検討してるんだが」
「何、それ。楽しそう……!」
父は領地経営も大切だが、一生に一度しかない学生生活を、できれば学生らしく送ってほしいとディルクにも伝えていたらしい。ならばと、ディルクは早速クラスで仲良くなったメンバー数人を集め、なるべく資金をかけずに楽しめる企画を現在模索しているところだそうだ。大学のサークルで気の合う仲間と企業するようなノリに、ラシェルも興奮する。
ダメ元で食べ物担当に立候補したら、即採用で部活のない曜日は放課後の集まりに参加することとなった。
ディルクと話していると、本当に時間を忘れる。ニーナに到着の知らせを受けるまで、関所をくぐっていたことにも気付かなかった。
「ラシェルの予定、聞くの忘れてた」
馬車を降りたところで振り返ったディルクに訊かれ、そういえばと話す。
「行ってみないと分からないけど、来週あたり嵐が来るかもしれないみたいで、今日が刈り入れになると思う。できる限り手伝って、日暮れまでには戻る予定よ」
分かった、とディルクが頷く。
「ところで、元気にしてるかな。ジゼルさんって言うんだっけ、あのおばあさん」
「ええ。ディルクも新米が届くのを楽しみにしてるって、伝えておくわね」
フィリドール邸を後にして、ラシェルはニーナと共にいよいよペリドール村へ向かった。




