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デブスの没落貴族に転生したら、やっぱり成金ブサメンと政略結婚する流れになった  作者: o槻i
開闢編

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25.新居


 旅から戻って五日が経つ。夏季休業中の登校日を明日に控え、ラシェルはディルクと共に王都にいた。

「バタバタして報告が遅れたが、親父から新居の代わりにということだそうだ」

 照れ隠しに鼻の頭を掻きながら、ディルクが案内したのは新居……という甘い響きには似つかわしくないほど広大な敷地に建つ豪奢な屋敷だった。他国の者が王都に不動産を持つことは法令で禁止されていることもあり、ブリアック名義で購入し、今後はここを拠点に学院へ通学することとなる。王都に別宅を持ち、そこから学院に通う他のクラスメイトを心のどこかで羨ましく思ってはいたが、ここまでのスケールは努々(ゆめゆめ)想像だにしていなかった。聞くところによると、る公爵家が前の持ち主だそうで、ただでさえ立地が良いことから土地代だけでも破格だというのに、庭も建物もバカでかく、しっかりとした建築様式でとてもじゃないがおいそれとは手出しできない売値だったため長年放置されてきた屋敷なのだという。そこを一ヶ月かけて手直しし、本日、婚約者であるラシェルに無事お披露目の運びとなった。

「おかえりなさいませ、ラシェル様、ディルク様」

 十代から五十代半ばといったあたりまでの幅広い年齢層で、ずらりと立ち並ぶ使用人は二十人ほどか。主が二人しかいないのに使用人が二十人というのはバランスを欠いているような気もするが、これだけの規模の屋敷を管理するともなれば、それなりの人数が必用になってくるのかもしれない。

「悪いが人件費の面から、使用人は全て俺の国で誂えさせてもらった。見ての通り数はいるが、見習いやこの国に留学希望の子女も採用している。それもあって今後、人員の増減や入れ替わりも頻繁にあると思うが、後進を育てる事業の一環ということで容赦してほしい。彼らが将来、この国のウェーバー商会を下支えする人材になれるよう育てたいと思っているんだ。勿論、語学力に関しては堪能な者しか雇い入れてないから、そこは安心して気を遣わず頼りにしてやってくれ」

 立て板に水の如く喋り切ったディルクに対し、ラシェルは茫然と成り行きに身を任せることしかできなかった。

 こんな屋敷をポンと買えてしまうウェーバー家の資産状況とは如何ほどのものか、気にはなったが未経験者や苦学生を使用人として取り込むあたり、金持ちらしい金の使い方だと納得もする。金持ちというのは基本、自分への投資には緩いが後は始末屋だ。勿論、この場合の投資とはブリアックへの忠を指す。

「あと、君の侍女だが……」

「ニーナ・バーベリと申します。これからどうぞ、よろしくお願い致します」

 使用人の列から一人、ラシェルと同じくらいの年頃と見受けられる女の子が一歩前に出て恭しくお辞儀する。

「デボラ媼から聞いたが、君は伯爵令嬢としては奇特なほど身の回りの世話を侍女に任せてなかったんだな」

「えっと……」

 目を横に泳がせ口籠る。

 前にも述べたが、もともとデボラが寄る年波であったことと、前世の記憶が戻ってからは余計に、自立した生活を好んで送っていた。あまり私室に居座られると落ち着かないし、自分のことはやっぱりなるべく自分でしたかった。

「正直、そんな状態なら経費の面からも俺と同様、いっそ君もお付きの者は無しでと考えたが」

 考えたんかい。

 と、ラシェルはツッコみたいのを必死で堪え、苦笑いでディルクに続きを促す。

「そこはメンツの問題もあるから、お飾りでいいので一人は付けないと逆に悪目立ちするとデボラ媼に叱られた」

 デボラ、グッジョブ。というか、めちゃくちゃ常識なんだけど。

 ふと、こちらを見るディルクの目がニヤついていることに気づく。おいぃぃぃ。私の反応で遊ぶなぁぁあ。

「そこで考えたんだが、多分、君には体力があって、君のやりたいことをサポートできる実務能力に長けたパートナーのような存在が侍女として適任なんじゃないかと……」

「その通りなのよ!」

 彼のたなごころに遊ばれるのは承服しかねるが、やはりこの男、仕事ができるというか、他人ヒトのことをよく見ている。

 正直、べたべたと纏わり着いて、やれマナーだとか淑女の嗜みとか小言を言われるよりも、身の回りのことは自分でするから好奇心の赴くままあちこち飛び回る私の傍にいつもいてくれて、共に夢を追いかけてくれる人の方が百倍ありがたい。デボラやピートをしょっちゅう自分の我儘に付き合わせるわけにはいかないし、かと言って伯爵令嬢が単独行動を許してもらえるわけでもなし、何より今、ラシェルが最も頭を悩ませていた部分だった。

