32.営業
欲求不満だったのかな。
先日の自分の不可解な心の動きを思い返し、ラシェルは最終的にそう結論付けた。
男日照りが長く続きすぎて、ちょっと触れられただけでも発情してしまうイケナイ体になってしまっているのかも、と反省する。
ランドルが割にスキンシップ多い人だから、彼で随分免疫ができたと安易に考えていたけれど、伊達に毎年、彼氏いない歴を更新しているわけではないんだなと、改めて身につまされる思いがした。
しかも変な雰囲気になってしまった翌日、ディルクは父の呼び出しがあったと週末を待たずして領地へ出向いてしまった。週明けの今日、王都へ戻ってくる予定になっているが、多少仕事が押しているようで帰りは日付を跨ぐかもしれないと今朝ニーナが教えてくれた。時間が経てば経つほど、何だか気まずい。どう切り出したらいいか、何事もなかったように接した方が良いのか。
何よりディルクに変態だと思われてなきゃいいけど、と恥ずかしさマックスにラシェルは心の中で独り言つ。
「あら、ラシェル様、素敵な髪飾りですわね」
教室で休み時間、一人百面相していたらクラスメイトから声をかけられた。
「あ、と……えと」
クラスメイトと普通に会話するのが久しぶり過ぎて、どう返せば正解か分からず、ついどもってしまう。
「本当、素敵」
「どちらでお求めに?」
近くにいた令嬢三余人も、先の声に釣られてわらわらとラシェルの周りに集まって来た。
ディルクと婚約して以降、クラスメイトのラシェルに対する敷居が下がったように感じる。挨拶を交わしてくれる子女も、最近チラホラ見受けられるようになってきた。みんな、金の匂いには敏感なんだなと情けない思いもしたが、基本和気藹々と仲良く過ごすことが好きなラシェルは、それもいいかと流れに身を任せていた。
「ディルクの知り合いで、今度近くにお店をオープンする方がいて……そこの店で、彼が見繕ってくれたんです」
「ディルク様って、婚約者の?」
「はい」
「まあ、素敵ですわね。お見立てもよろしくて、羨ましいです」
「ラシェル様のお御髪に、とても良くお似合いですわ」
「ほほ……おほほほ……ありがとうございます~」
慣れない令嬢同士の会話に、つい口元が引き攣る。
本音と建前の境界線が、やっぱり分からない。でもどの令嬢も心から楽しげに話しているし、中にはうっとりした表情でラシェルの髪飾りを見つめる者もいる。これで建前だったら余裕で人間不振になれるレベルだなと思いつつ、話題は既にラシェルが持っているポーチに移っていた。
「こちらの小物入れも、とっても可愛らしいですわね」
手に取ってもよろしいですかと訊かれ、どうぞと手渡す。両手で目線の高さまで持っていくと、三六〇度、様々な角度から眺めて溜息のように零した。
「刺繍の模様が、斬新で素敵」
「糸も光沢があって綺麗……」
「生地が繊細なのに丈夫だわ。縫製がしっかりしているのね」
一緒になって覗き込む両隣の令嬢も、口々に賞賛する。これも一昨日のプレオープンにランドルの店で購入した物だった。何でも、隣国ではそれなりに有名な作家の一点物らしく、かなり迷ったが開店祝いと言い訳して衝動買いしてしまった。
「あの……私、今日の放課後こちらのお店へ寄る予定なのですが、よろしければ皆さんもご一緒にいかがですか……?」
おずおずと、控えめに提案してみる。あまり出しゃばった言い方をして、客引きと捉えられても困るからだ。けれど一昨日ランドルのお店を覗いてみて、どれも本当に素敵な品揃えをしていたから、きっと新しい物好きな彼女達なら気に入ってくれると思った。
ランドルの店はメインストリートから一本入った、道行く人には少々目につきにくい場所に位置している。王都の高い家賃を少しでも抑えるためだとは思うが、知名度を考えると立地としてはあまり良いとは言えない。ここに集まっている面々はクラスの中でも感じの良い貴族ばかりだし、彼女たちの口コミで広がれば、その信頼性の点からも付加価値がつくことが予想できる。また、将来的には今ある店舗をフラッグシップとしてショーケース代わりに、外商中心で商売を拡大したいと言っていたランドルが希望する顧客ともマッチしている気がした。
突然、彼女たちはピタリと話すをの止めて互いに目を合わせると「ですが、オープンはまだなんですよね」とラシェルに尋ねた。
「本格的な開店は明後日ですが、今はプレオープン中で、多分ゆったりと見ることができると思いますよ?」
急に会話のトーンが変わったことに内心焦りつつ、ラシェルがそう返すと再び令嬢たちはキャッキャと声を高くして話し出す。
「是非、ご一緒させてください」
「楽しみです」
下心がバレたわけではなかったと、ラシェルは密かに胸を撫で下ろす。都合の付いた四人を引き連れ、学校帰りにランドルの店へ立ち寄ることになった。




