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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
開闢編

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29.ゆめ破れて


 登校日の翌日。

 帰り支度を整えると、ラシェルとディルクは馬車に乗り込み、一路フィリドール領へと向かう。

「ねぇ、先生との面談って、どんなこと話したの?」

「いやそれが、面談というよりカリキュラムの説明やら学校案内で、俺もちょっと拍子抜けした」

 そっか、と返して笑い合う。

「ところでディルク、北部の観光地開発の件だけど、お父様の反応はどう?」

「割合、好感触だと思う。ラシェルが提案してくれた、メイプルシロップを使ったスイーツや料理でもてなすのも、ご当地感が出て良いって。レシピはピートの伝で、ラピス村の主婦たちに今アンケートという形で協力してもらってる。近隣に住む観光客の日帰りプランも提案出来るし、このまま進めて良いという了承を得た」

「じゃあ、いよいよ動き出すの?」

「ああ。取り敢えずは領地の南北に通す街道整備からだが。王都からのルートができれば物流の面でも利便性が上がるし、固定収入に繋がる」

 数時間の旅程も、ディルクとの会話に話題は尽きなかった。

 夢を語り、現実的な青写真を検討して、未来に想いを馳せる。

 こんなにもワクワクして楽しい時間を過ごしたことは、前世を通じても今まで一度としてなかった。

 互いの生い立ちや過去のことは、いつか話したくなったら、その時にお互い話せばいい。

 今はただ目の前の彼と、とりとめのない夢の続きを一緒に見られることに、ラシェルは胸がいっぱいだった。


 程無くして、実家に辿り着く。こんなにも到着が早いと感じたのは初めてだった。

「おかえり、ラシェル」

 父の出迎える声に続いて母、そして使用人たちに迎え入れられ、ラシェルは自分のテリトリーに帰って来た実感を得る。

「ただいま帰りました、お父様、お母様」

 両親に抱きつき、それからデボラと頬を摺り寄せて信頼のハグを交わした後、出迎えてくれた使用人達に笑顔で言葉を交わしながら屋敷へと足を向ける。そのまま自室に戻ろうとしたところで一人、離れに向かうディルクが馬車から自分の荷物を取り出す姿をラシェルは視界の端に見止めた。

 そうだ、と思い出したかのようにディルクのもとへ駆け寄る。

「どうした?」

 思いがけず戻って来たラシェルに、荷物を纏めながらディルクが不思議そうな顔で尋ねる。

「あのね、ディルク」

 走ったため少し息を上げ、頬を上気させながらラシェルは言った。

「貴方との婚約の日に私が言った条件、あれ、無しにしようと思って」

「えっ……」

 突然の告白に、意味を理解するまでさすがのディルクもしばし時間が必要だった。

「よく考えてみれば、私に貴方を縛り付ける権利なんてないわけだし、子どもだって無理矢理作る必要もないでしょう?」

「えっ…………えっ?!」

「折角の政略結婚なんだもの、お互いの関係は紙の上だけということにして、あとは一切、干渉せずにいきましょう。後継者には養子を迎えれば、ディルクも無理して私との関係を持たなくて済むし、気兼ねなく外で自由に恋愛を楽しめるわ。第二夫人という形にはなるけど、もちろん好きな女性と永遠の愛を誓ってくれても構わないから」

 満面の笑みで、朗らかにラシェルは続ける。

「あと考えにくいけど、もし私にも生涯を誓い合えるパートナーが現れて、その人との間に子供が生まれたとしても爵位は継承しない旨、結婚する際にきちんと相続放棄の書面を残しておくから、その点も安心してね」

 私の我儘で貴方から自由を奪うようなことを言ってしまって、本当にごめんなさいと肩を窄め、申し訳ない思いでラシェルは上目遣いにディルクを見上げた。

 反省の色を浮かべるラシェルに対して、ディルクは一方的に捲し立てられ、その勢いに圧倒されたような表情で目を見開き、絶句したままフリーズしている。

「じゃあ、そういうことで」

 胸の痞えが取れたような、晴れ晴れしい笑顔で手を振りラシェルはその場を後にした。


 屋敷に入り、自室へ戻る道すがら、ラシェルは今にもスキップしてしまいたい気分で足取り軽やかに進む。

 これで昨日の、生徒会室での件も水に流してくれるだろう。ディルクも漸く、ラシェルが科してしまった重い枷から解放され、晴れて自由の身だ。

 さすがに最近の彼の様子から、ヤり殺されるといった不安は杞憂だったと思うようにはなっていたが、だからこそ彼の自由を自分が奪ってしまっている現状が許せなくもなっていた。