 素直に礼を述べると、今度はディルクが「それに、君との約束もあるしな」と苦笑する。

 ディルクの言葉にふと、お辞儀から顔を上げてラシェルを見つめる侍女に目を移した。ラシェルより十五センチほど背の高い華奢な体つきで、赤毛のツインテールが似合う猫目が可愛らしい少女だった。

「あ、の……ひょっとして……」

「はい。先日は、私のフィアンセがお世話になりました」

 ニィ、と両端の口角を上げ、少女が目を細めてラシェルに微笑みかける。『それはそれは嫉妬深いフィアンセ』と言っていたディルクの言葉通り、彼女の表情からは牽制の意図も見て取れたが、そんな事より是非一度会ってみたかった人物との出会いがこんなにも早く訪れたことに、ラシェルは思わず両の手を取り飛び跳ねた。

「貴女が、ランドルの婚約者なのね! 嬉しい。ディルクに話を聞いた時から、会いたいと思っていたの」

「えっ? は、はあ……」

 ラシェルの反応が予想外だったか、毒気を抜かれたように間の抜けた声でニーナが返す。

「貴女とランドルの馴れ初め、よかったら聞かせてもらえないかしら? そもそもの出会いは、ディルクと会うより前なの? それとも同時?」

 実はずっと、ラシェルは心の中に一つの望みを持っていた。この世に生を受けて以来、一度もしたことのない恋バナを、誰か女友達としたくて堪らなかったのだ。自分自身は恋愛に縁遠い形をしているが、やはり女として生まれた以上、他人の話でもいいから恋する気分に浸りたかった。

 ラシェルの言葉に、普段ランドルとのノロケ話を聞いてもらえる機会がなくて燻っていたニーナは、それまでギラギラしていたライバル認定を外し、一変して人懐っこい表情をラシェルに向ける。

「ふふ、聞いてくれる? 私がランドルに初めて出逢ったのは六歳の時で、お父様がディルクと二人、彼を我が家に連れてきてくれたのが切欠なの。一目惚れっていうのかな、優しい彼の雰囲気に、その一瞬で恋に落ちたっていうか……」

「おい」

 熱っぽく、饒舌に語り始めたニーナにディルクが一つ咳払いして水を差す。

「立場を弁えろ。主に対する話し方じゃないだろ」

「あっ、ごめんなさい。私ったらつい、ランドルのことになると我を忘れてしまって……」

 口元を手で隠し、顔を赤らめてラシェルに詫びる。

「いいのよ、ニーナ。同い年だし、公式な場以外では、出来れば今みたいな話し方だと嬉しいわ。恥ずかしいけど私、実は一人も友達がいないの。だから貴女には侍女というより、友達になってもらえたらいいなって思ってて……ダメかしら?」

 自分が学院でボッチだということを公言するのには抵抗があったものの、事実なので仕様がない。学院生活が始まれば、否が応にもディルクの知れるところにはなるわけだし、こんなところで見栄を張っても仕方ないとの思いもあった。

 突然、ニーナがラシェルに抱き着く。

「ああっ! すっごく可愛い!! こんなに可愛い子を放っておくなんて、この国の貴族様方の目は節穴かしら」

 ぎゅううと抱きしめられ、ラシェルは戸惑いを隠せない。

「えと、……あの。ニーナ?」

「私、貴女に誠心誠意お仕えするわ。それと同時に、無二の親友になって下さい。こちらこそ、本当に、よろしくお願いします」

 眩しすぎる美少女の笑みを一身に受け、ラシェルは赤面する。思った通り、あのランドルに一途な思いを抱くだけあって、ニーナは真っ直ぐないい子だった。異性だが、何だかランドルが無茶苦茶幸せ者に思えて、ラシェルはつい彼に嫉妬してしまった。

