26.ガールズトーク
手入れの行き届いたイギリス庭園のような景観の中にテーブルセットが設えられ、四人楽しくアフタヌーンティーを楽しむ。
「美味しい……!」
ニーナが用意してくれたクッキーを口にした途端、その美味しさに感動が漏れた。ダイエットを決意して数か月、ずっと甘いものを断っていたが、それを差し引いてもかなりレベルが高い。
「ローメイヤって、ニーナの国で有名なお菓子屋さんの名前?」
ラシェルの反応に満足げな笑みを浮かべて、そうよとニーナが答えた。
「ウチの国じゃかなり有名なんだけど……こっちに輸入とかはされてないのかな」
「アウローテは嗜好品にかなりの関税をかけるんだ。焼き菓子くらいじゃ採算取れないから、輸入はなかったはずだ」
「残念だねぇ、こんな美味しいのに。割と封建的だよね、アウローテは」
かなり実感が籠った声音でランドルが溜息を吐く。隣国からの輸入雑貨と装飾品を中心に開業予定の彼は、関税やら輸入規制される品目の多さに辟易しているのだろう。王都では特に、チェックの目も厳しい。
「ところで明日は登校日ってやつなんだって? 夏休み中だってのに、わざわざこうして前乗りまでして、学生さんも大変だね~」
「そうでもないわ。ただ顔を出せば済みだもの。それよりランドルの方はどうなの? 少しは落ち着いた?」
「まさか。これからって所だよ。明日には仲間が応援で何人か来てくれる予定だから、それ頼みかな」
「開店は九月の上旬だっけ?」
ニーナが聞く。
「第二水曜だよ。験担ぎもいいけど、あまり拘らないよう義父さんにも言っておいてよ。現場はかなり振り回されて、大変なんだから」
「ごめんね。言い出すと聞かない上に、強引だから」
テーブルに突っ伏して項垂れるランドルの頭を、ニーナが愛おし気に撫でる。
年下の婚約者に慰められることに、多少なりとも恥ずかしがって拒む素振りを見せるかと思いきや、寧ろランドルの方から彼女に甘えているようだった。女好きするランドルのルックスと性格に心配を覚えていたが、ここに来て彼への印象が単なるラシェルの独り善がりのものだったのではと、ハッとさせられる。どこからどう見ても相思相愛でお似合いな二人の姿に、思わずラシェルも顔が綻ぶ。
「紆余曲折あったけど、ああ見えてランドルは一途だよ。本人は否定していたけど、一目惚れはランドルも同じだ。婚約も押しかけ女房も、本心では望むところだったと思う」
隣に座っていたディルクが目を細めて、そっとラシェルに耳打ちする。
漸く想いを通じ合わせることができた二人を、ずっと近くで見てきたディルクは今、どんな心持でいるのだろう。きっとラシェルが抱いている以上に祝福の気持ちでいっぱいだろうと、こちらを向いて微笑みかけるディルクの顔を見て確信した。
その夜、就寝前に自室へニーナを招き、パジャマでガールズトークを深夜まで楽しんだ。大学時代、終電を逃して独り暮らしの友達の家に転がり込み、朝まで他愛のない話で酒盛りしていた記憶が甦る。お喋りに興じるこんな時間が、女の子にとっては宝物なのだということを思い出した。
ニーナの惚気話を聞きながら自分も恋愛の疑似体験にうっとりしつつ、意外な事実も知らされる。
「ディルクとランドルって……孤児、だったの?」
そうよ、と事も無げにニーナは返した。
「聞いてなかった?」
ラシェルは頷く。初耳だった。自国の文化や経済のことは色々と話してくれていたけれど、そういえばディルクが自身について話したことは全くと言っていいほどなかったことに気付く。ラシェル自身も、今生は黒歴史しかない上に転生者であることから、何となく過去の話題を避けていたところがあったため、お互い様ではあるが。
「ウチ、教会なんかとは違うんだけど、スラムの近くに実家があるもんだから、本業とは別に身寄りのない子どもを一時保護して養子縁組や丁稚に紹介したりっていうことを代々してきた家系なの」
そうだったんだ、とラシェルは促す。
「その中でもディルクは頭一つ……どころか、二つ三つ余裕で抜きん出る、私が見てきた中でもダントツに優秀な子でね。身体能力もさることながら、読み書き算盤もあっという間に覚えちゃったし語学の習得にも長けてて、今じゃトリリンガルらしいしね。ランドルも充分優秀で、しかも努力を惜しまない性格なのにあの天才が側にいたせいで霞んじゃって、それはもう端から見ていて可愛そうなくらいだったわ。しかも、実を言うと父はディルクを自分の後継にしたかったみたいで、幼少期からランドルと競わせたりして色々と目をかけてきてたらしいの。だから私がランドルと結婚したいって父に相談した時は、それはそれは反対されて大変だったんだから」
「優秀なのも考えものね」
「その通り。私にとっちゃ、いい迷惑よ。こうしてランドルを追いかけてアウローテに来させてもらって、ラシェルに出会えたことは感謝だけど、それ以外はアイツ、同い年なのに私のことめっちゃ下に見てるし、頭イイことを鼻にかけて、あれやこれやと揚げ足取ってくるし……」
忌々しげに話すニーナに、ふふ、とラシェルは笑みを零す。口では悪し様に言っているが、その根底には幼馴染としての信頼が滲んでいた。幼馴染どころかこの世界に友人すらいなかったラシェルは、ちょっぴり羨ましく思う。少しずつでいいから、こんな風に自分もニーナと気の置けない仲になれたらいいな、と思ったところで欠伸が漏れた。
「おい」
不意に部屋をノックされ、続けてディルクの声がドア越しに聞こえた。
「話が尽きないのも分かるが、ラシェルは明日、朝が早いんだ。いい加減、切り上げろ」
「はーい、ごめんなさーい」
ドアに向かってニーナが声を張る。ラシェルに向き直り、ほらね、と小声で顔をくしゃくしゃに歪めて言う。思わずラシェルは吹き出した。
「……何が可笑しい、ラシェル」
ドアの向こうから笑い声だけが聞こえてくる状況に、不機嫌な声でディルクが返す。
「何でもないわ。明日が早いのはディルクも同じだから、貴方ももう寝てね」
苦笑交じりになってしまったが、この時間までディルクが屋敷の庶事を調えてくれていたことも分かっていたラシェルは、労いの言葉を伝える代わりに、そう返した。




