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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
開闢編

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27.登校日の朝


 翌朝、いつもより少し早めに到着するよう屋敷を出たが、学院の前にはズラリと豪奢なキャリッジが既に列を為していた。それらを目にしたラシェルは、急にキリリと痛みだす胃を押さえ、アウェーに戻って来た感覚を取り戻す。造りはしっかりしているものの、ラシェルがいつも通学に使うクーペはその最後尾に着けられた。

 順次、学院へと滑り込むように皆入っていくが、馬車から降りる生徒の姿をよく見ると年長者が殆どで、どの従者もやたらと手荷物が多い。

 ゲームをプレイしていた当初は小学生だった為、登校日という言葉を目にしても違和感はなかったが、正直、高校を卒業して大学まで進学した身としては逆に違和感しかなかった。だがそれも、目の前で繰り広げられている光景に、その意義を理解する。夏休みの土産交換を新学期に持ち越さないよう、学院へ一括して預けるのが今日なのだ。暗黙の了解のため、上に兄弟がいるような家庭でなければ分からないことだろう。もしくは、そういった令息・令嬢と親しく情報交換している人間でなければ、新入生は恥をかくことになる。ある意味、新参者に対する洗礼だ。しかし、クラスに友人が一人もいないラシェルにとっては更に深刻で、そのことが白日の下に晒される場となり得るかもしれない。

 ラシェルの背中を、ヒヤリと冷たいものが伝った。

 思わず目を瞑り、緊張を強める。

 そんなラシェルの様子を気取ってか、隣に座っていたディルクが躊躇いがちに、そっと上からラシェルの手に自分の物を重ねてきた。まるで怯えるラシェルを勇気付けるかのように、その大きな掌で優しく包み込まれる。

 思いがけないディルクの行動に、驚き見上げたら大丈夫だと彼が頷き返した。

「土産の慣習についてはブリアック公から聞いていたから、昨日の内に俺達の分は届けてある。今日は俺の面談やら担任との顔合わせやらで朝、バタつくだろ」

「でも……」

 他国の観光地に旅行へ行った訳でもなく、かといって珍しい領内の特産品があるわけでもなし、一体何を渡すものがあったかと、ラシェルは目でディルクに訴えた。

「選ぶのはニーナに頼んだが、ローメイヤに行かせたのは俺だ」

「あっ……」

 ラシェルもそこで漸く気付く。

 隣国で有名な焼き菓子店の物なら、嫌味にも貧相にもならない。土産物として最適のチョイスに、ホッと胸を撫で下ろした。

「……ありがとう、ディルク」

 張りつめていたものが一気に解れ、安堵の笑みを向ける。それを見たディルクは照れ臭そうにそっぽ向いて、別にと嘯いた。

 その後、二人で職員室を覗き、恙無つつがなく担任の先生にディルクを引き渡すと、面談があるためラシェルは先に自分の教室へと向かうことにした。


 朝のホームルーム前、仲の良い者同士が夏休みの土産話に興じる教室で、ラシェルはいつも通り窓際にある一番後ろの席で一人座っていた。毎度のことながら、こういう手持無沙汰の時間がボッチには一番キツいなと思う。

 そこでふと、ラシェルは鞄に忍ばせていた本の存在を思い出した。ディルクの書斎から拝借してきた一冊だった。取り出して、その本に目を落とす。そうしていれば周りを気にせずに済むし、何より領で読書に耽っていた時間を思い出して、少し心が軽くなるような気がした。

 眉間に皺を寄せ、難しい顔で資料と睨めっこしているディルクが、いつものように書類を山にした執務机を前にラシェルのすぐ隣で座って居るような気さえしてくる。

 不意に視線を感じ、けれど見上げた先には彼でなく、クラスメイトの女の子が二人立っていた。

 ラシェルの記憶が正しければ、お喋り好きで、いつも噂話に花を咲かせるメンバーの中心にいた二人だ。

「ねぇ、ラシェル様。夏休みの間にお見合いをされたとお聞きしましたが、本当ですの?」

 何処から聞き付けたのか、女子は本当にこの手の話題に耳聡い。言葉遣いこそ上品に取り繕っているが、クラスメイトというだけで何の関係性もない間柄にも拘らず、随分と不躾に聞いてくるものだとラシェルは内心呆れた。とはいえ、邪険に扱っても損しかない。

「ええ……」

 ラシェルは当たり障りのないよう、努めて笑顔で返した。

「隣のクラスに、今日から編入される方でして?」

 ラシェルが頷くと、もう一人が身を乗り出してさらに訊く。

「名前は何とおっしゃるの? 出身はどちらになるのかしら?」

 姓と出身地から、おおよその身分と懐事情が推測できる。これがマウンティングだと気付くまでに、世間知らずのラシェルは時間を要した。

 矢継ぎ早に質問してくる二人に、どこまで正直に答えるべきか迷ったが、この子たちの様子からして、どちらにせよ気になったらいつかは自らの手で暴くだろう。遅かれ早かれ明かされることならと、敢えてラシェルは包み隠さず話すことにした。

「ディルク・ウェーバーと言って、隣国の商家のご子息よ。今、住んでいる王都の別宅も彼のお父様が用意してくださったもので、前の持ち主の方はパストゥール公爵とおっしゃられたかしら。住まいが近くなりましたので、是非一度、遊びにいらして下さいね」

 鼻持ちならない、嫌味な言い方だと自分でも思う。

 旧パストゥール公爵邸と聞き、一瞬だが彼女たちの口元が引き攣るのが見えた。ラシェルが明るくなかっただけで、やはり有名な邸宅だったらしい。

 多分今後、金で爵位を売るしかない哀れなデブスの貧乏人というレッテルがラシェルには貼られるだろうが、あれだけの豪邸を買えるだけの資産家の息子ということでディルクは一目置かれるはずだ。武士は食わねど高楊枝とはよく言ったもので、フィリドール家ほど困窮してないとはいえ、余裕のない家は少なくない。いつだって美味しい儲け話は社交界のネタの一つで、平民でも富裕層とはコネクションを持ちたいという下心があるのも事実だ。

 ただでさえ伏魔殿と言われる貴族の世界で、身分の差は何かにつけ障壁となる。

 ディルクには、学生の間くらい少しでもそのハンデを感じずに過ごしてもらえたらという思いがラシェルの中にあった。

 ファーストインプレッションで舐められさえしなければ、あとはディルクのあの才だ。きっと慕われ、うまくやっていけるだろう。

 できるなら、彼には貴族というものを一括りに嫌いになってほしくなかった。

 勿論、他にもっと良いやり方だってあったのかもしれないが、不器用な自分には、これが精一杯だった。


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