 屋敷に入るより先に、思いがけず長い顔合わせと挨拶になってしまったが、ディルクの指示で使用人たちはそれぞれの持ち場に戻って行った。

「おーい」

 不意に、後方から呑気な声が聞こえてラシェルは振り向く。噂の当人であるランドルが、ひらひらと右手を振りながら執事に案内され、ふらりとやって来た。

「やっほー、ラシェルちゃん。五日ぶり……うげっ」

「ランドルっ!!」

 婚約者の姿を見つけるや否や、ニーナが猫のように飛び掛かってランドルの首ったまに抱き着く。

 自由奔放すぎる侍女の姿を目の当たりに、思わず頭を抱えるディルクの隣でラシェルは吹き出した。

「いいじゃない、ディルク。ここには口煩いウチの人間もいないことだし、私はこんな風に気楽で明るい雰囲気の方が好きよ」

「すまない。きちんとした教育は、おいおいしていくから」

 ニーナのことはもちろん、先程ずらりと並んだ使用人たちにも解散前に早速、ディルクは苦言を呈していた。ラシェルは敢えて黙っていたが、なかなかに個性的な出で立ちの者が結構な割合で混じっていたのだ。第一ボタンを外してタイを緩め、着崩している者にはタイを締め直してやり、ネックレスやピアスといったアクセサリー類は結婚指輪を除いて一切禁止の旨指示し、化粧の濃いものは落とすよう指導を入れていた。どうも採用には彼が直接関わっていなかったようで、人件費を削るからこういうことになるのだと、いつも完璧な仕事ぶりのディルクからは想像しえない事態に、寧ろラシェルはちょっと微笑ましく思ったくらいなのだが。

「ごきげんよう、ランドル」

 改めてランドルに向き直り、ラシェルは挨拶する。猿のように首からぶら下がるニーナに苦戦しながら、彼は苦笑いでどうもと肩を竦めた。そのまま徐にニーナを正面から抱きかかえた後、そっと地面に下してから、珍しく苛立ちを隠さない態度でディルクの元へズンズンと歩み寄る。

「何だ?」

「何だ、じゃないだろ。ディルク、これは一体どういうことだ?」

「どうもこうも、お前がこっちで商売を始めるにあたって、ニーナもどこか近くに住まわせてやってくれと親父からずっと打診を受けていたんだ。丁度、ラシェルの侍女を探していたから、それならニーナがうってつけじゃないかと思い話してみたら、結婚前の社会人経験も積ませてやりたいと考えていたそうで渡りに船ということになってな」

 努めて明るく話すディルクに、心底がっかりした表情で肩を落とすランドル。

 穿ち過ぎかもしれないが、よもやこのモテ男は婚約者の目を盗み、異国の地で羽を伸ばそうとでも思っていたのか。もしそうだとしたらファインプレーだわ、とラシェルは心の中でディルクを称えた。

「お前のオモチャにはならんということだ」

「へーへー。少々、悪ふざけが過ぎました」

 ランドルにしか聞こえない声で耳打ちすると、してやったりな表情でディルクがフフンと鼻を鳴らす。対して、観念した表情を見せてランドルは返した。

「それより折角だ、これから一緒にお茶でもどうだ? すぐに用意させる」

 優越感そのままにディルクがお茶へと誘うが、ランドルは首を振って否、と応えた。

「そのつもりで来たけど、何か気が変わった。帰るよ」

「遠慮するな。なあ、ラシェル」

 突然話を振られ、ラシェルは答える代わりにニーナを見た。

「そうよ、ランドル。私、ローメイヤのクッキーをお土産に持って来てるから、一緒に食べましょう?」

 ラシェルの視線には気付かず、ニーナが屈託のない笑顔でディルクの言葉に便乗して言う。

「えっ、本当? じゃあ、お呼ばれされよっかな」

「ニーナ、何か勘違いしているようだから言うが、お前は控えているだけだぞ。客でもない侍女のお前が、席を一緒にできるわけないだろ」

「そ、そっか……」

 赤面して、またやってしまったとニーナが俯く。

「もう、ディルクってば……!」

 先から堅いことばかり言う彼を、睨み付けるようにラシェルは見上げた。久しぶりに会えた婚約者と少しでも一緒にいる時間を持ちたいというニーナの乙女心が透けて見え、その気持ちを汲んであげたかった。

「ランドルが一緒の時くらい、いいじゃない。私だって、仲良く四人でお茶したいわ」

「ラシェル……」

 眉根を寄せ、明らかにNOの表情でディルクがラシェルを見る。溜め息混じりに「じゃあ、今日だけみんな、無礼講というのはどうかしら」と頼み込んだ。

「そうすれば、他の使用人たちの事も同じく不問に伏せるでしょう?」

 痛いところをわざと突いて、お願い、とダメ押しする。

「…………」

 不承不承、ディルクが折れた。

「ありがとう、ラシェル」

「ううん」

 はにかんだ笑みでお礼を言うニーナに、ラシェルは首を横に振って小声で返した。

「女の子はみんな、恋する乙女の味方って言うでしょ? 気にしないで」

 口元に人差し指を当て、内緒の仕草で笑ったら、思いきり抱き締められた。

「大好き、ラシェル……!」

「ぅぐ……っ、そ、それは、どうも……」

 この細腕のどこにこんな力が、というくらい窒息間際まで締め付けられる。ランドルが絶妙のタイミングでラシェルちゃんにだけずるいよ~と助け舟を出してくれなければ、ニーナの好意に魂が抜け落ちるところだった。


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