 真面目でぶっきらぼうなところもあるけれど、あれほど有能な男を、貴族の世界が特殊なだけで普通、世の女性が放って置く訳がない。その中で、彼ならきっと自分の好みにあった女性を見つけ、ちゃんと恋愛して子どもも儲けることだろう。

 そこにラシェルの存在が、紙とビジネスの上だけちょこっとお邪魔してしまうことを、どうか許してほしいと切に願った。

 彼の家庭に水を差すようなことはしないから、親戚の行き遅れたおばちゃん的な存在で、何なら子守だって手伝えるかもしれない。理想はみんなで仲良くだけど、独占欲の強い奥さんだったらやっぱ極力遠巻きに、距離を置いた方がいいよなぁ……等、このままだと意外に早く訪れそうな隠居後の穏やかな生活を妄想して、あれやこれやとラシェルは今から皮算用に頭を捻った。




 王都から領地に戻って、数日が過ぎた。

「よって、αの解がルート2と分かるから……」

「ああ、そっか……」

「ここで、さっき導き出した二次関数が生きてくる。この解を代入すれば正答を導き出せるって訳だ」

「スゴい。分かりやすい」

 いつものように離れで仕事の手伝いをしていると、ディルクが珍しく萎らしい様子で「頼みがある」とラシェルを窺った。登校日に、学院で使うテキストも合わせて担任から渡されたので、一学期の範囲を教えて欲しいというものだった。復習にもなるからと快く引き受けたラシェルだが、数学の教科書を開いて間もなく、逆にディルクからこうしてレクチャーされるに至る。

 一般教養の分野は、前世も受験勉強でやったはずなんだけどなー。すっかり忘れてるわ。

 他の教科もテキストの範囲を教えるだけで、後は読めば分かるからと早々に勉強会(?)は終わった。確かに、このままやったところでディルクがラシェルの家庭教師になるだけな気はする。一学期に習った内容、殆ど飛んでるから新学期始まる前に私も軽く復習しとこう……。

「ところでディルク、こないだの件だけど、本当にいいの?」

 ラシェルが教科書を片付けながら聞くと、びくっとディルクが肩を震わす。

「こないだというのは……?」

「ほら、婚約の時に交わした契約を更改する……」

「ああ……」

 も今、思い出したかのように膝を打ち、ディルクはラシェルに向き直った。

「前にも言ったが、婚約は当人だけでなく両家で交わしたものだ。内容を変えるなら父の承認も必要だが、先日届いた書簡に今は家業が忙しくて、当分こちらへ出向くのは難しいとあった。十一月には港も閉じてしまうし、こっちへ呼ぶとなれば、どんなに早くとも来年の春以降になる。卒業後の挙式前には改めて結婚の契りを交わす予定だし、だったらもう、このままで良くないか?」

「そう……」

 ディルクの権利を奪ったままでいいわけはないが、婚約期間は僅か二年半程だ。ディルクがそれで構わないと言うのに、態々仕事もある彼の父親の手を煩わせるのは、確かにラシェルとしても気が引ける。

「じゃあ、紳士協定ということで。お互い、婚約に縛られることなく自由でいましょう」

 どうあってもこの話を強引に勧めたがるラシェルを訝って、ディルクが眉を顰めた。

「どうした? 急にこんな話……」

 好きな奴でもできたか、と訊かれる。

「まさか。それに急でもないわ。前に厩舎でディルクから指摘されたことがあったでしょう、その時から実は考えていて」

 瞬間、過去の失態が頭を過ったのか、ディルクが口を噤む。

「あの時は自分のことばっかりで…………他人の自由を奪っていい権利なんて、誰にもないはずなのに。だから、いつか機会を見て言わなきゃって、ずっと思っていたの」

「俺の、ため……?」

「あーと、でも、恩着せがましいことを言いたい訳じゃないのよ?」

 ディルクの言葉に、ラシェルは慌てる。今は心からそう思っているが、当初は単純にディルクの恨みを買うのが怖かっただけだ。

「ディルクが持ってる当然の権利を返すっていう、ただそれだけのことだから」

 いつも無神経でごめんね、とラシェルは謝った。

「全く、その通りだな……」

「ごめんなさい……」

 溜息交じりに肩を落として呟くディルクに、もう一度ラシェルは頭を下げる。

「じゃあ俺は、好きになった奴のことを、好きに愛していいんだな?」

「ええ。婚約のことは一切気にしなくていいから」

「はぁー…………」

 まぁ、せいぜい頑張ってみるよと零して、ディルクはこの話に幕を下ろした。


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