33.貴族令嬢の嗜み
放課後、学院の駐車スペースで馬車と共に控えていたニーナに経緯を話し、ラシェルのキャリッジに乗り合いでランドルの店へと向かう。
そう、キャリッジだ。
夏の休暇を終え、領地から王都の屋敷に戻ったら、これが用意されていた。
これから二人で登校するわけだし、荷物の多い日もあるだろうからとディルクは言っていたが、多分肩身の狭い思いをしているラシェルを思ってのことに違いなかった。
惨めさ半分、嬉しさ半分。
それにしても婚約以来、ウェーバー家のフィリドール家に対する注ぎ込みようは半端ないように思えた。それだけの見返りを期待されている裏返しということなのだろうが、果たしてそこまでのリターンがこの爵位にあるのかと、ラシェルは甚だ疑問でしかない。
「ところで、これから伺うお店ですが、ディルク様のお知り合いということは隣国の物を取り扱いですか?」
「えっ……ええ」
馬車の中でも、令嬢談義に暇がない。
急に話を振られ、顔に笑みを張り付けて相槌だけで凌いでいたラシェルも、観念して参戦する。
「レオノキアからの輸入雑貨を中心に装飾品や、来月からはコスメも並ぶと聞いています」
あまり中身のない、上滑りだけの社交辞令が苦手なラシェルは、ここぞとばかりに売り込む。というか、こんな話題しか持ち合わせがないと言った方が正しいのだが。相変わらず令嬢スキル低すぎだなと、クラスメイトと一緒にいるだけで緊張してしまう自分に内心、自己嫌悪の溜息を吐く。
「私、気分によって一日の中でも口紅の色を変えるのが趣味ですの。入荷が決まりましたら是非、伺いたいものです」
「私は乾燥肌なので、しっとりするつけ心地の基礎化粧品を入れてもらえると嬉しいのだけど……」
「よろしければ、店主から入荷の知らせが来ましたらご連絡差し上げますわ。基礎化粧品についても伝えておきますね。きっと、ラインナップの参考になると喜びます」
「ありがとうございます」
「レオノキアはアウローテより緯度が高いので、期待できますわね」
微笑み、目配せ、そしてまた会話に花が咲く。
コミュ障の身からすると、その様は妙技というか匠というか、鮮やかとしか言いようがない。拙いラシェルが捻り出さなくとも、彼女達は次々と話題を繰り出し話を回していく。
「隣国と言えば、登校日にラシェル様から頂いた焼き菓子、とても美味しかったですわ」
「お気に召して頂けたようで嬉しいです」
「店の名前はローメイヤとお読みすればよろしいのでしょうか」
「はい」
ラシェルは外でお弁当を食べていたため気付かなかったが、ディルクから聞いた話によると登校日は食堂の一角を名札付きの土産物置き場にして、生徒はそこから自由に取っていい形式としていたようだ。それを切欠に、旅の土産話や領地の特産品を紹介する場として互いに見識を広げることが、この慣習のそもそもの始まりらしい。
「隣国では、あのように美味しいお菓子の店が沢山あるのかしら」
「いつか行ってみたいものですわね」
ウフフと口元を隠して上品に肩を揺らし合う。
彼女たちは、会話で人をもてなすのが本当にうまい。警戒心とコンプレックスで緊張しかなかったラシェルだが、気付けばいつの間にか一緒になって笑みを浮かべていた。これが貴族令嬢の嗜みかと、改めて彼女たちに尊敬の念を抱く。
程無くして、馬車はランドルの店――カラードスピネル――に到着した。
「あれっ、今日も来てくれたの?」
出迎えてくれたランドルに、ラシェルは挨拶を交わす。
「あの、そちらの令嬢方は……?」
ラシェルの後に続けてキャリッジから降りる面々を見て、ランドルが訊いた。
「前に貰った髪飾りと、このポーチを気に入ってくださって。プレオープンにお誘いしたら、来ていただけることになったの。突然で申し訳ないんだけど、案内をお願い出来るかしら……?」
「それはまた、願ったり叶ったり」
さぁ、どうぞこちらへとランドルが令嬢達をエスコートする。店内に入ると従業員を呼んで、それぞれに担当を付け商品を案内させた。
ラシェルとニーナは奥の喫茶室へ通され、お茶とお菓子を振舞われる。
「素敵なお花を、ありがとう」
接客を部下に任せたランドルが、店頭からラシェルたちの元へ戻る。今日来たのは、開店祝いの花を届けるためだった。近しい間柄のためうっかりしていたが、一昨日店を訪れた時、きちんとしたお祝いがまだだったことを思い出したのだ。昨日は安息日で花の仕入れがなく、明日は放課後に部活があるため開店に間に合わせるには今日しかなかった。
「ううん。本当は一昨日持って来るべきだったのに、遅くなってごめんなさい」
「そんな、とんでもない」
「改めて、開店おめでとう」
小一時間ほどで令嬢たちの買い物も終わり、思ったよりランドルの店を気に入ってくれたのか彼女達がどっちゃり抱える買い物包みの数々に嬉しいやら驚くやら、学院まで再び送ってからラシェルも帰路に着いた。
帰宅し、自室に戻ったラシェルはいつも以上に気疲れで重くなった体を、思いきりベッドの上に投げ出した。
「気持ちいー……」
使用人の手で毎日取り換えられるシーツの感触と、太陽の匂いに包まれてラシェルはホッと息を吐く。俯せていた体をごろんと仰向けに、ぼんやりと天蓋を見つめた後、そのままゆっくり部屋全体を見渡した。
実家にある自室の、裕に二倍はある広さだ。
王都の厳しい残暑に、開け放たれた窓辺の白いレースのカーテン。その上には、落ち着いた色味の花柄のカーテンが重ねられ、それらが夕べの風に乗って軽やかに揺れている。
この、ラシェルが横たわる天蓋付きのベッドはクイーンサイズ、他にもサイドテーブル、ソファセット、鏡台、クローゼット等、全ての調度品には質の高い木材が使われ、孰れも名だたる職人による彫が施されていた。高級品には疎いラシェルでさえ、これから自分の手でアンティークに育てていくことが一目で見て取れる、高価なものばかり取り揃えられている。
「何だか、物語に出て来るお姫様になったみたい……」
誰に聞かせるわけでもなく、独り言つ。
文明の利器に囲まれながらも庶民として、また貴族の家に生まれながらも慎ましやかに暮らして来たラシェルにとって、この二か月はこれまでの人生全てををひっくり返すくらい色々なことがありすぎた。
今、こうして過ごしている部屋にしてみても、貧乏性が板についた自分には不釣り合いとしか思えず、どこか落ち着かない。一方で、学院での人間関係を考えた時、劣等感で一杯だったこれまでに比べて気持ちが随分楽になったのも事実だ。けれどやはり、あまりの生活の落差に、なかなか心が追いつかない。
前世の記憶の覚醒がそれにさらなる拍車をかけ、地に足を付けて歩きたいと必死にこの世界のことを学び、様々なことにチャレンジしているはずなのに、どこか現実味がなくて、ラシェルは時々、自分を見失いそうになる。
ラシェルは体を横たわらせたまま、揺蕩うように浮かんでは消える思考を巡り巡らせるうち、いつの間にか意識を手放していた。




